【南城矢萩視点】なんかヤバいことになってる

 ヤバいヤバイヤバイ。

 何かヤバいことになってる。


 机に突っ伏して、寝てるふりをしながら、俺は密かに嫌な汗をかきまくってる。


 昨日のメッセージも何だアレ。別に、って、めっちゃ感じ悪いじゃん俺。今朝だって、こそこそ家を出たりして、明らかに夜宵を避けまくってしまっている。極めつけは、いま、この状況だ。


 今日まだ一回も夜宵としゃべってない。

 おはようすら言ってない。

 なんかもうどの面下げて話せばいいのかわからなくなって、休み時間の度にこんなことになっているのだ。


 夜宵にしてはめずらしく、今日は遅刻ギリギリに来たし、たぶん、俺のこと待ってたんじゃないだろうか。別に一緒に登校する約束をしてるわけじゃないけど、だけど夜宵は、俺の馬鹿みたいにでっかい「行ってきます」と共に玄関から出てくるのだ。偶然だね、なんて笑ってるけど。だけど、俺の方では、ここまで派手にアピれば夜宵が出て来てくれるんじゃないかな、なんて下心アリアリで声を張っているのだ。夜宵は優しいから、俺の気持ちを汲んでくれてるんだろう。


 だから今日は、そうしなかった。

 うんと早い時間に家を出たのだ。母さんから「今日は声小さいのね。どっか悪いの?」なんて心配されたけど、「この時間はさすがに近所迷惑だろ」って誤魔化したりして。


 なるべく足音も立てないようにして――さすがにそこまで聞こえるはずはないんだけど――本当にこっそり家を出たのだ。


 夜宵は何かを感じ取っているのか、話しかけたりもしてこない。いつもなら、「どうしたの、萩ちゃん」って言ってくるのに。それを寂しくも思ったりもするけど、だけど、それはさすがに自己中すぎる。


「おい南城」


 ゆさゆさと肩を叩かれて、むくりと顔を上げる。ホウキと呼ばれている『帚木ははきぎ』である。『帚』という字が『ホウキ』とも読めることからついたあだ名だ。


「何だホウキかよ」

「何だとは何だ。次体育だぞ、移動しねぇと」

「……おう」

「お前今日なんか変じゃね?」

「別に」


 ホウキにすらそう返して、俺は体育着の入った袋を引っ掴み、そそくさと更衣室へと向かった。変だよ。わかってる。今日の俺は変だ。ていうか、昨日から変だ。


 前方に、セミロングの女子が見えて、胸がチクリと痛む。駒田だ。あいつが、夜宵の好きなやつなんだ。あいつは、何もしなくても夜宵に好きって想ってもらえるのに、俺は、この先どんな努力をしても駄目なんだ。だって、男だから。隣に住む幼馴染みとして、気の置けない親友としてなら、ずっと一緒にいられるだろう。だけど、恋人の地位は絶対に手に入らない。


 俺の足がどれだけ速かったって、どんなに活躍したって、寄ってくるのは好きでもない女子ばかりだ。俺は、夜宵が「すごいね萩ちゃん」って笑ってくれるだけじゃ、きっともう満足出来ないのに。手を繋いだり、ぎゅってしたりなんて、大きくなるにつれて出来なくなる。小学生の時ならまだふざけて出来たけど。ましてや、キスなんて絶対に。


「南城、今日は調子悪そうだな」


 やる気も何も起きなくて、百メートル走の順位はまさかの三位だった。体育教師までもが「大丈夫か。保健室行くか」と心配してくる。それしか取り柄のない元気っ子が、それすらも出来なかったら、そうなるだろう。


「うす。ちょっと行ってくるっす」


 別にどこも悪くなかったけど、マジでやる気が出なかったから、保健室に行くことにした。クラスメイトはそれを見て、俺の不調はそのせいだと安心した顔をしている。体育祭までに治せよ、なんて言葉を背に、保健室へ向かった。わかってるっつぅの。


 保健室のベッドに横になり、天井をぼぅっと見つめながら、考える。


 体育祭までにどうにかなんのかコレ。

 だって別に風邪とかじゃないもんな。


 とりあえず、寝るか。眠くないけど、せっかくだしな。


 そんなことを考えて、目を瞑ってしばらく経ち、うとうとしている時だった。


 カーテンの向こうで何やら話し声が聞こえるのである。新たに怪我人か病人でも来たのだろうか。


「……あの、大丈夫そうでしょうか」

「疲れが出ただけだと思うわよ。熱もなかったし。最近寒暖差もあったしね」


 夜宵の声だ。こっそり起き上がり、そぅっとカーテンの隙間から外を見る。制服に着替えた夜宵が、病人みたいに真っ青な顔で保健の先生と向き合っていた。

 

「もし、早退するなら、僕、鞄とか持って来ますけど」

「私は彼よりも君の方が心配だけど。顔色悪いわよ、大丈夫?」

「僕は大丈夫ですから」

「そう? とりあえず、ちょっと聞いてみるわね」


 ぱたぱたとこちらへ向かってくる足音がして、慌てて布団をかぶり、目をぎゅっと瞑った。


「南城君、大丈夫? 早退する? それとも次の授業出られそう?」


 なんて答えたらいいんだ。

 とりあえずここは寝たふりして誤魔化して、それで、夜宵が教室に行ったら、それから何食わぬ顔して戻ればいいんじゃないか、なんて考えていた。


 が。


「あら」


 シャッ、とカーテンが再び閉まる音がした。


「やっぱり君の方が大変じゃない。大丈夫? 立てる? 隣のベッドまで歩ける?」


 は? 夜宵?


「いえ、僕は大丈夫ですから」

「そんなわけないでしょう。歩けないなら、男の先生に運んでもらうけど」


 尚も「大丈夫です」と繰り返しているが、ちっとも大丈夫な声ではない。


「夜宵、大丈夫か!」


 と、思わずカーテンから飛び出して、彼の身体を抱え上げ、さっきまで自分が寝ていたベッドに寝かせる。全くお前はすぐ大丈夫とか言うんだから、と一息ついてから気が付いた。


「あっ」


 俺、病人って設定じゃなかったっけ、と。

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