【神田夜宵視点】ふらふらの帰り道

 情けないことこの上ない。

 僕はいま、さっきまで萩ちゃんが寝ていたベッドの上にいる。えっと、もちろん、そのえっちな意味じゃなくて。ここ、保健室だし。


 昨日の夜、どんなに頑張っても全然眠れなかったのだ。たぶん、睡眠時間は三時間もないと思う。それで、食欲もなくて朝ご飯も全然食べられなかった。その上、萩ちゃんから『話しかけないでオーラ』みたいなのが出ている気がして近付けなくて、それで、悶々としながら体育の授業を受けたら、あっという間に貧血を起こしてしまったのである。友達の心配をしている場合じゃないでしょ、と保健の先生に怒られてしまい、少し休んだら早退するようにと言われてしまった。


 僕はいつもこうだ。

 良いところなんて一つもない。

 いつもうじうじして、情けない。

 萩ちゃんは堂々としてて、キラキラしてて恰好良いから、女子からもたくさんモテて、それできっと遠くない未来に彼女とか作って、それで。


 そんなことを考えると、やっぱり涙が出てしまう。こういうところだぞ、僕。しっかりしろ。


 ぐすぐすと鼻を啜っていると、保健室のドアが開く音が聞こえた。


「せんせー、夜宵の鞄持って来たっす」


 どうしよう、萩ちゃんだ。


「悪いわね。それで? 君も早退するの?」

「うす。いちお、大事をとって、って。担任からも、ゆっくり休めって言われたっす」

「体育祭が近いものね、その方が良いかも。親御さんと連絡ついた?」

「いや、ウチも夜宵んトコもすぐは抜けらんないみたいで。俺ら、隣同士なんで、一緒に帰ります」

「そう? まぁ君は大丈夫そうだし。彼も――、あぁ、だいぶ顔色戻ったわね。これなら大丈夫かしら」


 カーテンの隙間から僕をちらりと見た先生が、そう言って頷いた。




「……萩ちゃん。鞄返して」

「駄目」

「持てるよ、それくらい」

「駄目だ」

「だけど萩ちゃん具合悪いのに」

「あんなのどってことねぇし」

「僕だって」

「駄目だ」

「萩ちゃん」

「駄目」

「ねぇ」

「駄目だっつぅの」

「……萩ちゃんの頑固者」

「夜宵も大概だろ」


 家までの道をとぼとぼと歩きながら、僕達は、そんな会話をしている。横に並んではいるけど、いつもより距離がある。心の距離もそうだし、物理的にも。


 そんなことを言いたいわけじゃない。

 僕は、萩ちゃんにただ一言、「どうしたの?」って聞きたいだけなのに。聞いちゃいけないのかな。だって今日は、萩ちゃんと全く目が合わない。僕何かしちゃったのかな。そんなことを考えれば、頭がぐわぐわと揺れて、足元もふらつく。


「――っぶね」


 がし、と腕を掴まれた。


「だから言ったじゃん」

「……ごめん」


 掴まれた腕よりも、萩ちゃんの声が痛い。


「は、萩ちゃん」

「何」

「僕、何かしちゃった……?」

「は?」

「萩ちゃんに嫌われるようなこと、何かしちゃったかな」

「何言ってんだよ」

「ごめん、僕、鈍いから、全然わかんなくて。ただ謝れば良いってわけじゃないってわかってるけど、本当に心当たり無いんだ」


 これから先、僕の望む未来なんて来なくても、だけど、せめて親友のままではいたいよ。好きの気持ちはずっとしまっておくから。だから。


「夜宵!」


 真正面から、両肩を掴まれた。その勢いで、眼球にへばりついていたらしい涙がほろりと落ちる。


「夜宵ごめん! 違うから!」

「な、何?」

「夜宵が悪いとかじゃないんだ、マジで!」

「だけど萩ちゃん」

「俺が全部悪いんだ、俺が勝手に、何かその。だから、泣くな!」

「でも。それじゃどうして話してくれないの? いつもどんなことだって話してくれるのに。……僕達、親友じゃないの?」


 親友でも、いや、親友だからこそ話せないことだってあることくらい僕だってわかってる。だけど、こう言えば親友思いの優しい萩ちゃんのことだ、きっと話してくれるだろう。僕はずるいやつだ。


「そ、それは、その。あの、こ、こま」

「コマ? 駒? お正月に回すやつ? それとも将棋の駒?」

「どっちでもなくて、その、人間の方」

「人間の方? そんな手足の生えた駒人間のゆるキャラでもいたっけ? 天童市のご当地キャラ?」

「そんなのいねぇよ。いやわかんねぇけど。っつうか、天童市って何県? じゃなくてクラスの、ほら、委員長。駒田のこと」

「駒田さん? 駒田さんがどうしたの?」


 もしかしてやっぱり駒田さんは萩ちゃんのこと諦めきれなかったのかも。そうだよね、他人から言われたからって「じゃあ諦めます」とはならないよね。


「す、好きなんだろ、駒田のこと」

「は? 誰が?」

「っや、夜宵、が!」

「違うけど?」


 えぇ――っ?! いきなり何言い出すの萩ちゃん! 僕が好きなのは萩ちゃんだよ!? とはさすがに言えないけど。一体何を見てそんな結論に至ったの?!


「え? 違うのか? だってクラスの女子が」

「クラスの女子が?」

「夜宵が駒田のこと好きだって言ってた、って」

「嘘! 僕そんなこと一言も言ってないよ!」

「そうなのか?! あっ、そういやそうかも。そうだ、駒田が言ってたんだっけ。他のやつを好きになるな、みたいなこと言われたって」

「他のやつを……? あぁ!」


 ちょっと待って。なんかだいぶ違うよ?! それに、それで何で僕が駒田さんを好きって話になるの?!

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