20話 六芒星の足音


【剣闘市オールドナイン】にとんでもない片手剣が販売されている。

 そんな噂が冒険者界隈の一部に流れた。

 一部とは、すなわちトップ冒険者たちである。


 いわく、それは魔剣。

 曰く、それは月光のように美しい。

 曰く、それは色を奪う。


 そして、その一振りに魅入られた冒険者が二人、【剣闘士オールドナイン】へと誘われてゆく。

 

 一人は細身の魔法使い、顔立ちの整った青年だ。

 立派な刺繍がほどこされた濃紺色のローブをまとい、きびきびとした動きで石畳を進んでゆく。元々、冷淡な顔つきもあってか、常に周囲へと気を配る眼光が余計に鋭い印象を与えている。


 そして彼の横には、まだあどけなさの抜けない少女が軽い足取りで歩いていた。

 歳の頃は13歳から14歳、ようやく中学生になったばかりだろうか。

 幼いながらも将来有望そうな可憐さは、男性であれば二度見せざるを得ない。そして隠し切れない天真爛漫さが、余計に少女の魅力を引き立てているようだ。


「ねー、氷藤ひょうどうさーん。まおにいとはまだ連絡つかないのー?」


 そんな少女が不満そうに声をかけたのは、隣を無表情で歩く青年だ。


「はあ……俺だってアイツのことは心配している。何度も何度も連絡したけど、『大丈夫』の一点張りで……顔すら合わせてくれないな」


「まお兄と幼馴染のくせにダメダメだ」


「ならノンが連絡してみればいい」


「ノンノン! だってまおにい、会社辞めちゃったんでしょ? あたしみたいなチンチクリンにまで心配されてるって知ったら……嫌なんじゃないかなあ」


「そんなことないと思うけどな。ま、ちんちくりんってとこだけは同意だけど」


「うわー氷藤さんひどい」


 二人とも有名な冒険者だ。

 いや、彼らは『異世界アップデート』が来る以前から・・・・、それなりに有名だった。

 なにせゲーム時代の『転生オンライン:パンドラ』では、パーティーランキング第二位に輝いた【六芒星】のメンバーだったからだ。


 それゆえ、先程から二人とすれ違った冒険者たちのほとんどが振り返っている。

 なにも少女の可憐さだけが冒険者たちの目を引きつけていたわけではない。

 彼と彼女の実力こそが、冒険者にとって憧れたらしめる存在なのだ。


 そんな元【六芒星】の2人が入店したのは【金海に眠る扉】だ。

 そう、噂の片手剣が販売されている店に他ならない。


「いらっしゃいませ」


「ああ、店主さんか。俺は氷藤ひょうどうせつ。で、隣のちっこいのは————」

「ノンノン! すぐビッグになるから! あたしは結城ゆうきのん!」


「おお……これはこれは、【氷帝】と【否定の勇者】ですか。当店にご来店いただき、誠に光栄でございます」


 店主は自身を『御土出ごつちで 彗蓮すいれん』と名乗り、どうかゴチデスと呼んでくださいと語りかける。


「店主さん。さっそくで悪いけど、例の片手剣をノンに見せてやってくれないか?」

「見たい! 見たいです! 何ていったって、あたしは片手剣使いだからね!」


「ええ、ええ、もちろんですとも。この剣も、この剣を鍛えた御方も、貴女様ほどの使い手に握られるなら本望でしょう」


「ノンノンっ、店主さんはセールストークが上手だね? あたしはまだ買うなんて一言も言ってな————」


【否定の勇者】が否定しかけた瞬間、その言葉は止まった。

 いや、止められてしまった。

 なにせ店主が見せてきたのは噂に違わぬ、噂以上に美しすぎる魔剣だったからだ。


 月光の淡い光を帯びつつ、刀身は白く透き通っている。

 儀飾剣よりも美しいのに、一目でその剣には強力な魔が内包しているとわかる。



「店主さん。これ、おいくらですか?」


「1100万円でございます」


「ふーん……妥当、かな?」


 これほどの業物わざものが1100万円。

 安い、と思う人もいるだろうが、神々の祝福……いわゆる武器ガチャの現状を知っていれば、概ね妥当な値段ではある。

 必要ステータスが力6、色力いりょく3に対してステータス補正は力+6、色力+2と破格すぎる性能は、間違いなく現段階で最強の片手剣である。

 しかし、その価値も次の都市が解放されれば容易く塗り替えられてしまうかもしれない。

 解放された神による、新しい武器ガチャが実装されるというわけだ。


 そもそも扱える・・・武器の範疇では最強かもしれないが、性能面で上回る武器はいくつか発見されている。店主が先日、とある幼女に売った【巨人の戦槌せんつい】のように、今は到底扱える代物ではないが将来的には装備条件が満たされれば、ステータス補正値が高い物もあるのだ。

 無論、必要ステータスが高い割に性能が低めだからこそ28万円で売り出されていたが、中にはかなり強力な武器もある。


 そういった観点から1100万円は妥当ではある。


「買います。今日からその魔剣はあたしの相棒ね」


 だからといって、女子中学生が簡単に出せる金額ではない。むしろ大の大人でもおいそれと支払える金額ではない。

 それでも彼女が即決できるのは、大金を稼ぎまくっているトップ冒険者の一人だからだろう。


「月夜限定とはいえ、いい能力だな……しかも片手剣で力+6なんて、強力な大剣や大斧より高くないか……?」

「ふふーん。いいでしょ! しかも色力いりょくも上がっちゃうなんてすごすぎ!」


「その魔剣がここにあるって教えたのは俺な」

「感謝してまーす! まおにいの次の次の、次の、次ぐらいに?」


「けっこう低いな」

「だって氷藤ひょうどうさんだし。あたしは守莉まもりちゃんや白亜はくあちゃん、そしてまお兄への気持ちの方が圧倒的に大きいです!」


「はいはい。でも、次のレイドクエストは一緒に頼むぞ。それが交換条件だったからな?」

「そういうとこ! そういうとこが引っかかるんだよー。でもこんな最高の魔剣をゲットできたから、レイドクエのお手伝いくらいいいよー!」


 少女は新しい武器を手に入れたのが余程嬉しかったのか、年相応のはしゃぎっぷりだ。

 しかしそんな高いテンションが急にピタリと止んだ。

 青年は何事かと目を向けると、少女にしては珍しく真剣な表情で魔剣を見つめていた。


「この武器のめい、Mao Kawai……?」


「なんだって!? いや、でも同姓同名って線も……」


「店主さん! この魔剣を鍛えた人について教えてください!」


「……申し訳ありませんが、生産者の個人情報は口にできません。ご容赦くださいませ」


「しかしっ!」


 青年が店主に詰め寄るも、静かに首を横に振られてしまう。


「商人はお金を大切にしますが、えんゆかりも大切にいたします」


「ならここで俺たちに情報を少しばかり提供してくれれば、店主さんが困った時は俺たちにできることをしよう。これも縁を大切にすると同義だろう?」


「確かに【氷帝】と【否定の勇者】と懇意にできるチャンスは棒に振りたくはありませんね」


 ですが、と店主は付け加える。


「商人は時として、黄金や人脈よりも、信用を取りますゆえ」


 頑なに口を割ろうとしない店主。

 それほどまでに魔剣の制作者には通す義理があり、信用関係を崩したくない意思が伝わって来る。



「それほどまでの人物なのか……この魔剣を鍛えた人は……」


「あくまで私にとっては、ですが」


「ねね、店主さん。あたし、すごく高いお買い物したでしょ? だからちょっとぐらいサービスしてほしいですー!」


「と、言われましても……」


「もしかしたらその鍛冶師さんって、急に連絡が取れなくなった友達かもって思ってて……」


「左様でございますか」


「その鍛冶師さん、すごく大柄だったよね? もう身長が202センチってぐらいの大男! 優しくて戦闘ではいつも頼りになって、ちょっと遠慮しすぎちゃうところがあったり、気にしすぎなところもあるけど! すごく可愛いところもあって、あたしのお兄ちゃんみたいな人なの!」


「いえ? 大柄ではないですね。むしろ小柄な方かと」


 店主の反応に、ひどく落胆したのは少女だった。

 青年は『やはりか……』と呟き、何かを思案する素振りを見せる。


「……じゃあ俺たちが想像していた人物とは違うようだな……店主さんがそれだけでも答えてくれたのは感謝する」


「うー…………まおにいじゃなかったあ……」


「おい、ノン。うなだれるな。近々、また俺が真央まおのアパートに突撃してみるから。それより今はちゃんと店主さんにお礼を言っておくんだ。普通だったらあんな魔剣をほいほい売ってはくれないぞ?」


「うーあー……はーい。魔剣、ありがとうございました。大事にします!」


 冒険者ならば、誰もが恐怖で凍てつきおののく【氷帝】。

 誰もがその天賦の才に羨望を抱く【否定の勇者】。

 そんな二人の日常を垣間見た店主は、その背をにこやかに見詰めながら一人ごちる。



「あのマオさんが大男ですか……まったく想像もできませんねえ」


 店主は見目麗しい銀髪の幼女を思い出し、二人がいなくなった店内でクスリと笑った。



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