〖秘薬〗がインストールされました④

「ライラさん、クロム、二人ともしばらく入浴は制限しますからね!」

「横暴だぞ!」

「そうだそうだー!」

「次にレオルスさんに変なことしたら、屋敷から追い出しますよ?」

「「うぐっ……」」


 あの日から俺が風呂に入ろうとすると、二人して乱入しようとする。

 おかげでゆっくり風呂を楽しめない。

 エリカが鬼の眼で見張ってくれているから、少しだけマシになったけど。


「よいではないか。なんならエリカもどうだ?」

「そうだぜお嬢。お嬢だって本当はレオ兄とお風呂入りたいんだろ?」

「そ、そんなこと……ない」

「声が小さいな」

「やっぱりな! オレにはわかるぜ」


 どうやらエリカが陥落する日も近そうだ。

 何か対策を考えよう。

 もういっそ、二人に内緒で風呂を別の場所に作るとか……さすがに無理か。


「そういえば、フィオレを見かけないな」

「フィオレなら部屋に籠ってるぜ!」

「ポーション作りをしているんだと思います。フィオレは昔から、ポーション作りを始めると集中して部屋から出てこなくなるんです」

「そうなのか。普段通りなら大丈夫だな」


 ここ最近、フィオレの元気がないような気がしていたけど……ポーション作りで疲れているだけか。

 そんなに無理してまで作らなくても、在庫ならたくさんあるだろうに。


「あとで私が様子を見に行ってきますね」

「ああ、それがいい。女の子の部屋に男が入るのはよくないからな」

「逆ならありだな!」

「そうだよな! 後でレオ兄の部屋に突撃しようぜ!」

「二人とも自室から出ないでくださいね?」

「「……はい」」


 ギルド間での力関係がいよいよハッキリしてきたな。


  ◇◇◇


 トントントン。

 ドアをノックし、エリカがフィオレの自室に入る。


「フィオレ、入るね?」

「――エリカ様?」


 ポーション作りをしていたフィオレが振り返る。

 目の下にはうっすらクマができていた。


「大丈夫? 頑張り過ぎてないかって、レオルスさんも心配してたよ」

「だ、大丈夫です。もうすぐ……終わるので」

「そう」

「……」


 数秒、間が空く。


「悩んでることがあるなら、いつでも相談してね?」

「え……」


 驚いたフィオレはエリカの顔を見る。

 優しく微笑みかけながら、エリカはフィオレに言う。


「最近ずっと元気がなかったでしょ? フィオレは昔から、一人で頑張る癖があるから、私も心配していたんだよ」

「エリカ様……」

「私じゃ、レオルスさんみたいに頼りにはならないと思うけど、悩みがあるなら力になりたい。フィオレはギルドの仲間だけど、それ以前に、私の家族みたいなものだから」

「家族……」


 フィオレは手に持っていたポーションを握りしめる。

 エリカがポーションに気付く。


「それ、新しいポーション? 見たことない色だね」

「あ、はい。そうです……」

「また完成したら教えてね? 楽しみにしてるから。でも無理はしちゃダメだよ?」

「……はい。エリカ様」

「ん?」


 フィオレはポーションをテーブルに置き、エリカをまっすぐ見ながら頭を下げる。


「ありがとうございました」

「どうしたの今さら。心配するのは当たり前だよ」

「……いえ」


 おかげで覚悟ができました。

 その一言だけは小さくて、エリカには聞こえていなかった。


 同日の深夜。

 フィオレは男の待ち合わせ場所に向かった。

 今夜はいつもの場所ではなく、街はずれにある使われていない民家だった。

 フィオレはカバンいっぱいにポーションを詰め込み、息を切らしながら走る。


「来たか? ん? エリカはどうした?」

「はぁ……はぁ……ごめんなさい。やっぱり、できませんでした」

「は?」

「エリカ様は連れてこれません……で、でもその代わり、いっぱいポーションを作ってきました!」


 どさっと持ってきたポーションを男に見せる。

 普段要求されている三倍の量だった。


「ポーション作りなら、私にできることなら、な、なんでもします! だから、エリカ様は……」

「……ちっ、まぁいい。お前で我慢してやるよ」

「え?」


 一つ、二つ、複数の足音が集まってくる。

 気づけば部屋の四方は、見知らぬ男たちで囲まれていた。


「あ、あの……」

「なんでもするんだよな? だったら俺たちを楽しませてもらうぜ? その身体で……」

「か、身体って……」

「エリカより数段落ちるが、お前でも十分金を稼げる。これから錬金術と、その女の身体でたっぷり稼いでくれ」


 男たちはフィオレに迫る。

 寒気を感じながら震え、フィオレは怯えながら男に尋ねる。


「そ、そうすれば……くれるんですね? 秘薬」

「ぷっ、くははははははは! そんなもんあるわけねーだろうが! 馬鹿かよてめぇは!」

「……え、嘘……」

「当たり前だろ? 死人が生き返るわけねーんだ。そんな薬あるならこっちで売りさばくぜ!」

「そんな……」


 フィオレは脱力し、しゃがみ込む。

 信じていた希望は砕かれた。

 これまでの努力は全て……。


「無駄だったな!」

「――勝手に決めるな、下衆共」


 天井が砕かれる。

 瓦礫と煙に紛れ、男たちはせき込み距離をとる。

 

「な、なんだ!」

「あ、ああ……」

「大丈夫か? フィオレ」

「レオルス……さん……」


 涙を流すフィオレを、レオルスは優しく抱きかかえる。

 それはまさに、姫を救い出す勇者のように。


  ◇◇◇


「ギリギリだけど間に合ったな」

「レオルスさん、私……私に……」

「聞きたいことは山ほどあるけど、先にこの野蛮人共だな」


 土煙が張れ、男たちが俺に気付く。


「なんだこいつ……」

「俺は彼女が所属するギルドのマスターだ。悪いけど、彼女は返してもらうよ」

「ギルドだ? ふざけやがって、馬鹿か? 一人で乗り込んできやがって」


 男たちが次々に武器を手に取る。

 野蛮人らしく、どこかに隠し持っていたらしい。

 数は二十弱……狭い部屋に男たちがひしめき合っている光景は、見ていて暑苦しい。


「男は殺せ。ギルドってことは、こいつを殺せばエリカも攫いやすくなるぞ」

「エリカまで……そうか。なら手加減はなしだ」

「何をかっこつけ――!」

 

 わずか一秒。

 俺はを囲んでいた男たちは全員、最後の一人を除いて倒れ俺は 

 フィオレを抱きかかえたまま、俺は動いていないように見えただろう。 

 何人いようが関係ない。

 俺の中に宿る英雄の力は、一騎当千なのだから。


「殺しはしない。その代わり……一生悔いて、罪を償え」 

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