第2話

 六限目の授業が終わり教室内が騒がしい。ホームルームが始まるまでの間で放課後の計画を練ってる奴らもいる。

 俺——おくりょうの放課後に計画なんて必要はない。常に部活と決まっているのでただ準備をするだけだ。とはいえ着替えやシューズやレガースなどが入ったカバンは登校時に部室に置いてきてあるので、俺がするのは心の準備だけである。

 サッカー部には好きで所属しているが毎日毎日同じような事をしていると飽きてくる。これが県大会の上位に食い込むチームであれば向上心も常に右へ上がり続けるのだろう。しかし、俺達には熱意よりも惰性が目立つ。「ただ楽しめれば良い」などという綺麗事は強いチームが言うべきで、俺達のような奴らにとっては練習を適当にただ流す為の口実でしかない。強くなければ競技そのものを楽しむ事は不可能なのだ。

 それでも俺がサッカーを辞めないのはたぶん、それをしないと落ち着かないから、だと思う。自分からそれを取ってしまったなら、平凡で冴えない男子生徒が居るのみだ。

 きっと他の部の奴らも似たようなものだろう。ウチの高校に熱心な部など、あるわけがない。


「——あれ? 陽菜、帰るの?」

 

 しまが陽菜に声をかける。首元でくびれた頭髪が、鎖骨の辺りで揺れていた。短く丸みのある陽菜のそれとは違い、少しだけ大人っぽい印象を受ける。それでも眉毛辺りで揺れる薄い前髪が彼女を、年相応に見せていた。

 つつは俺と同じ中学だった。一方嶋田は俺達とは違う中学だが、陽菜といつも一緒に居る。親友、という奴だろうか。

「うん。ウチらのクラスってホームルーム長いから終わるまで待ってられない」

「うわー、悪いやつ。私も帰ろうかな」

「一緒に帰らないけどね。大好きな人がいるもんで」

「付き合いわっる」

「結衣も彼氏作ればいーじゃん」

「だってカッコいい人居ないんだもん」

「言えてる。今度紹介してあげよっか?」

「ホント? 期待してるよー」

「うそ。自分で探せ」

「性格わっる」

 そんなやり取りを終えた陽菜は本当に教室を出て行った。確かテニス部に所属していたはずだが、最近は残っている姿を見ない。きっと彼氏とやらの方が大切なのだろう。いつも通りといえばいつも通りだ。

 高校に入る前、俺と陽菜はよく二人で遊んだりしていた。周りから付き合ってるとかからわれたりもしたし、俺も密かに意識した。でも結局仲の良い友達程度の関係で止まり、それで終わった。「何故?」と訊かれたならば、俺が悪いのだろう。意識するだけで行動していなかった。前に、進まなかったのである。

 やがて陽菜は、名前も知らない別の男のモノになった。

「もし早く告白していれば」と思った事もあるが、告白しなかったのが事実で、告白されなかったのが陽菜にとっての現実だ。なるようにしかならなかったから、そうなっただけなのだろう。

 教室にひげづらの担任が入って来た。生徒が一人欠けてる事には気づいていない。教えようとする奴も居ない。皆、面倒な時間を引き延ばしたくないのである。


 ——部活も終わり、俺は自転車を漕いで家を目指す。泥と汗がこびりついた体を半袖のワイシャツとスラックスで隠してはいるが、肌のベタつきが漕ぐ脚を早くさせた。電車を使えば早く帰れはするのだが、二駅程度しか離れていないので俺はを選択している。それに練習が終わっても着替えやら他の奴らとダラダラ雑談したりやらで帰りが遅くなる事もあり、時刻表などを一々気にするのはストレスだ。

 日々を適当に過ごす俺だが、そんな俺の為に母さんは毎日こんだてを考えてくれているし、父さんも色々と気を使ってくれている。家に着いたらいつものように愛想良く、充実してるフリを、しなければ。


 ——今日も疲れた。湯船に浸かり、天井を眺める。床のタイルや壁は綺麗だが天井の隅など所々にオレンジっぽい汚れが付いていた。

 この後は何をしよう?

 スポーツに命を捧げている——なんてワケでもないので勉強もしていかなければならないが、やる気が出ない。かといって漫画サイトや動画サイトにも飽きてしまったし、部屋にある本もあらかた読み尽くしてしまったので、やる事はない。

 風呂から上がると俺は歯を磨く。

 自分の姿が鏡に映った。日焼けした浅黒い肌が男らしく俺を見せていなくもないが、その胸中を知る自分自身が持つ感想は、ただの日焼けした男子である。中途半端な長さの髪にまだ残る水滴をタオルで再び拭くと、ドライヤーもかけずに洗面台を後にした。

 その後リビングでくつろぐ両親に軽く声を掛けてから部屋に戻った俺は、ベッドにと横たわる。

 何もする気がなければやる事は一つ、俺はゆっくりぶたを閉じた。

 

 そして俺は、夢を観る————。

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