第7話 天ヶ崎舞羽と(少し)破廉恥な話


 天ヶ崎舞羽の何が破廉恥はれんちといって、その無自覚な性格が一番破廉恥である。


 例えばこんな事があった。


 あれは梅雨の日。窓を叩く小雨の音が心地よい午後の、僕が勉強をし、舞羽が小説を読んでいた時のことだ。


 彼女は読書に集中しているときよく膝を立てている。椅子に座っているときでも絨毯に座っているときでも、スカートだろうがズボンだろうが関係なく膝を立てるのである。よほど面白い小説なのか、そういうときに声をかけても上の空の返事を返すばかりで、一向に僕の事を見ない。


 休日に舞羽が僕の部屋を訪れるのは小学校の頃から変わらぬ習慣だったが、その癖だけはどうにかして欲しいと常々思っていた。


 僕は気骨ある男である。女性には寛容でありなおかつ芯が通った男である。


 が、男である。


 チラチラ視界に入る黒ストッキングを無意識に目で追ってしまうのは男のさがであり、汚点であろう。


 特にその日は酷かった。何がって、舞羽の恰好がだ。


 その日の舞羽の恰好は、どうやったらそんな服装で幼馴染の部屋を訪れようと思うのかと脳内を覗いてみたくなるくらい頭のおかしい恰好であった。


 いわゆるダボダボパーカーというのだろうか。ベージュの大き目のパーカーに、裾に隠れてしまうくらい短いホットパンツ。もっとも、舞羽はとても小さいのだからほとんど膝上丈のスカートと変わらないくらいのダボダボ具合であった。黒いストッキングを履いていたのが一番解せない。可愛いパーカーの裾がめくれあがって中のストッキングが覗いている。そのうえ舞羽のあの甘い香りが漂っているのだから、僕は煩悩を殺すのに必死であった。


 しかも彼女はその恰好で椅子に座っているのである。僕は床に座り、小さなテーブルにかじりついて勉強していたが、どうしても彼女の方が高い位置にいるために顔をあげたときに視界に入ってしまうのである。


 よほど熱中していたのだろう。僕は何度も舞羽の事を見てしまうのに、彼女は僕の存在などいないかのように右膝を垂直に立てて、そこに頬をのっけていたのだ。


 パーカーの裾から覗くふとももの内側が僕を惑わすのだ!


 彼女の体は華奢きゃしゃでふとももでさえ僕の手のひらで握れてしまうほどに細いのである。まるでアサガオのつるのように細くしなやかな脚線美を見せられて困惑しない男などいないだろう。


 たまらず僕は「おい」と声をかけた。


 女性の痴態を指摘するのは男として万死に値するが、それを放置するのもどうかと思う。だから僕は自分の膝を立てて指をさす事にした。


「なぁに?」と舞羽はすぐに気づいて、不思議そうに僕に視線を向けるが、いまいち伝わっていないようだった。


「そこになにかあるの?」


「―――――――! 何もない! 何も無いからこっちを向くな!」


 しまった、とすぐに思った。


 あろうことか舞羽は、椅子を蹴ってクルリと僕と真向かいに位置を正したではないか。


 仰天した僕はすぐに目をそらす事ができなかった。いや、もっとひどい事に、舞羽のある一点に目が釘付けになったのである。


 めくれ上がったパーカーの内側。それはホットパンツと黒ストッキングに守られていたはずだが、一番守るべきもの、窓が開きっぱなしだったのだ。ピンク色の柔らかそうな布が丸見えであった。


 彼女はホットパンツのボタンを留めていなかったのだ。


 結果としてホットパンツ+黒ストッキング+ピンクの下着というほとんど破廉恥写真集のような光景を真正面から目撃する事になったのである。


「こんなのに動揺するなんて、めずらし~。なんにもエッチじゃないよ~~」


 と、舞羽は何にも気づいていない。それどころかにぃっと煽情的に笑ってパーカーの裾をヒラヒラさせたりするのである。彼女にはこういう小悪魔的な一面があったりするのだが、今回だけは顔を出さないで欲しかった。そのせいで、三角にトリミングされた下着がよく見えるようになってしまったのだから。


 思わず僕が「ピンク!?」と叫び声をあげると、今度はすぐに気づいたのか、舞羽はボッという音が聞こえてきそうなほど瞬時に赤面し、ババッと居住まいを正すと、


「ひゃ!? み、みるなぁ~~~~~~~~~~~~!」


 と、舌ったらずな悲鳴をあげて読みさしの小説を僕に投げつけた。


 天ヶ崎舞羽の何が破廉恥といって、その無自覚な性格が一番破廉恥である。


 特に、自分のミスに気づかずに痴態を晒す事が非常に多いのだ。

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