第17話 天ヶ崎舞羽とお化け屋敷


 天ヶ崎舞羽がお化け屋敷に行きたいと言い出した。


 なんでも、有名な演出家が手掛けたお化け屋敷が街に来るという事だった。


「私、これ行きたい。一緒に行こっ」


「……宵闇霊園『深草の新院殿』。………歴史物?」


「うん! 雨月物語の『白峰』をテーマにしてるみたいでね、新設の霊園に突如現れたボロボロのお墓が実は崇徳すとく上皇のお墓で、現代日本に蘇った上皇の怨霊を鎮めないと日本中が妖怪まみれになっちゃうの! ゆう、雨月物語持ってるし、好きそうだなって思ったの。どう? どう?」


「……どう、と、言われてもな」


 僕は困った。大変困った。


 僕は怖いのが苦手である。それも、ホラー映画や心霊番組を見たらトイレに行けなくなるくらい苦手だ。ふとした拍子に背後に気配を感じるような感覚が苦手で、そういったテレビやゲームは避けるようにしている。本当はお化け屋敷なんてお金を貰っても行きたくはない


 しかし、僕ができる限りのしかめっ面を作るも、舞羽はむしろ興が乗ったように目をキラキラさせて、


「どうしてもゆうと行きたいの。………だめ?」と、上目遣いで僕を見る。


 僕は、どうして断らなかったのだろうか。


「………………はあ、いいよ」


「やった! 楽しみだねっ」


 舞羽はきゃいきゃい飛び跳ねて喜んだ。


 それからあれよあれよという間に日程が決まり、電車の時間を調べ、なぜかその前後の行動予定もしっかりと決まっていた。


 僕は、なぜ断れなかったのだろうか。


 僕は舞羽にほだされているんじゃないのか? 僕はダメ人間街道まっしぐらなんじゃないのか? 最近、ふと、そう思う事が増えた。


 僕は舞羽と付き合い続けて、本当に良いのだろうか?


                  ☆☆☆


 そして、ついにお化け屋敷に行く日が来た。


 何度でも言うが僕は怖いのが大の苦手である。


「か、か、か…………帰る!」


「いや、入ったばっかだよ」


「いや……ここいや! いやなの!」


 ところが、そう言って叫んだのは舞羽であった。


 お化け屋敷に入るなりそう言いだしたのだ。


「なんだ、怖いの苦手だったのか?」


「むしろ得意な方だよ……でも、でも、やなの!」


「はいはい、虚勢を張らなくていいよ」


「虚勢じゃない……」


 僕は隣を歩く舞羽の頭を優しく撫でた。


 目を固くつぶって震える様はどう見てもお化けが苦手な人のそれだったし、僕の腕にひしっとしがみついて離れない様子を入口の係員が微笑ましそうに眺めていた。


 それは一般的な形式のお化け屋敷であった。日本の霊園をモチーフに作られており、まるで本物のように整備された白い道と、灰色の墓石が整然と並べられていた。明かりと言ったら入場時に渡された懐中電灯くらいのもの。僕らは渡されたお札を霊園の奥にある朽ち果てたほこらまで持って行かなければならない。


 遊園地とかにあるお化け屋敷はどこかアトラクション味が強くて「恐怖を楽しむ」といった感じだが、このお化け屋敷はどこまでもリアリティが追及されており、余計な演出が一切無かった。それがより恐怖を掻き立てるのだろう。


「あそこ……あそこにいるよぅ」


「いや、いないけど」


「あっち! あっちにいる! 今見てた!」


「……何も見えないな」


 舞羽は3歩進んでは立ち止まり、2歩進んでは振り返り、ついには1歩も動かなくなってしまった。「無理……本当に無理です。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 いったい、彼女には何が見えているのだろうか? 僕達はお化け屋敷に入ってからキャストの姿を見ていない。普通、お化け屋敷と言えば幽霊に扮したキャストが「わーー」ときて客が「きゃーー」となるのが想像されるが、この宵闇霊園というお化け屋敷では一回も遭遇していない。おそらく、客の「お化け屋敷には幽霊役がいる」という先入観を逆手にとってあえて配置していないのだろう。ああ、そういうタイプのお化け屋敷なんだと安心させてから最後の最後に一気に襲ってくる。そういう脅かし方をしてくるものと思われる。


 ならば、舞羽など良いカモではないか。


 いもしない幽霊に怯えてきゃあきゃあ叫んで、曲がり角の先にありもしない影を見る。このお化け屋敷のやり方にすっかりはまっている証拠だ。崇徳上皇も草葉の陰で喜んでいることだろう。


 パーカー+ホットパンツのダボダボスタイルを好む舞羽はこの日もダボダボだった。僕の左腕にしがみついて少しでも安心しようとしているのだろうが、彼女の脱いだらすごい二つの膨らみが僕の腕を挟んでいる事には全く気づいていないらしい。


 普通ならショルダーバッグの肩紐で作るパイスラッシュを僕の腕で作っているのだからすごいものである。有酸素運動ばかりしている細腕とはいえ、男子の腕である。それをすっぽり包み込んでしまうのだから、まったくすごいものである。


「大丈夫だよ。いざとなれば僕が守るから」と、僕はバツが悪くなって言った。


 すると、舞羽は心持ち顔色を回復させて、「……ほんとう?」と上目遣いに僕を見た。


「うん。本当だ。男に二言無し。僕は約束はきっと守る。」


「…………えへへ、知ってる」


 ようやく舞羽は歩き出した。


 ……僕の腕に頬をすり寄せて。


                  ☆☆☆


「怖かったーーーーーー」


 僕達はお化け屋敷を出た。たった数十分のアトラクションだったにもかかわらず太陽の光が懐かしく感じる。暗闇に慣れていたからだろうか。外に出た瞬間、玉のような汗がドッと吹き出した。


 舞羽は「んーー」と伸びをして僕を振り返る。その顔はスッキリしていた。アトラクション中とは打って変わって口角を上げて余韻に浸るような笑顔を浮かべている。


「最後の祠からの帰り道は、あれ、一条いちじょう戻橋もどりばしかな。後ろから大勢の幽霊に追いかけられて大変だったね」


「あははっ 確かにね。ゆう、ひゃあああとか言ってたもんね」


「言ってない」


「言ってた」


「言ってない」


「言ってたよーー。お化けよりもゆうの悲鳴の方が怖かったもん」


 僕は顔をしかめて「言ってないと言ったら言ってない」と言った。


 確かに少し叫びはしたが、あれは己を鼓舞する咆哮ほうこうである。断じて悲鳴などではない。ましてや怖かったわけでは無い。怖かったわけでは無いのだ。


「それより舞羽だって怖がってたじゃないか」


「私?」


 舞羽が心外だと言うように目を見開くので、僕はここぞとばかりに言ってやった。


「何もいない所を見て、いるー! とか叫んでたじゃないか。舞羽だって本当は怖いのが苦手なんだろう? いまさら偽らなくてもいいじゃないか」


「……そっか、ゆうに言ってなかったっけ」


 ところが、舞羽は考え込むように俯くと、意味ありげに口を開くのをためらったではないか。


「あのね、私、霊感があるんだ。………いわゆる人なんだよ」


「…………へ?」


「いたよ………いっぱい」


「え、舞羽? え、え、嘘だろ? 嘘だよな!?」


 ところが、舞羽は謎めいた笑みを浮かべたっきりで、僕の言葉には答えなかった。


 舞羽は少し進むごとに「いる」と言っていた。


 もし本当に見えていたのなら…………。僕は背筋が寒くなった。


「約束、守ってね?」


「…………………」


 そう言えば、お化け屋敷の中で、僕は舞羽を守ると言ったような気がする。


「男に二言無し。かっこいーね」


 僕は舞羽と付き合いを続けるにあたって、まずは、彼女をお祓いに連れていく必要があるように思われた。



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