19話 天使のいる部屋
魔剣一本で1000万円かあ……。
まだまだ量産できるし希望しかない!
そんなわけでホクホク顔の僕は一旦、自宅に戻った。
「こちらが神しゃまマオさまがおわす神殿なのですね」
うん、ルル。
ワンルームを神殿と表現するには無理があるかな?
というかあのまま【剣闘市オールドナイン】にルルを置き去りするのはさすがに気が引けたので、流れで幼女をお持ち帰りしちゃったけど、これって法的に大丈夫なのだろうか?
あとで金剛さんに聞いておかないと。
「とりあえずルルはシャワーに入っておいで。その後、ぼくも汚れを落とすからさ」
「しゃわー? それはどのような奇跡でしゅか?」
「やっ、奇跡じゃなくて……身体をお湯で洗う便利なものだよ」
「水浴びのようなものでしゅ?」
「そうそう、使い方は教えるからまずは服を脱いで————」
「はいでしゅ」
ぼくはそこまで言って、ためらってしまった。
これって本当に犯罪じゃないよな?
だ、大丈夫だよね?
そんな風に悶々としているうちにルルは全裸になっており、幼児特有のぷっくりぷにぷにな身体が御光臨されていた。
うん、別にぼくにやましい気持ちは万に一つもないから問題ないか。
「じゃあここを右側にひねると、ほら! 水がでたね?」
「わああ、魔法の雨でしゅ!」
ルルは文明機器に感激したのか楽しそうにはしゃいだ。
頭のケモ耳がピコピコ動いているのも可愛い。
「きゃうううっ! 冷たいでしゅ!」
「あっ! まだお湯が出てないから、少し待ってね!」
それからお湯が出るまで待ち、ルルは自分の身体にお湯を当てる。
「わああああ……気持ちいでしゅ! さっぱりしたでしゅ!」
「あっ、いや……えっと髪の毛はこのシャンプーっていうのを使って……」
「ふぇっ?」
キョトンとするルルを前に、これはぼくが実演した方がよいと悟る。
そうなれば僕も服をスポポーンと脱いで、本格的にルルとシャワーを浴び始める。
「いいかいルル。このシャンプーを手に取って髪の毛につけて泡立てるんだ。今日はぼくがしてあげるから、やり方をよく見ておくんだよ」
「神しゃまの教えでしゅか! 絶対にマスターしてみせましゅ!」
「あははは……」
ルルの頭をクシクシと洗ってあげれば、ルルは『んんーっ』と気持ちよさそうな笑顔になる。
「ルル。この泡が目に入ると痛いから、気を付けてね」
「肝に銘じましゅ」
「泡を流したらリンスをして、少し時間を置いたらさっきみたいにお湯で流そうね」
「誓いましゅ」
「ルルは……赤ちゃん肌だから、刺激が強くならないように手にボディソープをつけてそのまま洗ってみようね」
「んんっぬるぬるで、くしゅぐったいでしゅすが、気持ちい礼拝でしゅ!」
「はい、綺麗綺麗~! よくできました!」
「やった~!」
ルルはシャワーがよほど嬉しかったのか、物凄くその表情は晴れ晴れとしていた。
喜んでくれてよかったなあ……。
だけど、ふと鏡に映った僕たちが目に入り、少しだけ冷静になる。
そこには10歳そこらの
僕は一体何をしているのだろう……?
◇
「さあ、身体を清めた次は腹ごしらえだ!」
「清めの儀式の後は、感謝の礼拝でしゅね!」
「ん、まあ食材には感謝だね! なにせ今日の夕飯は……さっきスーパーで買ってきた3000円の黒毛和牛! 焼肉だ!」
「お肉でしゅ!」
1000万円も手に入ったのだから、今日は豪華に家焼肉だ!
しかも黒毛和牛!
これは優勝だ!
「というわけでルル……まずはもやしをまいて、塩胡椒をかけて、軽く焼きます」
「もやしゅ、お野菜、ましまし」
焼肉プレートからジュウゥゥゥゥゥッと小気味よい音が鳴る。
もやしに程よい焼き色がつく頃になれば香ばしい匂いが部屋に充満していた。
「そうだ。これで先にある程度お腹を膨らませておいて————じゃなくて、いきなり脂っこいものを入れてもお腹がびっくりしないように、準備するんだ」
「もやしゅ、絶対に先に入れるでしゅ」
「さあ、まずはシンプルに塩胡椒で味付けしたもやしを————一息に、パクッとしよう!」
「はいでしゅ! パクッと————」
うんうん、ちょっとシャキシャキ加減が残っていて美味しい。
ルルの方がどうかな?
そこで僕が彼女へ目を向けると、なぜか彼女は硬直していた。
あれ、やっぱり味が薄くてお口に合わなかった?
「あっ、ルル? 味が薄いって感じたら、こっちの焼肉のタレにつけて食べるのもすごく美味しいから————」
ぼくがそこまで言いかけると、ルルの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。
「えっ? だ、だ、だいじょうぶ!? あっ、胡椒がしみた!?」
「————うぇっ、ヒック、美味しいでしゅ」
「うんうん、胡椒がちょっとピリっとしちゃったかもね————って、え?」
「……こんな美味しいものを……始めてッ、食べたでしゅ……」
ルルはまさかの塩胡椒もやしに感涙していた。
ものすごく美味しかったのか、その涙はとめどなくあふれ出ていて……彼女がこれまで、どのような環境下にいたのかを想像すると胸が痛くなった。
「神しゃまは……やっぱりすごいでしゅ。こんな奇跡を起こせるなんて、神しゃまでしゅ」
「あー……こんなのは誰でも……」
作れるし、食べれるよ。そう言いかけて口を閉じた。
そんな言葉を投げてしまったら、じゃあルルは今までどれほど過酷な環境にあったのか。どれほど自分は恵まれていなかったのかと、苛まれてしまうかもしれない。
せっかく楽しい焼肉パーティーなのだから、ルルには笑っていてほしかった。
だから僕は、胸を張って彼女に宣言する。
「ふふふっ! これからもっとすごい奇跡を起こしてあげるよ! なんと、黒毛和牛を焼くぞ!」
「わぎゅー!」
この赤身と脂身のバランスが絶妙に合わさった究極の美を————
至高の牛肉をプレートにそっと落とす。
丁寧に肉を広げて、まんべんなく熱が通るように……!
かつ絶対に焦げ付かない程度に!
「ここ! このタイミングでひっくり返す!」
「ひっくり返しゅ!」
「さあ、両面が焼けた頃合いで『熟成仕込みの深いコク! 焦がしにんにく醤油の焼肉タレ』にサッとつけこむ」
「聖水にひたしましゅ!」
「浸してはならん! コツはサッとつけるのみ!」
「祝福はささやかにでしゅね!?」
「そう! そしてその肉をお口にパクッと————」
うんまッッッッッッッ!
これはもはや専門店の味!
肉本来の旨味がじゅわーっと口内に広がり、さらにコクのある醤油タレが肉に華をもたせている。
ぷりぷりもきゅっとしたかと思えば、すーっととろける食感!
驚愕の美味さ!
そしてルルの方へと目を向けると————
「はぇぇぇぇぇ…………これこそ……神の
ぽっくり放心。
あまりの美味さに昇天しているようだった。
◇
焼肉パーティーが終わると僕たちはベッドに寝転んだ。
身長が202センチもあった僕はクイーンサイズのベッドを使っていたから、子供が二人寝たところで窮屈さはない。
むしろ広々快適だ。
「神しゃまあ……ここは天国でしゅ…………すぅー、すぅー……」
ルルは数分もしないうちにルルは寝息を立て始めた。
静かな夜だった。
もしかしたら、TSしてから一番静かな夜なのかもしれない。
なぜなら不思議と今夜は心がざわつかないから。
身体が変化してからは漠然とした不安を抱え続けていた。それは特に、寝る前に必ず脳裏にまとわりついてくる。
この身体はいつ治るのか?
それとも一生、向き合ってはいかなくてはならないのか?
歳を取らない身体はどうすればいい?
何か未知の病気にかかりやすかったりするのではないか?
そういった恐怖が拭い去れない。
そして決まって次に来るのは寂しさ、だ。
かつての仲間、【六芒星】のみんなと顔を合せられない日々。
それに幼馴染や同期にも会えない……。
色々な感情が渦巻いて、寝心地を悪くする。
でも今夜は、いつもの夜とは違った。
「んんっ……神しゃま……」
ルルはどうやら寝相が良くはないようだ。
今も僕にひっついてきて、少しだけ寝づらい。
でも不思議と不満はなかった。
なんだか妹ができたみたいで、少しだけ嬉しかったから。
隣で健やかな寝息を立てるルルを見て、ぼくは身体も心もぽかぽかになった。
きっとぼくはルルに救われている。
「ははっ……天使みたいな寝顔だ」
天使のいる部屋で、そっと呟いた。
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