第8話 藤宮氷菓の登場


 学校の話をするにあたって語らなければならない人物がいる。天ヶ崎舞羽に彼女の交友関係があるように、僕にも僕の交友関係がある。とはいえ、男の事を語っても詮方ないので彼らと打ち立てた数々の武勇伝―—校舎内100メートル走の激闘や授業中先生に見つからずに往復書簡を何往復できるか選手権の予選でのハプニング、絶対に女子をおとす魔法の開発とその涙を禁じ得ない結末―—については割愛しよう。


 今回語るのは、僕と同じクラスの女子。藤宮氷菓ひょうかについてである。


 僕と藤宮は同じクラスで、しかも席が隣なので必然的によく話している。ともすれば学校にいる間は彼女と言葉を交わす事の方が多いのではないだろうか。


 しだれ藤のごときゆるふわパーマ(天然)とぱっちり長いまつげが大人っぽさを演出する美少女で、背は150センチと舞羽より少し大きいくらい。スリムな体型の彼女は手足も細く、健康的に引き締まった白い肌は真珠も斯くやと思わせる。特に男友達が多いようで、女子グループに進んで隷属するよりは男子をからかっている方が面白いから、と本人は言っていた。


 しかしながら、彼女もまたダメ人間である。


「ね、今日の宿題やった? 英語のヤツ」


 彼女の開口一番はだいたい宿題のおねだりである。


「僕を誰だと思っている。とうぜんやってあるさ」


「神! ……ね、ね、悪いんだけど見せてくれない?」


 そう言って両手を合わせられると、僕は断ることができない。舞羽になら宿題くらい自分でやれと言えるのに、どうしてか彼女に頼まれると断ることができない。上目遣いに僕を見上げて片目をつむって頼む仕草はとても真剣なものとは思えないが、どうしてだが、助けてあげたいという哀れを呼び起こすのである。


「……仕方ないな」


「やった! ありがとっ」


 彼女は宿題をほとんどやってこないズボラだが、世渡り上手なのだ。


          ☆☆☆


「教科書忘れたーーーーー」


「……またか。今日だけで5教科連続だぞ?」


「素晴らしい記録じゃありませんか。私はこのまま世界記録を目指しますぞ!」


「そのバカっぽさはギネス級だよ……」


 数学の授業であった。


 学生カバンには「可愛い」と「好き」を詰めるべし! そう言って、彼女が学校に持ってくるのはゲームやお菓子などの娯楽や化粧道具ばかり。教科書やノートといった「将来」はまったく除外されているらしい。


「見せてっ 見せてっ」と、僕の返答を聞く前に彼女は僕の隣に机を寄せてくる。まったく反省していないというか、子犬が尻尾を振っているように楽しそうな様子にはため息を禁じ得ない。


 天ヶ崎舞羽のおかげで面倒見がよくなっているのが、非情に癪だった。


「しかしな、藤宮。君はこのさき席替えがあったらどうするつもりだ?」


「え、席替え?」


 僕らのクラスは月イチで席替えを行っている。全員で番号が書かれたくじを引いて、黒板に張り出された座席表をもとに席を移動する謎の儀式。彼女は僕と離れ離れになったらどうするつもりなのだろうか? どうせその時隣になったやつに甘えてのらりくらりとするのだろうけれど、いつまでもそれが続くとは思えなかった。


「……そうなったら、もう忘れ物しないし」


 藤宮はどこか不貞腐れた様子でそう言った。


「……? なんだそれ」


 だけど、とうとつに不機嫌になった藤宮に驚いているうちにもう彼女は復活したらしい。


「いーから! 授業始まっちゃうから!」


 と、腕と腕が触れ合うくらいに椅子を寄せて、藤宮は僕を見上げて笑った。


 今を全力で楽しみたい。そう書かれた顔を見たらとても怒る気にはなれない。


「あ、いくら私が可愛いからって、触らないでねっ」


「誰が触るか、阿呆」


 こうやって男を繰りケセラセラに生きる彼女こそ、第二のダメ人間なのである。

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