〖魔王〗がインストールされました①

「ふぁ~」


 大きな欠伸をしながらホームの廊下を歩く。

 今日は特に予定がない。

 久しぶりの休日、というほどでもないけど、ゆっくりできる一日……の予定だ。

 最近、なぜかダンジョン攻略以外のことで忙しい。

 昨日もほぼ一日、組合の依頼で街中を走り回っていた。

 俺が捕縛したフィオレを利用していた連中は、どうやら割と大き目な裏ギルドのメンバーだったらしい。

 彼らの活動拠点を見つけ出し、残りのメンバーを捕縛するために組合に協力した。

 

「全然疲れがとれない……」


 走り回って疲れきっていたはずなのに、不思議と眠りは浅い。 

 疲れすぎは逆に眠れなくなってしまうらしい。

 その前も、裏ギルドを見つけた経緯を聞かれて、フィオレのことを誤魔化しながらなんとか切り抜けたりと、頭を使う場面も多かった。

 おかげさまで絶賛不眠に悩まされている。

 眠るにはお風呂に入るといいなんて聞いたことがあった。


「でもなぁ……」


 この時間に入浴なんてしてみろ。

 恐ろしい獣たちが押し寄せてくること間違いなしだ。

 徐々に門番であるセリカも陥落しかけているし。

 俺の安住の地は自室以外にないのか?

 ここ、俺のギルドのホームなんだけどな……。


「あ、あの!」

「ん?」


 廊下を歩いていると声をかけられた。

 振り返ると声の主がもじもじしながら俺を見上げている。


「どうかした? フィオレ」

「お、おはようございます……レオルスさん」

「ん、おはよう」


 朝の挨拶ならさっき朝食の前にもしたはずなんだけどな。

 律儀なのか、それとも話しかけた直後の挨拶が浮かばなかったのか。

 たぶん後者だろうな。


「その、レオルスさん、今ってお暇でしょうか?」

「まぁそうだね。今日は特に予定もないし」

「で、でしたら、少しだけ……私にお時間をいただけないでしょうか……」


 フィオレは胸の間で指をもじもじさせ、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに尋ねて来た。

 何か話したいことでもあるのだろう。

 口にした通り予定もないし、俺も彼女とは話したいと思っていたところだ。


「もちろんいいよ」


 俺は快く返事をした。

 すると彼女は嬉しそうに表情が明るくなる。


「あ、ありがとうございます! それでは、その……私の部屋に来て、ください」

「わかった。フィオレの部屋か」


 のぼせた時に一度だけお邪魔したのを思い出す。

 錬金術師らしいアトリエ風の部屋は、見ていて男心をくすぐるものがあった。

 女の子の部屋っていうのは身の危険を感じるんだが、フィオレなら大丈夫だろう。

 俺は彼女と一緒に部屋へと向かった。

 部屋に入ると、以前より整頓されたアトリエの姿があった。

 作成済みポーションの数が極端に減っているのがわかる。

 やっぱりあれは納品用のポーションだったのだろう。


「そ、そちらに座ってください」

「え、でもここ、フィオレのベッドだよね?」

「は、はい。あとで横になってもらうので」

「横に……?」


 女の子の部屋、ベッドで横に?

 とてもよくない感じがするのだが……大丈夫だろうか。

 とりあえず言われた通り、俺は彼女のベッドの端に腰を下ろす。


「レオルスさん、最近その、あまり眠れていない……ですよね?」

「よくわかったな」

「わ、わかります。私もあまり眠りは深くなくて、よく寝不足になるので……レオルスさん、同じ顔、してました」

「そうか。顔に出ていたか」


 心配かけないよう普段通りにしているつもりでも、隠しきれないらしい。

 ライラにも言われたが、俺は表情に出やすい。

 注意しても中々誤魔化せないな。

 一緒にいる時間が長くなるほど、彼女たちに嘘はつけなくなりそうだ。


「それで、こ、こういうの作ってみました」

「なんだ? ランプ?」

「これ、アロマっていう香りを楽しむものです」

 

 透明な瓶の蓋を開けると、ふんわりと甘い香りが漂う。

 香りが鼻を通り、身体の中に入ると、なんだか気持ちよくなる。

 変な意味ではなくて、落ち着く感じだ。


「眠り用のポーションも、極微量に配合して作り、ました。横になってください」

「……ああ」


 なんだか身体の力も抜けてくる。

 アロマに含まれるポーションの効果だろうか。

 言われた通りに身体を横に倒し、ベッドに寝転がる。


「目を閉じてください。ね、眠れるはずです」

「……」


 本当に寝てしまいそうだ。

 女の子の部屋で無防備に……なんて、考える余裕もなくなっていた。

 アロマの効果がそれだけ高いのか。

 それとも単に、日々の疲れがたまっているのか。

 どちらにしろ、この睡魔に抗うだけの力は、今の俺にはなかった。


「おはすみなさい。レオルスさん」


 眠りに落ちる中で、彼女の優しい声が聞こえた。


  ◇◇◇


 とあるダンジョンの入り口。

 複数のギルドがパーティーを派遣し、これから探索を開始するというタイミング。

 レオルスのかつての仲間たちもその場にいた。


「おいあれ、この前の模擬戦で負けてたやつだぜ」

「あー口だけ達者な新人か。ワイルドハントだろ? ていうかまだ冒険者やれてるのか。規定違反したって噂だけど」

「初版だからって厳重注意で済まされたらしいぜ。ギルド内じゃどうなったか知らないけど、次やったら確実に追放だな」


 笑い声はカインツの耳にも聞こえていた。

 しかし我慢するしかない。

 ここで問題を起こせば、次こそ冒険者の資格を剥奪され、ギルドも追放されてしまう。


「くそっ!」


 ギルドからは降給処分を受け、規定違反をした半端ものと揶揄される。

 ボスの信頼は完全に消滅してしまった。

 信頼を再獲得するために奮闘しているが、一度失った信頼は簡単には戻らない。

 今も監視をつけられ、他の冒険者からも笑われている。

 誰が見ても自業自得。

 だが、本人はそう思っていない。


「……全部あいつのせいだ」


 レオルスに対して逆恨みをしている。

 憤怒と恨みの炎が、レオルスの中で燃え上がる。


「お、おい、なんか入り口から出てくるぞ?」

「……あん?」


 一人の冒険者が異変に気付く。

 この日、彼らは未知なるモンスターと遭遇した。

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