第9話 救われた剣士【サイド回】


【サイド:ギュラン】


 俺の名はギュラン。

 姓はない。

 そんなものは、奴隷にはなかった。


 俺は、それなりに名の知れた剣士だった。

 自分の剣に、ほこりはある。

 しかし、そんなものは、とうの昔に失っていた。


 俺は、奴隷の身に落ちた。

 イクィシェントという街で、奴隷として働かされていた。

 そこのスパムという町長に目をつけられ、必要以上の嫌がらせを受けていた。

 俺は、目つきが気に食わないのだという。


 そりゃあそうだ。

 こんなクソみたいな生活、一刻も早く抜け出したかった。

 しかし、奴隷紋があっては、どうすることもできない。

 いくら俺に剣の腕があっても、逆らうことはできなかった。


 だがそんなある日、俺に転機がおとずれた。

 魔王軍がどうやら、街に攻め込んできたようなのだ。

 これは、逃げ出すチャンスだと思った。

 いや、いっそこんな街、魔王軍に征服されてしまえばいいと思った。

 

 魔王軍が征服したほうが、まだまともな街になるんじゃないか?

 そのくらい、この街は腐りきっていた。

 ふつう、奴隷とはいっても商品だ。

 商品をきちんと管理するのは当たり前だろう。

 だが、この街の貴族連中は、奴隷の扱いがほんとうにひどかった。


 俺たちに人権なんか与えられていなかった。

 『エネルギア』という薬物を与えられ、無理やりドーピング。

 俺たちは朝から晩まで働かされた。

 当然、この街の奴隷たちはみんな貴族を恨んでいるだろう。


 俺は、牢屋につながれていた。

 スパムに逆らったからだ。

 だが、これでいい。

 あんなやつにこびへつらって、魂が死ぬくらなら、最後まで反抗してやる。


 牢屋の中にいても、魔王軍が攻め入ってきた情報はきこえてきた。

 それに、さっきから部屋がドンドン揺れる。

 この混乱に乗じて抜け出そうとも考えるが、全身が鎖につながれていて、抜け出せない。

 それに、俺の腕はもう使い物にならなくなっていた。


「クソ……」


 そのときだった。

 部屋の壁がドンと崩れ、なにものかが中に入ってきた。

 それは、黒々とした鎧に身を包んだ、屈強な戦士だった。

 だが、首がない。


 デュラハン……たしか魔王軍の幹部クラスの魔物のはずだ。

 ふん、俺はこんなところで殺されるのか。


 そう思ったが、デュラハンは意外なことを口にした。


「お前、まだ死ねぬのだな? やるべきことがあるのだな。よかろう、私がその鎖、断ち切ってやろう……!」


 そういって、なんと彼は俺の鎖を断ちきってくれたのだった。

 

「うがああああ……! あんた……なにもんだ……」

「そんなことはどうでもいいだろう。お前はお前のやるべきことを成せ」

「俺の……やるべきこと……。スパム……スパムを……殺す……!」

「ふはは、そうか、お前を繋いだのは町長スパムか。面白い。私とどちらが先に町長を見つけ殺すか、勝負といこうじゃないか……!」

 

 なんだこいつは……。

 面白いことを言うな……。

 だが、これはチャンスだ。

 デュラハンの厚意はありがたく受け取っておこう。

 俺は、スパムを殺す。


 

 ◇

 


 俺はスパムの部屋に戻り、奴を殺した。

 これで俺にくいはない。

 あのデュラハンには感謝だな。


 スパムを殺して、しばらくその場に立ち尽くしていると、先ほどのデュラハンがやってきた。


「おや。これは、先を越されたな。だが、まあいいだろう。おい、この男の首はもらっていくぞ」

「好きにしろ……」


 デュラハンはそう言うと、死んだスパムの首を斬って、もっていった。

 これにて、この街は陥落。

 じきにこの街は魔王軍によって征服されるだろう。


 魔王軍によって征服される前に、俺も逃げてしまうか。

 そう思ったが、ふと首元をみると、そこには奴隷紋が復活していた。

 奴隷紋がある限り、許可なくこの街の外へ出ることはできない。

 

「ふん……運の尽きか……まあいい」


 スパムを殺せただけで、もう十分だ。

 あとは魔王軍のもとで、煮るなり焼くなり、好きにしてもらおう。

 まあ、あのスパムよりも酷い主人もいまい。

 俺は、その場に大の字になって寝転んだ。


「ふぅ……もう疲れた……」


 

 ◇



 驚いたことに、奴隷たちは殺されずに済んだ。

 むしろ魔王軍は、俺たち奴隷を労働力にするつもりだった。

 ふん、くそが……。

 また、奴隷としての生活が始まるのか……。

 そう思うと、主が変わっただけで、なにも変わらないのだなと思った。


 どうせこの街はクソなまんまだ。

 そう思っていた。


 だが、魔王ディバルディアスは、思ってもないようなことを言い出したのだ。


「よし、この戦いで怪我をした奴隷はこっちへこい。俺が治してやる」


「は…………?」


 俺は、耳を疑った。

 なんとこの魔王は、俺たち奴隷を治療しようというのだ。

 前の町長は、怪我をした奴隷は、その場で殺していた。

 なにせ、奴隷なんかいくらでも変わりがいる。


 傷を治療するのに、ポーションを使うより、ポーションの値段よりも新しい奴隷の命のほうが安いのだから。

 それに、回復魔法を使うのにも、MPポーションが必要になる。

 大量の奴隷を治療しようとすれば、大量の魔力がいるからだ。

 

 欠損奴隷を治療したりするには、宮廷魔導医師並みの人物の手がいる。

 だがそんな連中に治療を依頼しようと思えば、やはりそれなりに値段がかかる。

 まあつまり、奴隷の治療なんて、わりにあわない。

 採算がとれないのだ。


 それなのに、この魔王ディバルディアスは、俺たち奴隷を全部治療しようなどというのだ。

 意味が分からない……。


 奴隷たちは順番に治療されていき、とうとう俺の番になった。


 魔王は俺に回復魔法をかける。


「ほい、終わったぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 俺の、スパムにダメにされた腕が、動く……!

 もう二度と剣は振れぬと思っていたのに……、動く!


「はは……! ははは……!」


 我ながら、そのことが妙にうれしかった。

 俺は、この魔王様に一生ついていこうと決めた。

 この人のもとでなら、奴隷労働も苦ではないと思えた。

 あんなクソみたいな主人に仕えるより、こっちのほうがよほどいい。


 腕が治った俺に、以前俺を助けたデュラハンが話しかけてきた。


「おいお前。剣を持て」

「え…………?」

「お前も剣士なのだろう? 私とぜひ手合わせ願いたい。面白い剣を振りそうだ」

「で、でも……」

「お前を助けたのは私だ。その恩返しとでも思えばいい。なあ、剣を持て」

「わ、わかった……」


 俺は、しぶしぶデュラハンと剣を交える。

 デュラハンと剣を交えると、いろんなことがわかった。

 この人は、本物の剣士なのだと……!

 ああ、今なら、彼が俺を助けてくれた理由が分かる気がする。


 俺も、久しぶりに本気で剣を振れて、うれしかった。


 試合は、俺のほうが負けた。

 やはり、魔王軍最強の剣士は、強い……!


 手合わせが終わったあと、デュラハンのギルドは俺に言った。


「なかなかいい剣をふるう。お前、私の部隊に入る気はないか……?」

「え……? お、俺が……? でも、俺は奴隷で……」

「そんなのは関係ない。魔王様にかかれば、奴隷紋なんてすぐに消せる。それに。お前のような剣士を腐らせておくのももったいないしな。魔王様は効率を重視される。ねえ、魔王様、いいでしょう?」


 デュラハンが魔王に尋ねる。

 すると、魔王は「好きにしろ」と答えた。


「で、どうする? 私のもとで剣をふるう気はあるか?」


 デュラハンは、俺に握手をもとめてくる。

 俺は、その手をとった。


「はい……。よろしくお願いします」


 俺の剣を、もう一度求めてくれる人がいるのなら、俺は振るおう。

 たとえそれが、魔族であっても。

 俺は、魔王の剣となろう。


 なぜなら俺は、剣士なのだから。

 

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