第8話 奴隷の王様【サイド回】


【町長サイド】


 私の名はスパム。

 スパム・メルロイア。

 この巨大な街、イクィシェントを束ねる重要人物である。


 イクィシェントという街は、少々特殊な街だった。

 この街の労働力はほぼすべて、奴隷たちでまかなっている。

 通称、奴隷の街イクィシェント。


 街にいるのは、奴隷以外だと、我々少数の貴族だけだった。

 貴族は、奴隷を売り買いする奴隷商人でもあった。

 つまり、この街は一つの大きな奴隷市場でもあるのだ。


 街の外観は、大きなコロシアム状の球場ドームとなっていた。

 ここは大昔、コロッセオとして使われていたそうだ。

 そこを改築し、一つの巨大な都市としたのが、私の祖先だときいている。


 最初は、コロシアムを奴隷市場として使っていたのが始まりらしい。

 それが次第に規模を増していって、今の形になったのだとか。

 この街からは、日々大量の奴隷が出荷されていっている。


 世界中に奴隷をさばく、ハブのようなもの、それがこの街だった。

 もちろん、奴隷たちに人権はない。

 煮るも焼くも、我々の好きにできるのだ。

 この街では、我々貴族はみな、王様のようなものだった。

 奴隷たちには奴隷紋があるから、めったなことでは逆らえないしな。


 ちなみに、今から数百年前のこと、一度この世界では、奴隷制が廃止されたことがあったらしい。

 エルド・シュマーケンとかいう善人気取りの奴隷商人が、世界中の奴隷制度を廃止したのだとか。

 だが人間というのは歴史を繰り返すものだ。

 そして、我々貴族が生きるのには、奴隷が必要である。

 そのシュマーケン家とやらが代替わりして、なりをひそめてからは、また奴隷制度が復活した。


 以前の反動からなのか、復活した奴隷制度はより酷いものだった。

 以前の奴隷制度は甘かったと考えたのか、奴隷紋による拘束はより厳しいものとなった。

 昔は奴隷紋にそれほどの強制力はなかったようだが、今では奴隷紋で奴隷を殺すも生かすもこちらの思うままだ。


 男の奴隷は、死ぬまでこきつかってやった。

 ただ肉体労働をさせるだけではない。

 遊びにつかって、見世物にしたりもしたっけな。


 そう、私に歯向かってきた、いけ好かない奴隷がいた。

 たしか名前は、ギュラン。

 まあ、奴隷なんぞの名前は覚える必要もないがな。


 その日、私は部屋にギュランを呼び出した。

 そして、彼の腕に巨大な棘を刺していく遊びをしたのだ。

 やつは名うての剣士だった。

 だがそれも、奴隷に落ちる前の話だ。


 奴隷になったからには、そんなのは関係ない。

 まあ、おとなしくしていれば、戦闘能力を買って、戦闘奴隷として使ってやったのだがな……。

 目つきが気に入らなかったからな。

 やつの大事な大事な腕を、使い物にならないようにしてやったのさ。


 私は棘を一本ずつ、執拗に、ねちっこく刺していった。


「ぎゃああああ……!!!!」

「っはははは! もっと悲鳴をあげるがいい!」

「っぐ…………」


 私の横には美人な娼婦奴隷が数人いる。

 そしてみんなでやつのことを笑いものにしていた。

 なんと楽しい娯楽なのだろうか。

 奴隷を痛めつけるのは実に楽しいなぁ。


 それから、次はダーツの的にしてやった。

 やつの身体を壁に貼り付けて、ダーツの的にするのだ。


「さーて、どこに当たるかなあ」

「っく……さっさと殺せ……」

「やだね」


 他にも、肥溜めに顔を突っ込ませたり、豚と交尾させたりと、さんざん遊び倒した。

 私に逆らったのだから、当然の報いだ。

 奴隷に人権などないと、わからせてやらないとな。

 奴隷を教育するのも、私のような上にたつものの役目だ。


 私からの教育・・を受けて、げんなりしているギュラン。

 はぁ、面白いおもちゃはすぐに壊れていかんな。


「おい、このカスをつないでおけ。また回復したら遊ぶ」

「はい……!」


 私は別の奴隷にそう命令して、ギュランを連れていかせた。

 引っ張られていくギュランの、憎悪に満ちた目。

 私はそれを忘れない。


「いいぞ……いいぞぉ……もっと私を恨め。憎め。そのほうが、壊したときに面白いからなぁ」



 ◇



 そんなある日のことだ。

 そろそろギュランが回復し、また遊べるかなと思ったころ――。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ。


 突如として街全体が揺れに襲われた。


「な、なんだこれはああああ……!?」


 なんと、報告によると、魔王軍が攻めてきたのだという。

 なぜ、このタイミングで、この街を……!?

 くそ……なんとかできないのか。

 一応、戦闘が得意な奴隷たちに街を守るように命令はしてあるが……。


 さっきから、街の中から、奴隷の悲鳴ばかりがきこえてくる。

 どうやら、戦況はあまりいいとは言えないようすだった。


「くそ……こうなれば、私だけでも逃げるしかない……!」


 そのときだった。

 振り向くと、そこにはあのギュランがいた。

 

「は…………?」


 なぜ、鎖でつながれて牢屋に入れられているはずの、奴がここに?

 いや、それどころか、なぜ奴隷なのに、私のいうことをきかない……!?

 奴隷紋は……!?

 ちらとやつの首筋を見ると、そこにはあるはずの奴隷紋が存在していなかった。


「んああ……!?_?!!??@@@::;¥!?」

 

 いったいどうなっているんだ……!?

 なにがどうなって、


 やつの両腕はもう使い物にならないようにしたはずだ。

 しかし、やつは器用にも、口に剣を挟んでいた。


「お、おい誰かこいつを止めろ……!」


 他の奴隷にそう命令する。

 しかし、他の奴隷たちがギュランに襲い掛かるやいなや――。


 ――シュバ!!!!


 奴隷たちの首が、綺麗に床に落ちる。


「はは……そんな……馬鹿な……」


 背筋が、つーんと凍る。

 だんだん、生きた心地がしなくなる。

 血が冷えていくのがわかる。

 私は、こいつに、何をした――?

 そこには、ただ後悔があった。


 両腕を使えないはずの剣士になにができる、そう思っていた。

 だが、そこには執念の鬼と化した獣がいた。


「お前だけは、楽には殺さないぞ……」


 剣を咥えたまま、もごもごとした口調で、ギュランはそう言い放った。


 そして次の瞬間、私の両腕は切られていた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 傷口から血が噴射する。

 ――どばあああああああああああああああああ!!!!


「痛い! 痛い……! 誰かああああああ!!!!」


 そう叫ぶも、近くにもう奴隷がいない。

 みな今頃魔王軍と戦っているか、他の貴族たちと逃げ出したのだろう。


「苦しんで死ね!」


 そしてギュランは私の頭を蹴飛ばすと、そのまま、引きずって、肥溜めに顔を沈めた。

 苦しい。

 気色悪い。

 なんてざまだ。


「うぼえおえおえおえおえおおえおおえおええ」


 このままじゃ死んでしまう。

 なんとか起き上がろうとしたそのときだった。

 ケツに尋常じゃない痛みが走る――。


 ギュランは、私のケツに剣をぶっ刺していた。


「をあふぁおふぉあおふぁおふぁわあわ」


 私はあまりの痛みに起き上がることもできずに、そのままクソの海におぼれた。

 死んだ。

 最後に思ったのは、後悔と、謝罪と、憎悪だった。

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