第12話
今日はいつもよりもかなり早くに帰宅した。ただ帰ってから寝るとまた夜中に朝起きかねないので、夕方四時前には既にシャワーを終わらせ夕食を取った後はすぐ布団に入る。後は眠るのを待つだけだ。
スマホも弄らずただただ目を閉じる。ここまでお膳立てしたなら眠るしか有り得ない。
意識が自然と遠のいてゆく——。
俺は思い出した。昨日の夢、その前の夢、そして更にその前の夢を。その理由は、俺は今、今日の夢の中に居るからである。
この一連の夢はリアルだ。
だが夢に出てきた場所も、物も、人間も、俺は何一つ見たことがない。もちろん繋ぎ合わせの可能性はある。「ニューヨークの夢」のようにテレビか何かで見た物事が、一つの夢として作られている、その可能性が高い。何故なら夢は、俺の頭の中で作られているハズだからである。
しかし今日の夢も、そうとは思えない。
その部屋は暗く、荒れていた。ゴミ屋敷、というわけではない。
倒れた段ボールからその中身が溢れていたり、ベッドから床に掛け布団が落ちていたり、シーツがぐちゃぐちゃで枕が足元の位置にあったり。
椅子が倒れていたり。
カーテンレールの一部が壊れてカーテンが中途半端に垂れていたり。
壊れた写真立てが落ちていたり。
壁に穴が空いていたり。
パソコンの画面が割れていたり。
クローゼットの中もぐちゃぐちゃだったり。
下着が散乱していたり。
散乱した物達により、そこが女の子の部屋である事がわかるが、同時にその心の荒れようもわかる。
そんな映像だ。
視界が窓下の壁に注目する。壁に背をもたせかけて体育座りをする女の子がズームされた。小学生か、中学生くらいだ。暗くて正確な色はわかりにくいが簡素なTシャツを着ており、ハーフパンツが体側に少したるんでいる。
睨むスマホ画面が出す光によって、顔が照らされていた。
カメラが切り替わる。スマホ画面がアップされた。映る画像に下着姿の少女がいる。
画像は動き出し、動画となる。
少女が自分で小さなブラジャーを取った。
続いて穿いてる方の下着も脱ぐ。
そして——。
言葉にするのも言いはばかれる、それを始めた。目に涙を浮かべながらも引き
段々と目が細くなり、段々と表情が薄れてゆく。音声が流れているわけではないがその息遣いもわかる。
映像越しに、そんな映像を観る俺は、どう思ったのか。
不快だった。
それしかない。
何故か。
何故ならこの動画に映る少女は——。
この動画を観ている少女と同じ顔をしていたからだ。
こんな動画を、こんな女の子が自分で撮るわけがない。
もしそうだとしても、睨みつける理由はなんだ。
何故部屋の電気が点いておらず、何故部屋が荒れている。
誰が観てもそう思うだろう。
誰がこんな物を観せているのだ。
映像が止まる。
『——分岐です。彼女は首を吊りますか? それとも屋上から飛び降りますか?』
「————ふざけるなッッッ!!!」
怒鳴る俺の声に文字達は反応しない。
「——なんでこんな物を観せる!? なんでこんな事をさせる!?」
俺は文字と、少女にそういう事をした奴ら、その両方に怒鳴っていた。
「——これは夢だよな!? 俺の頭ン中にはこんなモンが詰まってやがんのか!? 昨日のも!! 一昨日のも!! じゃあなんで起きた時には忘れてんだ!? じゃあなんでニュースになってたんだよあのオッさんがッッ!!! どうしょうもねえじゃねえかよ!? 覚えてねえのにどう俺はすれば良いんだよ!!?」
映像が流れる前から不快だった。
今日の昼間観たニュース、あれは浮気をして刺されたオッさんの事だ。夢にも記事にも名前が出てはいなかったが、何故か確信する。
昨晩の野球部員もそうだ。日中、俺の知らない所で、そういう事になっていたのだろう。
「それを俺が決めたってか!? なんで今しか思い出せねえ!? 何故寝るまでわからねえんだよ!? コレも俺が決めるのか!? こんなの誰が決められんだ!? 首を吊る!? 飛び降りるだと!? どっちみち死ぬじゃねえかよッッ!!?」
普段もこの夢を覚えていたなら、この夢がどんな夢で、どのようにするのが正解なのかがわかるかもしれない。しかし俺は、夢が始まるまで忘れているのである。考える時間がない。
それなのに、こんなにいきなり、こんな選択を迫られるのは理不尽ではないのか。夢の中の俺は、この夢に、慣れていない。
『まもなく時間です。カウント10で自動的に彼女の行動が決まります』
「だからふざけんじゃねえッッ!!」
『10』
やめろ。何故この子が自殺なんてしなければならない。
『9』
それを俺に決めさせるな。
『8』
だめだ。辞めろ。待ってくれ。
『7』
俺の責任とかそういう事じゃない。俺は観たくない。
『6』
どうしてだ。何故この子を殺そうとする。
『5』
殺すならこの動画をこの子に観せた奴だろう。何故この子が死ななければならないのだ。
『4』
もしかして、救えるのか?
俺の選択次第で。
『3』
そうだ。そういえば自殺は失敗する事もあるらしい。
『2』
首吊りと飛び降り、どちらが失敗する?
『1』
——くそ、どっちなんだよ。
『0』「——首吊りだ! この子は首を吊るッ!」
俺の答えは間に合ったのか。
再び映像が動き出す——。
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