第41話

 試合当日、試合会場となる陸上競技場の最寄駅に着いた。俺達のキックオフは午後一時半からの予定であるが、今は午前九時前、十時半から始まる第一試合よりも、かなり早い。本来なら十時に集合する予定だったのだが、早く着きすぎた。駅で他の奴らを待つのも退屈なので、俺は一人で会場に向かった。エナメルバッグのショルダーが肩に食い込んで、少し痛い。

 今日は曇り空だ——陸達が来る前に雨降らなきゃ良いけどな。

 会場に着くと観客席よりも外側、その芝生に幾つかテントがある。最初に試合する奴ら以外でも既に集まっている学校がある様だ。応援に来た父兄達かもしれない。

 嫌な予感は的中し、ポツポツと雫が鼻に当たる——なんで俺はカッパ持って来なかった?

 屋根があるのは入り口の建物のみである。

 そこへ急いで駆け込む。床に荷物を置いて話している連中がいた。他校の奴らだ。もちろん知り合いなんていない。とても、気まずい。それでも俺はトイレに逃げる様な事はせずに、壁に持たれながらスマホを手に取る。イヤホンを通して聴こえるのは歓声とホイッスル。海外のクラブチームの動画を観て、俺は自身を鼓舞する事にした。

 以前はボールや選手を追ってただ眺めるだけだったのだが、今は全体を観る様にしている。

 其々のフェーズでの選手の立ち位置。動き方。似た様なフォーメーション、似た様な戦略を採用しているにも関わらず、観るチームによって全然違う。勿論以前は皆同じ様に見えていた。

 何故今は細かな違いがわかるのか。それは、俺達も似た様な戦略を使うからである。

 九月の間、俺達は何度か練習試合を組んでもらった。他のブロック決勝で敗れた学校達に、ウチの顧問が声を掛けて回ってくれたのである。ウチの顧問はサッカー未経験者だ。しかし最近、勉強熱心である事がわかった。正直言って俺達は顧問を小馬鹿にしていたのだが、やる気を出した途端に顧問の熱意にも気がつく。春の総体で彼の言っていた事は正しかったのだ。それを俺達は無駄にしていたのである。

 練習試合で試した、そして詰めた、俺達の戦術。俺達チーム全員でに応えなくては。


「——キミ、なんの動画観ているの?」

 イヤホン越しに声が聞こえた。

 俺はイヤホンを外す。

「暇だから試合の動画を観てる。キミは?」

 話し掛けてきた奴は、丈の長いポリエステルの上着——たしかベンチコート? 

 それを着ていた。

 坊主にも見える丸い短髪で、サイドの剃り込みがトップへ滑らかに繋がっている。

「僕? 僕も暇だからここに来たんだ。雨降るなんてツいてないよね?」

 イカつい髪型とは裏腹に、物腰柔らかな奴だ。

「ああ、マジでツいてねー。キミ、試合は何時から?」

「午後からだよ?」

「マジで? もしかして一時半から?」

「いや、三時半」

 どうやら今日当たる相手では無さそうだ。

「はぁ? いくらなんでも早く来すぎだろ」

「そう言うキミは?」

「俺も午後からだけどさ。なるべく試合は見ときたいから——つっても、俺も早すぎ」

 ——なんかこいつ、話しやすいな?

「あははっ、一緒じゃん」

「まあな」

「ていうか、もしかしてその髪型、ムドリク意識してたりする?」

 俺の今の髪型はケンゴくんに近い。サイドとバッグを刈り上げて、長めのトップを真ん中で左右に分けている。

「バレた? スタイルは全然違うけど。キミはアレだろ? フォーデンのマネ?」

「ははは、違うよ。こんな髪型どこにでもいるじゃん。ま、キープ力は僕の方が上だけどね」

「うわ。すげー自信」

「キミはどう?」

「んーまぁ、足の速さには少しだけ自信あるかもな?」

「へえ? 速いだけじゃないでしょ? なんかそういう雰囲気してる」

「どーかな」

「ふふ、良いね。結局さ、上手い奴が勝つんだよね?」

 こいつの眼がとする。

「んー、まぁたしかにそうかもだけど、それだけじゃないんじゃね?」

「それだけだよ。どんなに優れた戦術でも、個人の力に引き剥がされる」

 ——なんだこいつ。

「僕のチーム、。皆んなで勝とうだなんて、甘いよね。そのくせ、誰も僕からボールを奪えない」

「ふーん? 結構な事で」

 こういう自信満々なタイプには話を合わせるに限る。

「キミが試合を観たいのは偵察? 研究?」

「ま、両方かな?」

「なんだ残念。僕とは違うね」

「何が違う?」

「僕は、強そうな奴を探してるんだ。でも今日は期待できそうにない。あーあ、退屈だなぁ」

 その言葉にカチンと来た。

「そんな事言うと足元? 俺の試合は一時半だ。よーく観ておくんだな」

「ふふ、まぁ期待しておくかな」

 ——この野郎。

 今わかった。こいつは俺に喧嘩を売っている。

「良かった、俺一人で。チームにさ、凄え喧嘩っ早い奴がいるんだ」

「それで? 何が良かったの?」

「安っぽい挑発に反応しない奴が居なくて良かったって言ってんだ。お前、今みたいな事言っといて負けるんじゃねえぞ? 来週か再来週かは知らねえが、俺達が叩き潰してやるよ」

「ふふ、そうこなくちゃ。楽しみにしておいてあげるよ」

 そいつはガラス戸を開けて去って行った。

 外の雨は強まっている。


 ——あいつ、風邪引くんじゃね?


 

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