〖秘薬〗がインストールされました⑤

 深夜でもギルドに人がいて助かった。

 捕まえた男たちのことをギルドに報告し、後の処理は任せた。

 簡単に聞いたが、どうやら裏で薬やポーションの密売、奴隷商人とも繋がっていたらしい。

 これをきっかけに、この街に広がる闇ルートの一掃ができるかもしれない。


「お手柄だな」

「……」


 帰り道、フィオレは無言だ。

 あんなことがあってショックなのか……いや、それだけじゃないな。


「聞いてもいいか?」

「……はい」


 俺たちは立ち止まり、道中に偶然見つけた公園の椅子に座る。

 まだ夜が明けるには早い。

 誰もおらず、静かな公園に二人だけ。


 フィオレは話してくれた。

 彼らに依頼され、ポーションを作り渡していたこと。

 ブランドーの屋敷で働いている最中、街に買い出しに出かけた時、男の一人と偶然出会い、取引を持ち掛けられたそうだ。

 その内容は、ポーションを作る代わりに、死人を蘇らせる秘薬を渡すこと。

 彼女は大好きだった両親を病で亡くしている。

 二人を蘇らせるために、男たちに協力していた。


「でも……全部、嘘でした」


 秘薬など存在しない。

 最初から騙されていた彼女は、無益にポーションを貢いでいただけだった。


「……私……最低です」

「よく頑張ったな」

「……レオルスさん?」


 涙を流す彼女の頭を、俺はそっと撫でる。


「エリカのこと、連れてくるように要求されて断ったんだろ?」

「は、はい……だって、エリカ様は関係ないから」

「そうだな。ちゃんと断れた。確かにポーションを渡していたことは事実だけど、それで誰かが傷つけられたわけじゃない。渡していたのも回復系のポーションだろ?」

「そ、そうです……」

 

 一度だけお邪魔した彼女の部屋には、たくさんの回復ポーションが置かれていた。

 きっとあれが納品前の商品だったんだ。


「回復ポーションなら、使い方を間違えても誰かを傷つけたりしない。そして今日、君はエリカを守った。誰も傷つけない方法を選んだんだ」

「――!」

「偉いよ、君は」

「で、でも……」


 俺は頭を撫でる。

 彼女の心の悲しみをどうすれば和らげることができるだろう。

 俺は口を開く。


「俺の両親も、小さいころに亡くなった」

「え?」

「病気じゃなくて自然災害。この街で昔、大嵐が一週間続いた日があったろ? って言ってもその頃に君たちはまだ二歳とかかな」

「き、聞いたことがあります。すごい被害で、たくさん亡くなったって。まさか……」


 俺は頷く。

 そう、その日、俺の両親も死んだ。

 崩れる建物から俺を守って。


「俺が冒険者を目指したのは憧れが一番だけどさ。心のどこかで思っていたんだ。世界のどこかに、いなくなった人にもう一度会える……そんな奇跡がないかって」

「……」

「でも、無理なんだ。死んだ人間は蘇られない。奇跡は……起きない」


 俺だけじゃない。

 英雄たちの記憶の中で、嫌というほど体験している。

 命は何にだって一つだけ、故に尊いのだと。


「わかってる。でも……会いたいよな。もう一度会えるならって思うよ」

「うぅ……」

「フィオレも同じだったんだろ? なら、その気持ちはよくわかるよ」

「うう……会いたかった。お父さんと……お母さんに……」


 彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 どれだけ泣こうとも、二人が戻ることはない。

 現実は残酷だ。

 それでも……。


「だからこそ、今ここにある幸せは守らないといけない。君のことを大切に思う人たちがいる。俺もそのうちの一人だ」

「ぅう……」

「好きなだけ泣けばいい。朝日が昇るまで……まだ時間はある」


  ◇◇◇


 早朝、俺たちは屋敷に戻った。

 そしてすぐに、エリカたちに事情を説明した。

 俺から説明してもよかったが、フィオレが自分ですると言ってくれたから彼女に任せて俺は見守った。

 エリカたちは真剣に、最後まで聞いてくれた

 

「ど、どんな罰でも受けます」

「そうだね。フィオレの主人として見過ごせない。だから罰を与えます」


 エリカは命じる。

 主として、従者の失態に厳しい……。


「今日のお風呂掃除をしなさい」

「……え?」


 わけではなかった。

 フィオレは拍子抜けしたような顔でエリカを見る。

 エリカは怒っていなかった。


「フィオレが悩んでいること、ちゃんと気づけなかった私にも責任があるから。でも怒ってる。もっと早くに相談してほしかった」

「……ご、ごめんなさい……」


 俯くフィオレ。

 そんな彼女を、エリカは抱きしめる。


「エリカ様……?」

「掃除が終わったら一緒にお風呂に入ろう。もう隠し事はしてないか、全部話してね?」

「……はい」


 たとえ血が繋がっていなくても、過ごした時間が本物なら、彼女たちも間違いなく大切な家族だ。

 その絆は、多少のことでは綻ばない。


「オレも一緒に入るぜ!」

「じゃあ私も入ろうなー……チラッ」

「おいライラ、なんで俺を見るんだ?」

「ほれチャンスだぞ! この流れならお前さんも入れる!」

「……はぁ」


 いい雰囲気が台なしだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


秘薬編はこれにて完結となります!

次回をお楽しみに!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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