第40話

 十月。

 いよいよ明日から決勝トーナメントが始まる。県内の57校の内、各ブロックで24校にまで絞られた高校がこれに参加し、それを勝ち抜いた一校のみが県代表として全国へ進むことができる。俺達は実績がない為、県代表になる為には五つの試合全てで勝たなければならない。そして、負ければ終わりだ。準優勝や準々優勝になったとしても、先輩達とのサッカーはそれで終わる。


 土曜日だが明日の調整の為、今日は自主練もせずに練習を終えた。部室で綺麗なジャージに着替えを済ませ、駐輪場へ向かう。美奈がいた。

「ごめん、休みなのに待たせちゃって」

「ふふっ、今さら何?」

「いや、今日はあんまり一緒に居られないからさ……なんか悪りいなって」

 いつもは一度家に帰ってから連絡して会っている。とはいえ、俺の自主練のせいでその時間もそんなに長くはない。

「私は来たくて来てるんだけどなー?」

 俺も会いたいから断れない。この後すぐに駅で別れるのだとしても。

「今日も観てたのか?」

「ううん、さすがに今日はさっき来たよ」

 その言葉に安心した。でも残念にも思ったし、やっぱり、悪いとも思った。

「昨日も話したけど、明日試合だから今日は駅まで。それでも良いか?」

 明日の試合はここから離れた場所で行う為、早くに家を出なければいけない。いや、試合は午後からだ。だが、他の試合を観ておくのに越した事はない。部の他の連中も同じ時間に集合する。

「うん、全然良いよ」

 何故不満を言わないのだろう。いや、言って欲しいわけではない。ただ、明らかに美奈は自分の時間を犠牲にしている。俺が美奈に合わせてやった事はない。それを不満に思わないのだろうか。

 

 俺は自転車を手で押して、なるべくゆっくりと歩く。

「美奈はさ、俺が美奈と遊びたいから練習をサボるって言ったら、どう思う?」

「どうしたの? いきなり」

「んー、なんとなく」

 俺は前を向いたままだ。

「なんとなく? 変なの?」

「変か? それで、どうなんだよ?」

「変だよ。だって嬉しいに決まってる」

 やっぱりそうか。だとすると付き合い始めてからずっと、我慢させていた事になる。


「——でも、嬉しいけど、イヤ、かな?」


「嬉しいけど嫌? どういう事?」

「だって涼太くん、一人でニヤつくくらいサッカーが好きでしょ? 私のせいで我慢して欲しくないなーって」

「そんな事思う?」

「ええ? 信用してないの?」

 美奈は驚いた様な顔をした。

「なワケないじゃん。ただ、『私の為に部活休んで』って言われたら俺、無理だもん。いや、一日二日くらいならできなくもないけど」

「ホラ、やっぱり涼太くんはサッカーが好き。我慢は良くないよー?」

「美奈だって我慢してんだろ?」

「我慢は、してるよ。でもね、我慢してる間、思い出すの」

「思い出す?」

「涼太くんと一緒の時間」

「……」

 ちょっと、反応できない。美奈を、見れない。

「あ、照れた? ふふっ、やっぱりキミはカワイイな?」

 いつものセリフを美奈が言う。

 ……お前だよ。

「照れてないから」

「えー? そうなのー?」

 美奈が無理矢理、俺の視界に入り込んできた。自転車の前カゴと俺の間に。

「危ないって」

 美奈は戻る。

 その表情が気になり、俺もつい美奈の方を向いていた。

 笑ったままだ。ドキッとする。 

「照れてるじゃん。ふふっ」

「ああ照れてるよ。美奈が可愛すぎるから」

 我ながらキモいセリフだ。だが、俺達の関係性なら許される気がする。

「よしっ、よく言ったぞ? 涼太くんは偉い!」

 俺のそれを超える恥ずかしいセリフを更に言った。わざとらしくニンマリと。

「美奈だって照れてるくせに」

 頬が持ち上がる感覚がする。

「ふふっ、お互い様。それと——さっきの続き」

 美奈が横断歩道の手前で俺の前に出た。手を後ろで組んで体ごと俺に向いている。

「——涼太くんを思い出してる時、考えるんだ。明日は涼太くんと何を話そうって。その時間が、とっても楽しいの」

 その笑い顔は一つ歳上とは思えないほどに幼い。

「もしかして、練習を観てる時も?」

「当然でしょ?」

 信号が、青になった。

「……ほら、渡るから。まじで危ないから隣りに居てくれ」

「また照れてる」

「うっさい、照れてるわ。そんな事言われて照れない奴なんかいねーって」

 本当に困る。明日は大事な試合なのに。

「ふふっ」

 渡り切った。目の前には駅がある。

「あのさ、時間ある?」

「ん?」

「ちょっと寄ってかねえ?」

 俺が顎で指したのは、駅の階段の隣りにある、喫茶店だ。

「私は良いけど、良いの?」

「帰りたく、なくなった。ちょっとで良いからもう少し、話したい」

 俺は本当に自分勝手だ。


「——ゴメンな? いつも俺に付き合わせて」


「付き合ってるんだから、気にしない! それに、わかってるから。涼太くんもさっきみたいなこと訊いたんでしょ? 同じだよ。私、こんなに大切にされて良いのかなぁ?」

「……付き合ってんだから気にするなって」

「あ、言い返した!」


 俺も、大切にしたい。美奈が大切に想ってくれている、この時間を——。




 

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