第10話 王都防衛戦(SIDE:勇者)

「西側の城壁が崩壊! 城門警備隊もほぼ全滅した模様です!」


 後方を走る、通信係の女魔導士が叫ぶ声を聞きながら、騎士団長の勇者ゼクスは馬を駆る。


「いそぐぞっ! この戦いには、全人類の命がかかっている! 絶対に死守するんだッ!」

「ハッ!!」


 西の城門に向かう騎士団の中から、三人の騎士が速度を上げて飛び出した。


 人呼んで、テスタリア三銃士――。


 『岩石戦士ロック・タンク』の二つ名を持つ、ドワーフ並みの筋骨隆々な巨体の重戦士、ロッキー・ルーディス。

 『閃光の弾丸フラッシュ・バレット』の異名を持つ、真っ白な髭をたくわえた老練な銃使い、アクセル・バーナー。


 そして、18歳にして騎士団長となった、天は一体いくつのものを彼にあたえれば気がすむのかと思うほどのパーフェクトなイケメン騎士、神の加護を受けた『太陽の勇者ロイヤル・ブレイブ』ゼクス・ヴァンガード・エイトクラウド。


 この騎士団最強の三人こそ、人間族の希望の光。

 人類の命運は、彼らの双肩にかかっているのだ!


「って、おーい! 馬は反則でしょーがっ!!」


 馬を駆って駆け抜けていく騎士団を道のはしから眺めながら、スズが地団駄を踏んでいた。


「えっ、スズ!? なんでここに……?」


 ゼクスは、一瞬だけ視界に入った彼女をチラリと目で追ったが、すぐに表情を引き締め、前方を睨んだ。


 城壁からはモクモクと黒い煙が立ちのぼり、街の人々が泣き叫びながら逃げている。

 既に壁は破壊された。

 そこから魔王軍が攻め入って来るのも、時間の問題だった。


「スズ……お前のことは、俺が必ず守ってやるからな!」


 その時、城壁の上の黒い煙の中で、何かがキラリと光った。


「ゼクス様、お待ちを!」


 岩石戦士ロッキーが叫び、素早く馬を駆ってゼクスの前に跳び出した。


 直後。


 無数の弓矢と、火炎魔法のファイヤーボールが同時に飛んで来て、ロッキーの体に直撃した。

 首から巻いたマントが一瞬で燃え上がり、黒い煙がたなびく。


 だが、銀色の重厚な甲冑には、傷一つつかなかった。


「ロッキー、大丈夫か!?」

「ご安心を。この程度では、かすり傷すらつきませぬ!」


 その後ろで、アクセルが馬にまたがったまま両手を放して背筋を伸ばし、アサルトライフルを構えた。


「やれやれ、もう壁の上を占拠されてしもうたか……しかし、甘いのぅ」


 真っ白な眉の下で、彼の眼が青い光を放つ。


 ――『銃魔法・飛び魚』


 構えたライフルの銃口から、魚の形のオーラをまとった弾丸が跳び、城門の上の敵の額を貫き、さらにその弾丸はピチピチと周囲の敵のあいだを跳ねまわり、城門の上にいた敵を一掃した。


 うおおおおお、という不気味なときの声が上がり、破壊された城門から魔王軍の兵士が侵入してきた。


 ものすごい数が外にいると思われたが、幸い、狭い城門を一度に全員が抜けることはできないので、せいぜい三列くらいになった状態でゾロゾロと走ってくる。


「ここは俺に任せろ!」


 ゼクスは叫び、背負っていた巨大な両手剣を構えた。


「太陽の女神よ、俺に力を……聖剣、プラズマストライク!!」


 キメ台詞ゼリフを叫びながら彼が剣を振ると、巨大な火柱が猛スピードで敵に向かって飛んで行き、一列に並んだ敵を次々に吹き飛ばした。


「さすが太陽の勇者ゼクス様……すさまじいお力ッ!」


 そのあまりの強さに、ロッキーが目を見開いた。


 すると、敵の後方から、ザコ兵士たちを押しのけて、他の兵士の倍はありそうな巨体がのしのしと前に出てきた。


 それは緑色の肌をしたホブゴブリンだった。

 返り血がべっとりとついて凝り固まったような、赤いシミだらけの鎧は、そいつが今まで、数えきれないほどの敵をほふってきたことを意味していた。


「下がっていろ、ザコども」


 ホブゴブリンは手下のザコ兵士たちにそう言うと、ニタニタと笑いながらゼクスを見た。


「ゲヒゲヒ、お前が太陽の勇者か。気に入らねぇ、イケメンすぎる! 俺はイケメンが大嫌いなんだ。お前のその自慢の顔面を、ぐちゃぐちゃにしてやる、げひげひ」

「なにっ! 俺は自慢などしていないぞ!」


 ゼクスが剣を構えながら、真面目に答えると、ホブゴブリンは額を血管まみれにして目を血走らせた。

 右手に持った、大人の人間ほどの大きさの巨大な剣を握る力が、強まった。


「貴様ッ、無自覚系のイケメンか! イケメンの中でも一番たちが悪いヤツだぜ。ゆるせねぇ……絶対にぐちゃぐちゃにして殺してやる!」

「はあ? 何をわけのわか」


 と、ゼクスが話している途中にもかかわらず、一瞬で距離を詰めたホブゴブリンは、巨大な剣を軽々と振り下ろした。


 その攻撃を、ゼクスは両手剣で受け止める。


 ゼクスの剣も、人間としてはかなり巨大な部類だが、ホブゴブリンの持つ剣に比べたらオモチャのようなサイズ感だ。


 当然、大きければ大きいだけ、剣の一撃も重くなる。

 攻撃を受け止めはしたものの、ゼクスは耐えきれず膝をついた。


「ゼクス様!」


 叫びながら駆け寄って来たロッキーを、ホブゴブリンが十六文じゅうろくもんキックで吹き飛ばし、ロッキーの巨体が宙に浮いたと思うと、民家の壁をぶち破り、民家が崩れて瓦礫の下敷きになった。


「ロッキー!?」

「おっと、よそ見をするとは余裕だな、イケメン勇者様よぉ!」


 一瞬、目を離したスキをついて、ホブゴブリンが左手でゼクスの首を掴んだ。


「げひげひ、ほ~ら、つかまえたっ!」

「げぼっ……は、離せ!」


 ホブゴブリンはゼクスの首を絞めながら、彼の体を軽々と宙に持ち上げた。


「げひげひ、いいねぇ、その苦痛に歪む顔……もっともっと、不細工にしてやるぜ」

「がはっ……」


 ゼクスは剣を地面に落とし、両手でゴブリンの手を掴んで足をバタバタさせた。

 必死にホブゴブリンの手をほどこうともがくが、その手はまるで石のように固く、1ミリも動かない。それどころか、どんどん首にめり込んで来る。


「ゼクス様を離せ、けだものが!」


 銃を構えたアクセルを、いつの間にか背後に回り込んでいたザコ兵士が棍棒で殴りつけた。


「じじいは引っ込んでろ!」


 ザコ兵士がわらわらと集まって来て、嘲笑しながらアクセルをボコボコにする。


 一方、ゼクスはホブゴブリンに首を掴まれ、プロレス技のネックハンキングツリー状態で、意識が朦朧としていた。


 その周囲ではザコ兵士たちが続々と門からなだれ込んで来て、ようやく追いついた後方の騎士団を、数の暴力で圧倒していく。

 勇者のピンチなのはわかっていても、敵に阻まれ誰一人として助けることができない。


「クソ……は、離せ……」


 口からヨダレを垂らしながらも、ゼクスは必死でホブゴブリンを睨む。


「ほう、まだそんな目ができるのか、げひげひ。まあ、どうせお前ら人間族は、もう今日で滅亡するんだ」

「黙れ……くそったれ……」

「げひげひ、すぐにお前のカノジョも行くから、せいぜいあの世でイチャイチャするんだな」

「か、彼女……だと……」

「ってかお前、一体何人カノジョがいるんだ? あー、想像してたら、またムカついてきた! はやく死ねゴルァ!!」

「ぐぁぁぁ……」


 もはやゼクスは白目をむいて、口から泡を吹き、体がプルプルと痙攣しはじめた。


「ふぅ、やっと追いついたぁ」

「うん?」


 不意に、すぐ隣で聞き覚えのある女の声がして、ホブゴブリンは首をひねってその声の主を見た。


 瞬間、彼の緑色の顔が真っ白になってしまうのではないかと思うほど、一気に血の気が引いた。


「き、貴様はッ! な、なぜここにッ!?」


 そこには、白髪で琥珀色の瞳をした半鬼半人の少女――スズが立って、ニヤニヤしながらホブゴブリンの顔を見上げていた。


「やあ、久しぶり。ここで会ったが百年目ってやつ? えーっと、あんたの名前何だっけ。まあ、いいや。あと数秒後には死ぬんだしぃ」

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