第11話 『反撃』

 「スズッ!? なんで生きてやがる!?」


 私の姿を見たホブゴブリン隊長は、それまで首を絞めていたゼクスの体を投げ捨てて、慌ててバックステップした。プッ、ビビり過ぎでしょ。


 私がニヤニヤしていると、奴は周りにいた魔王軍のザコ兵士どもに声を張り上げた。


 「お、おい! お前ら! そんなザコ騎士どもは後回しでいい! この死にぞこないの化け物をぶち殺せ!!」


 おいおい。ひどい言い方じゃないか。誰のおかげで死にかけたと思ってんだよ。


 「あっ、まさか! スズさんですか!?」

 「本当だ、スズ様じゃねーか!!」

 「うわ、やべえ! 久々に見たけどやっぱり可愛すぎる!」


 は?


 なんか魔王軍のザコ兵士どもが私のことを変な目で見てる気がする。相変わらず、キモイ奴らだなぁ。


 「スズさん!」


 鬼族のザコ兵士が一人、ドタドタと駆け寄って来たので殴ろうとすると、彼は慌てて武器を捨て、両手を上げて降参のポーズをした。


 「ちょちょちょ、待ってください! スズさん、俺はあなたと同じ鬼族ですよ!」

 「だから? 鬼だろうが人間だろうが、敵だったら殺すけど?」

 「いやいや、俺たち鬼族は、みんなスズさんのファンなんですよ!?」

 「ふぁん? どういう意味?」


 シンプルにわからない。どこの言葉だよ『ふぁん』って。


 「え、えっと……つまり、信者ってことです!」

 「はぁ? 私は神様でも教祖でもないんだけど」

 「あ、いや……すみません、そうじゃなくて……せ、説明が難しい! つまり、俺たち全員、スズさんのことが大好きなんだ!!」

 「ヘッ!?!?」


 大好きって……こんな公衆の面前で、そんな大声で告白かよ。ムードってもんを知らんのか鬼族は!


 とか心の中でツッコミしつつ、何か顔がすごく熱くなってきちゃったよ。


 「そっ、その手には乗らないからね! 私をその気にさせて、油断したところをブチ殺そうって作戦でしょ!?」

 「ええっ!? ま、まさか……逆ですよ! 俺たちの命、スズさんに預けます!」


 鬼兵士は、目を輝かせながら、胸を張ってすごいことを言い出した。なるほど。やっと意味がわかった。


 「あ~っと、つまり、それは、私の手下になりたいってことかな?」

 「あ、はい! そうです! して頂けるんでしょうか!?」

 「まあ、それは別にいいけど……」


 身の回りの雑用とかしてくれるならうれしいかも。家事とか苦手だし。


 「うおおお! つ、ついに! スズ様から許可が出たでござる! やったな、皆の衆!!」


 鬼兵士が叫び、他のザコ兵士たちからも歓声が上がる。そんなに喜ぶことなのか?


 「そうと決まれば、スズ様! さっそく魔王軍の奴らをブチのめしますか!? コイツら、我らがスズ様をボコボコにして殺そうとしやがったらしいじゃないですか!? マジで許せんよなぁあ!?」

 「「「「「おおーっ!」」」」」


 鬼兵士の言葉に、周りに集まってきたザコ兵士たちが一斉に答える。


 「いや、お前たちがそんな頑張る必要ないんだけど……むしろ、戦うのは私一人でいいんだけど?」


 仲間が多すぎたら、私が戦う敵が減っちゃうじゃん!


 「何を言うんですか! スズ様は我らの一番うしろで、高みの見物をしていて頂ければオッケーですので!」

 「はぁ!? いやだよ、そんなの!」

 「も~スズ様ったら、強がりでワガママで可愛いんだから~」


 周囲の鬼たちも、口々に「かわい~」と声を上げる。

 なんだ、この羞恥プレイ……やっぱり全員ぶっ殺そうかな?


 「おい、コラ! ザコ鬼ども! き、貴様ら……魔王様を裏切って、ただですむと思っているのか!?」


 すっかり無視されていたホブゴブリン隊長が、緑色の顔を真っ赤にして鬼兵士たちに叫んだ。


 「ばーか、あんなジジイもう知らねーから。スズ様をいじめる奴のために働けるわけねーだろ!」

 「な、なにいっ!? こ、この無礼者がっ!」


 と、その時だ。破壊された城門のほうから、真っ黒い冷たい風が吹いたような気がした。


 「何をごちゃごちゃやっているのだ?」


 青白い長髪をなびかせ、黒い鎧を着た二枚目風の魔族が、ホブゴブリン隊長を睨んでいた。


 「ゲイルフォン……」


 私が思わずつぶやくと、彼はやっと私に気づいたようで、こっちに目を向けた。

 で、その顔がみるみる、真っ青になっていく。面白いくらいに。


 「スズッ!? 貴様、なぜ生きているッ!?」


 いやいや、ホブゴブリン隊長と同じこと言ってるよ。魔族なのにゴブリン並の語彙力しかないのかな。


 「残念ながら、私は悪運が強いのさ。おやおやぁ~? 今日は、あの不細工な色情狂のカノジョは一緒じゃないのかな? せっかく仲良くまとめて殺してあげようと思ったのにぃ~」

 「ぐっ、貴様ッ……またボロ雑巾のようにされたいようだな!?」

 「プププ、できるもんならやってみな~」

 「オイ、テメー! 将軍様に何て口ききやがる!?」


 ホブゴブリン隊長が、さっきまで赤かった顔を真っ青にして、私に掴みかかってきた。


 「調子にのりすぎだ、クソガキがぁ!!」


 奴の指が私の肩に触れる直前、私はサッと体を揺らし、軽くショルダーアタックした。


 「イデッ! ぎゃああっ! ゆ、指がああっ!」


 指がありえない方向に曲がったホブゴブリン隊長が、悲鳴を上げて地面をのたうちまわった。


 「調子に乗るなって、こっちのセリフなんだけど?」


 私が見下すと、ホブゴブリン隊長は汗だくになりながら恨めしそうに私を睨み、懐から謎の注射器を取り出した。


 「許さねぇ……俺様をコケにしやがって……」


 うわ言のようにそう言うと、彼は注射器を自分の胸に突き刺した。


 「げひげひ、後悔しても、もうおせえからな。てめーら全員、俺様が……ぶち、こ……グアアアアアアアアアッ!!」


 今までに聞いたことのない、不気味な咆哮。


 一瞬、その場にいた全員(私やゲイルフォンも含め)が、凍り付いたように動きを止め、無言で目を見開いて、そのホブゴブリンに目を向けた。


 緑色だったホブゴブリンの体が、急激に真っ黒に染まり、そして次の瞬間。


 真っ黒なその体が、私の目の前に迫っていた。


 ぐにゃぐにゃになった腕がムチのようにしなりながら殴りかかってきたので、私はそれを掴んで引きちぎった。

 胴体から腕が抜けて、ボタボタと真っ黒な血らしきものが地面に滴った。


 「ガアアアアアッ!」


 獣のような悲鳴をあげながら、真っ黒になったホブゴブリンはもう片手に持った巨大な剣を振り下ろした。

 さきほどまでとは比べ物にならないくらい動きが速くなっている。とてもゴブリン族の動きとは思えなかった。


 私は体をクルリとひるがえして剣をかわし、振り下ろされた剣の刃を拳で打ち砕いた。


 武器を失ったホブゴブリンは、口を大きく開けて私に噛みつこうとしてきた。もはや何でもありだな。


 私は腰にさげた黒い剣を掴み、刃に巻かれた包帯を破り捨てた。

 チリン、とベルトにつけた鈴が鳴り、剣が青白い光を放つ。


 噛みついてきた口に剣を突きさし、そのまま顔の上半分を斬り飛ばし――。


 「地獄に落ちろッ、クソったれッ!!」


 一瞬で四連続攻撃を放ち、真っ黒なホブゴブリンの胴体をバラバラに切断した。

 あらわになったドス黒い心臓に、やはり剣から発せられた青白い腕が伸び、次の瞬間には心臓を粉々に握りつぶした。


 ホブゴブリン隊長は悲鳴を上げることもなく、原形をとどめないほどぐちゃぐちゃになって絶命した。


 「すげええええええっ!! さすがスズ様ッ!! 強い! 可愛い! かっこいい! 嫁にしたいっ!!」


 それまで固唾を飲んで見守っていた鬼兵士たちが、一斉に大歓声を上げた。油断したら胴上げとかされそうな勢いだ。てか、どさくさにまぎれて嫁って、コイツら……。


 「スズ……お前は……」


 地面に膝をついて一部始終を見ていたゼクスが、真っ青な顔で呟いた。


 やれやれ、これで私があんたが知ってる『スズ』って奴とは別人だってわかったでしょ。

 私がそう思いながら彼に目を向けると、イケメン勇者は一体何を勘違いしたのか、突然、盛大に吹き出して大笑いし始めた。わーっはっはっは、って。


 「ありゃ、ついに狂ったか。まあ、前から狂ったような奴だったけど」

 「いやいや、俺は正気だよ! さすがスズだなぁって思ってさぁ」

 「えっ、さすがって何が?」


 あんたにそんなこと言われるような仲でもないんだけど。


 「お前って、前からちょっとイカレてるところあったけど、やっぱりイカレてるよ! うん、この世界では、スズくらいイカレてるほうがいいと思う!」


 コラコラ。失礼にもほどがあるだろ。イカレてるとか連呼するんじゃないっ!


 城門のほうを見ると、ゲイルフォンを含め、魔王軍ご一行は撤退したようだった。

 残された鬼族の兵士たちは、「やっと自由の身になれたぜ~」「もっと早くこうしてたらよかったのでは?」とか口々に言いながら、勝手に盛り上がっている。


 「ゼクス。あんた、さっきまで死にかけてたくせに、そんな爆笑できるなんて、あんたこそ相当イカレテルでしょ」

 「いやぁ、俺なんてまだまださ。スズに比べたらまともだよ」


 喧嘩うってんのかマジで。

 イカレてるは褒め言葉じゃないからな!?


 「でも」


 と言って、ゼクスは剣を杖がわりにして、ゆっくりと立ち上がり、私の目をまっすぐに見た。


 「俺はそんなお前が好きだよ、スズ」

 「……っ……」


 みなさーん、私とコイツ、どっちがイカレてるでしょーか!?


 私は赤くなった顔を見られるのがしゃくだったので、ゼクスに背を向けて城門に向かって歩き出した。


 「おい、スズ!? どこに行くんだ!?」


 ゼクスが叫ぶ。めんどくさいなぁ。


 「決まってるでしょ。追いかけるのよ」

 「追うって……魔王軍をか?」

 「うん。それ以外ないでしょ」


 私が答えると、ゼクスは一瞬考えてから、ゆっくりと頷いた。


 「わかった、俺も一緒に行こう。お前は今日から、俺のパーティの一員だ」

 「は!? いやいや、意味わからないんだけど! 来なくていいし! 勝手に一員にしないで!」


 こんな奴が一緒に来ても、ただの足手まといだ。


 「スズ、お前の心配する気持ちはわかる。王都を守るのが、勇者であり騎士団長である俺の、本来の役目だからな」

 「いや、別にそんな心配してないんだけど」


 人間が滅びようが何しようが、私には関係ないし。

 

「でも、お前のことは俺が守るって、決めたんだ。自分の気持ちに、嘘はつきたくない!!」


 びっくりするくらい真顔まがおで宣言する勇者。しかも声デカすぎ!

 そもそも、守られるのはどっちかというと、あんたのほうでしょーが!


 「いい加減にしてよ、もう!」


 顔が熱い。なんか変な汗も出てきた。


 「お前が何と言っても、俺は一緒に行くからな!」

 「あっそ、勝手にすれば!」


 動揺した私は、つい勢いで、絶対に言ってはいけないセリフを言ってしまった。

 あっ、間違えた――と思った時には、時すでに遅し。


 「ありがとう、スズ!」


 コイツ……どんだけプラス思考なんだよ!


 「スズ様~! 俺たちもお供いたします!」


 鬼兵士たちもゾロゾロとついてくる。おいおい。


 「はぁぁぁぁぁ……」


 私は思わず、盛大にため息をついた。

 こういうの、私のガラじゃないんだけどなぁ。


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