第6話 天ヶ崎舞羽と階段


 天ヶ崎舞羽が奇想天外ほんわかダメ人間であることは疑うべくもない事実であるが、世間一般の彼女の評価は真逆であることに僕は驚きを隠せない。


「明るくて朗らか」

「いつも笑っていて見てるこっちが幸せになる」

「受け答えもハッキリしていて頭も良い。まさに人の上に立つべき人間である」


 だいたいこんな声が聞かれるが、なるほど、それはおおよそ当たっているだろう。


 たしかに舞羽の学校での立ち居振る舞いは秀才という言葉がぴったり当てはまるほど輝かしい。


 男女を問わず広い交友関係。授業中は常に背筋をピンとして、真剣な目で黒板を見つめて板書を取る姿は優等生そのものであろう。昼休みにはゲーテに親しむのである。たとえそれが僕の部屋から拝借したゲーテであろうと、彼女が読むだけで自然と風格が感じられるのだから不思議だ。きっとゲーテも彼女に読んでもらえることを喜んでいるに違いない。


 まるで硝子ガラス細工のように透き通っていて明朗快活な笑顔。せせらぎのごとく澄んだ声音はどこか舌ったらずで、それが甘さを伴って聞くものの心を温かくする。集中しているときの彼女は一転、人の途絶えた神社のような静けさを醸し出す。どこか大人びた色気すら漂わせる彼女の読書姿も大きなギャップになって、その才色兼備っぷりに拍車をかけるのだ。


 僕が驚きを隠せないのはその二面性である。


 舞羽の上澄みばかりを見ている人間が彼女のダメ人間っぷりを見抜けないのは無理からぬことであり、彼女の信じられない痴態を知らぬ彼らが舞羽を天使と呼ぶのは、僕からすればクリオネを可愛いと言うような上っ面なのである。


 例えば、百獣の王と呼ばれるライオンだって食後にグウグウ寝ることがあるだろうし、ともすれば雌ライオンとイチャイチャしたりもするだろう。


 しかし、舞羽の二面性はそれとはまったく異なる。それはあたかも水浴びをする天女と美しき羽衣一枚の関係に似ていて、清とだくがくっきりと層を成す、ルネッサンス的アンビバレントな二面性なのである。


 クラスの男子は知らないであろう。彼女がぺチパンツの愛用者であることを。ぺチパンツとはいわゆる見せパンのことで、ふいにスカートが翻っても恥ずかしくないように履いたりするものであるが、彼女はその機会を自ら作り出すのである。


 学校では優等生。家ではダメ人間。その二面性を備えた天ヶ崎舞羽の不可思議っぷりは誰にも予測できず、優等生を装っているとか、家では極端に気を抜いているとかそんなことはまったく無い。つまり猫を被っているとかいうようなほころびは無く、正真正銘、どちらも彼女の素なのである。彼女は優等生でありダメ人間なのであるが、ことに学校ではその両者が混然一体となることがある。


「ゆうーーー!」と、いう声が聞こえたら、それは彼女が降ってくる合図である。


 それはあたかも化学反応を起こして新たな物質が構成されるかのごとく。彼女は天真爛漫な元気っ子という新たな称号を手にするのである。


「おま……っ! 危ないだろう!」


「見つけたーーー!」


 階段の踊り場から僕目がけて、スカートを思いっきり翻らせて、彼女は僕の腕に飛び込んでくるのである。


 僕の視界を占領するのは、胸元まで翻った膝上丈の藍色のスカート。空色の線がアクセントの目にも涼しい夏用セーラー服。あらわになった絶対領域とフリル付きのピンクのペチパンツ。そして、溢れんばかりの満面の笑顔。


 そんな可愛いの塊が腕を広げて僕の名前を呼びながら降ってくるのだから、僕はギョッとするし、ドギマギする。まるで衝撃を吸収する低反発マットレスのように柔らかい肢体が胸に沈み込むのを感じながら、僕は彼女を抱きかかえるのだ。


「怪我したらどうすんだ、馬鹿! それに……ぱ、パンツも」


「えへへ、ゆうが受け止めてくれるから平気!」


「そうじゃなくて、スカートがだな……」


「だって、ゆうがいたから……」


「理由になってない!」


「分かった。次からはスカートを押さえて飛ぶね!」


 そう言ってふにゃりとした笑顔を浮かべる舞羽は、恥ずかしいとか嬉しいとかを超えた別の次元で行動しているように思えてならない。「そういう事じゃなくてだな……」


「………ほぇ?」


 僕がため息をついても彼女は何も理解していないように小首をかしげる。


「あの二人、いつも仲が良いねー」


「ああ、天ヶ崎さん可愛い……」


 天ヶ崎舞羽が奇想天外ほんわかダメ人間であることは疑うべくもない事実であるが、世間一般の彼女の評価は真逆であることに僕は驚きを隠せない。


 彼女の破廉恥列伝はこんなモノじゃすまないのだから。



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