第8話

 今は放課後。ここはグラウンド。

 乾いた土が俺達の汗を吸ってくれる。白線で作られた縦が大体百メートル、横が七十メートルくらいの四角いフィールドを、同じく白線で作られたトラックがゆったりと囲んでいた。陸上部の奴らが飽きもせず、そのトラックをぐるぐるぐるぐる走っている。ダッシュで走ってみたりゆっくり走ってみたり、意識的に緩急をつけているようだ。アレで速くなれるなら俺も真似してみようか。

 近くにある体育館の扉は開け放たれており、そこにはバレー部やバスケ部らしき女子達が何故か制服姿の男子達とっていた。時々キャーキャー騒ぐので、耳障りだ。グラウンドはここだけではなく、離れた場所の野球部用のグラウンドからボールがバットに当たる、キィィンッという音が聴こえる。帰宅部の奴らが見学したならばさぞ熱心に見える事だろう。


 俺はというと、今は熱心だ。ピッチの外の雑音に耳を傾けはするものの、他の部員の動きもちゃんと観察している。

 今はゴール前の攻防を想定したごくごく基本的な練習中だ。自分のポジションとは関係なくオフェンス役とディフェンス役に分かれて並び。俺はオフェンス役の列で自分の順番を待っていた。


 ——陸、やっぱうめえな。

 ディフェンス役でプレイしていた陸を見て俺は改めて感心する。

 相手に素早く詰め寄りアプローチしプレッシャーを掛けるのは言わずもがな、立ち位置も的確だ。シュートコースもパスコースも塞いでいるので、相手が前に進もうとするならばゴールから離れた方向へ進むしかない。相手の選択肢を減らすという基本を忠実に守っている。たまらず陸に背中を向けたオフェンス役の先輩の行動は、下がらせた味方にパスを出すか、そう思わせておいて切り返し陸を抜くしかない。が、それは陸が誘導した結果である。先輩は振り向く事ができず、出来る事は後ろにパスを出すのみ。その瞬間に陸からボールを奪われた。本来ならボールを奪うのは抜かれるリスクを伴うのだがタイミングが完璧だった。基本を守るだけでなく相手の選択肢を理解しているから、相手の動きに合わせる対応力を持っているからこその芸当である。

 ちなみにこれが試合なら相手の選択肢は当然、今よりも増える。しかしそれは味方も同じで、むしろ味方の選択肢の方がより多く増える為、更に容易にボールを奪えただろう。

 そんな地味だが高度な役割りを陸はこなした。スマートで計算高いプレイヤーである——見た目はアレだけど。


 俺の順番が回って来た。俺は右に居る先輩にパスを出す。プレイ開始だ。俺がゴールを決めようとするならパスを貰って、もう一度ボールを持つ必要がある。

 味方の先輩には先程の陸の様にディフェンスが一人アプローチし、俺にもディフェンスが一人ついている。基本通りにゴールと俺の中間に立ってボールもキチンと見える位置だ。俺達はこれを躱してシュートを決めなければならない。

 俺は後ろに下がる。

 それに合わせ、相手が少し近づいて来る。

 更に下がった。

 相手側は俺を見えているだろうが、ボールを持つ味方からは見えない位置だ。先ほど陸によって作られた後ろを向かなければパスを出せない、そんな位置。

 だがここでは貰わない。

 俺は急に前方へダッシュする。俺についたディフェンダーの後方へ向かって。

 それに合わせて相手も下がる。

 俺はターンして、また下がった。

「おおおおぉいッッ!!」俺が怒鳴る。

 味方が俺を見た。

 それについた敵も俺を見る。

 俺は更にターンする。またゴールが近づく。

 そして味方は俺に、

 シュートを撃ったからである。

 味方についていた敵が俺に気を取られて、シュートコースが空いたのだろう。だから俺にパスをする必要がなくなったのだ。

 シュートがキーパーに止められた。


 ——あーあ、せっかくチャンス作ってやったのに。

 でもそれで良い。

 俺は役割りをこなしたし味方も役割りをこなした。相手に消されたハズの選択肢を再び作り出したのだ。今は止められたが何発も撃てばその内入るという考えである。ちゃんとゴール枠内に撃っていればの話だが、それは撃つ奴の問題。今は状況を作り出す練習で、俺個人の話で言えば勝ち、なのだ——俺は今の練習にそんな解釈をしている。そんな説明はされていないが、俺は今の練習にそういう意味を見出した。

 他の練習でもそうである。一つ一つの練習には色々な意味が詰まっているのだ。ダラダラやらずに真剣にやれば、そういうモノが見えて来る。試合中に起こり得るシチュエーションの一部を切り取った練習で新たな状況を生み出し、自分の中に蓄積する。また新たな想像ができる、選択肢が増える、上手くなる。

 だから昨日、俺は練習を「楽しい」と思った。そして今も、とても楽しい。

 今日もやっぱり楽しかった——。

 

 練習が終わって俺は、一度部室に戻っていた。そのボロい外観と内装、ボールや道具や俺達の荷物がごちゃごちゃ置いてあるその部室は、部室というよりも物置き、と言った方が良いかもしれない。先輩方はもう帰っている。一年の俺達も片付けを終え、俺以外は着替えている最中だ。

「——おい涼太、帰らねーの?」

 陸が言った。

「俺、もうちょっとやってく。家で勉強なんてしてられねえよ」

 元々する気はない。

「はぁ、マジかよ? お前やっぱ変わりすぎだって」

 陸以外の奴らも同じような反応をする。

「言ったろ? 本気だって」

「あちゃー……なぁ、誰なんだよ?」

「誰って?」

「お前がマジな女」

「おまっ——」

 俺がマジになっている女など居ない。居ないが、この状況でそういう事を言われるのは困る。案の定、他の連中も乗っかって来た——ウゼェ!

 散々色々な事を訊かれたが最終的には「陸をその気にさせる為の嘘」という事にしておいた。

 更に後から陸にだけこっそり「今のも嘘。お前だけにしか言わない」と言っといた——女の名前は言わなかったけどな? 本気の女なんてマジでいねえし。

 友達相手にも嘘を重ねなければならない、面倒な限りである。

 

 

 

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