第3話

 学校だ。知らない学校。生徒の服装からして中学校なのかもしれない。男子は学ランを着てるし、女子は暗い色をしたセーラー服を着ている。制服のサイズが合っていない奴らも居るので中三ではない。きっと体の成長を見越したサイズのものを親から与えられたのだろう。そいつらの雰囲気から、今の時間は昼休みか。

 不意に俺の視界が、一人の男子に近づく。短すぎず長すぎない、そんな髪型の地味そうな感じの奴だが、中学男子の見た目に個性を求めるのは無理がある。普通に何処にでも居る奴なのだろう。

 そいつに俺が近づいた、という感じではなく、ドラマや映画などでカメラがズームする感じに近い。だが何かの画面を観ているわけでもなく、俺自身がその教室内に居るような感覚だ。以前VRゴーグルを買ったと自慢してた奴の家に行った時、試しに遊ばせてもらった事がある。その時と同じ感じだ。


 ——ああ、これは夢だ。前にも似た様な夢を観た事がある。

 その時の夢は——気づくと煙を上げて飛ぶ飛行機がクローズアップされた映像が徐々に離れて行き、やがて飛行機が墜落する。場面が切り替わり、騒がしく生活する人々が次々に映し出され、その内の人気のない場所でイチャイチャしてるカップルが何者かに襲われる。その後、街の異変に気づいてそれを探るになり、最終的には人よりも大きなスズメバチみたいな怪物が町中を飛び回り人々を襲いまくる——そんなパニック映画さながらの夢を見た事がある。ちなみにその夢はエンドロールを迎える事なく途切れて終わった。

 その様な夢を観た原因は恐らく、前日にそういう映画を観たからだろう。夢に出てきた舞台はニューヨークだった。俺はアメリカに行った事はないが、それでもニューヨークだ。怪物がスズメバチみたいで妙にリアルだったのも何日か前に観たドキュメンタリー番組のせいに違いない。俺は全く興味がないが、父さんがそういうのを好むのだ。

 俺は変な夢を観る事が多い。他の奴らと比べる事はできないが、夢を観る頻度自体も多いと思っている。正確には、、かもしれないが。

 ただ、夢の最中に「これは夢だ」と気づいたのは、きっとこれが、初めてだ——。


 そんな事を考えていると、男子生徒から離れて行く。しかし遠くなる前にそのカメラワークは止まり、今度は一人で席に座る女子へと近づいて行った。こちらも何処にでも居るような女子生徒である。髪もアイドルの様なツインテールではなくて、下の方で二つに分けて縛ったみたいな大人しい感じだ。ただ、特別目が大きいだとかそういう感じではないのだが、何というか「笑ったらたぶん可愛い」と思わせるような愛嬌のある顔立ちをしている。

 その子がこちらをチラッと見て、少しの間目が合った。そしてカメラから遠ざかって行き、教室を出て行った。再びカメラは男子へと戻る。男子も教室から廊下に出た。その時——。


『分岐です。彼は彼女を追いますか? それともトイレに向かいますか?』


 俺の視界に文字が現れた。

 いや、「表記された」と言った方が正しいかもしれない。映像が突然止まり、真ん中に文字が映し出された、と言う方が正確だ。

「なんだこりゃ?」と思わず声が出た。

 というかこの夢、喋れるのか。

 というか、夢とは普通流れるモノだろう。ここまで明確に意識のある夢を見たのも初めてである。


 俺の声に文字が反応する事はなく、依然映像は止まったままだ。

 ——分岐? 彼は彼女を追う? 

 文字が示すものは深く考えるまでもなく、この男子の行動だ。

 俺が決めるのか?

 そんなのはどっちでも良い、そう思い掛けたが、女子の様子が少し気になる。

 こちらを見て目が合った、という事はたぶん、この男子と目が合った、という事だ。一度男子にカメラが行きその後女子へ向いたという事はこの男子の目線になったというに違いない。

 何故この女子は男子を見たのか。

 何故目が合ったのか。

 こいつがこの子を見ていたからだ。何故か。

 たぶん、こいつはこの子に気がある。だからつい目で追った。それに気づいたこの子もこいつを見た。

 そして教室を出て行った。

 気持ち悪くて逃げたのか。違う。

 女子はすぐ目を逸らさずにこちらを見続けた。その表情は嫌がっている感じでもなかった。なるほど、そうか——。

 そこまで考えて、俺は急に馬鹿馬鹿しくなった。何をそんなに真剣に考えているのか。これはこの男子と女子が映し出された映像の中での事。しかも俺の夢の中だ。それに大して面白いわけでもない平凡な出来事だ。文字に従って答えるにしろ適当にやれば良い。というか別に、答える必要もない。

 俺は止まった映像を観ながら待つ事にする。放っておいたらどうなるのか、その方面に興味が湧いた。そして数分が過ぎた頃だろうか——。


『まもなく時間です。カウント10で自動的に彼の行動が決まります』

 

 先程の文章が下から上に流れて、その下に新たな文章が現れる——やはり制限時間があった。

『10』

 更に数字が現れる。

 こいつはどんな行動をするのか。

『9』

 たぶんトイレに行くだろう。普通にトイレに用があるかもしれないし。

『8』

 本当は追う為に教室を出たのかもしれないが、怖気付いて途中で辞めて、やっぱりトイレに向かうだろう。俺ならそうする。

『7』

 でも、それで良いのか?

『6』

 それで納得できるのか? お前は。

『5』

 本当に良いのか?

『4』

 

「——やっぱダメだろ。答えは『彼女を追う』だ」


 俺は答えを決めた。

 こいつは俺だ。

 数字が消えて映像が、動き出す——。

 その女子は少し前を歩いていた。

 男子が「浅野!」と声を上げ女子に向かった。

 女子も振り向いて待つ。

 廊下を歩く何人かの生徒たちも二人を見ていた。

 向かい合うと男子は廊下の先を指し示して歩く。女子も黙って着いて行った。

 階段を登り踊り場に着くと、黙って見つめ合う。

 やがて男子が想いを口にする。

 女子は少しうつむいた後、もう一度顔を上げて、勢いよく首を縦に振った。

 照れた笑顔の二人が再び、見つめ合う。

 

 分岐とは、そういう分岐の事なのか——。


 

 


 




 

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