第29話 龍見景史

 龍見がデスゲームの仕掛け職人として活動するようになったのは二十九歳の時で、今年でキャリア十五年となる。決してデスゲームに対して並々ならぬ情熱があったわけではない。龍見にとってデスゲームに関わることは、一貫してビジネスでしかなかった。


 十五年前。当時勤めていた町工場が倒産し、露頭に迷っていたところをデスゲーム運営にスカウトされた。この時期、デスゲーム運営はゲームの規模の拡大に躍起となっていた。腕の良い職人を各地からスカウトして回っており、龍見は町工場に勤務していた頃からその対象となっていた。今日を生きることに必死だった龍見は仕事の内容を理解した上でスカウトを受けた。故に龍見にとってデスゲームの仕掛けを作ることはビジネスであり、生きるための手段なのである。


 命懸けのデスゲームだからこそ、仕掛けには精密さと正確さが求められる。極限状態の中で仕掛けが不具合を起こせば興行は萎えるし、もしもプレイヤー側が正しい手順で攻略したにも関わらず、仕掛けの不具合でクリア扱いにならなかった日には目も当てられない。


 実際、些細なミスが見つかったり、クリエイター側の要求に応えきれずに、龍見と同時期にスカウトされてきた職人の九割は五年以内に姿を消していった。そんな中にあっても龍見は黙々と繊細な仕事をこなし、クリエイター側の要望にも決してノーとは言わず、十二分の成果で答え続けた。


 良心の呵責が無かったと言えば嘘になるが、仕事だと割り切るだけの器用さ、あるいは図太さを持っていたことも、この仕事を長く続けてこれた秘訣だろう。龍見はそうやって、職人の入れ替わりが激しい業界の中で、十五年に渡って第一線で活躍を続けて来た。今回ドラコの玩具箱に参加したプレイヤーの中では、最も深く、長く、それでいて一歩引いた位置からデスゲームに関わってきた人間であると言えるだろう。


 そんな龍見が、十五年のキャリアの中で初めて失敗を犯した。デスゲーム終盤の重要局面。龍見の手掛けた仕掛けにヒューマンエラー生じ、正規の手順で攻略したはずのプレイヤーが、半ば事故のような形で死亡した。その結果、本来ならデスゲームを攻略していたはずのプレイヤーが死亡しクリア者ゼロという、興行としては最悪の幕切れを迎えた。


 仕事だからと割り切る精神性に変化はない。十五年のキャリアで始めた生じた一瞬の集中力の欠如。あるいは年齢を重ねたことによる肉体的変化の影響もあったのかもしれない。


 いずれにせよ、デスゲーム興行においては一度のミスはあまりに大きな意味を持つ。その結果、龍見に課せられた処分がデスゲームへのプレイヤーとしての参加だった。これまでにミスを犯した職人たちが問答無用で粛清されたことを考えれば、生存の道が残されているだけ破格の扱いと言えるだろう。一度のミスで完全に切り捨てるには惜しいと思う程度には、運営側も龍見の能力と功績は高く評価されている。


 龍見は今、仕掛けを施す側ではなく、仕掛けを攻略する側として、その真価を問われている。


 ※※※


「閃いちまった以上は、まだ死ねないか」


 倒木の影が落ちてくるのに気付いた龍見は即座に駈け出した。傾いて影の形状が変わったことで雲の影と交わり、そのまま奥の看板の影に入れる導線を見つけたのだ。街路樹に潰される前に一気に影を渡り歩き、街路樹が倒れて影と重なった瞬間、ぎりぎり滑り込む形で看板の影へと到達した。


「良かった。龍見さんは無事ね」


 万事休すかと肝を冷やした冴子も、龍見が安全圏に逃げ込んだのを確認して安堵の溜息を漏らした。


「はあ……この歳で全力疾走する羽目になるとはな」


 龍見は息を切らし、その場に腰を下ろした。こんなにも生を実感したのは初めてのことかもしれない。決して破滅願望があったわけではないが、仕掛けの餌食になったならその時はその時だとどこか諦観していた。実際、どうしようもなければあのまま倒木の下敷きになるのも止む無しと心を決めていたのだが、回避の導線が見えた瞬間には考えるよりも先に本能で体が動いていた。人間そう簡単に死ぬことは出来ないらしい。


「どうせここまで来たなら最後まで――」


 言いかけて、上方からビスらしき留め具が目の前に落ちてきた。同時に軋むような嫌な音を感じ取り、龍見は咄嗟に上を見た。「ドラコの玩具箱」のロゴがあしらわれたデスゲームを宣伝するような巨大な看板の固定が外れ、龍見目掛けて振ってくる。留め具が弱っていたところに、先程の強風と街路樹が倒れた際の地響きが追い打ちをかけ、限界を迎えたのだ。


「雑な仕事だ。俺にはお似合いの末路ってか」


 頭上を見上げて皮肉気に笑う龍見は、一切の回避行動を取ろうとはしなかった。これはもう駄目だ。龍見の姿と巨大な看板とが重なり、激しい地響きと粉塵が周囲に広がった。


『龍見景史様。残念ですがゲームクリアとはなりませんでした。私情を挟み恐縮ですが、一人のゲームマスターとして、仕掛け職人としての龍見様には敬意を持っておりました。心から哀悼の意を示させていただきます』


 ボイスチェンジャー越しとはいえ、ドラコのその言葉は嘘では無いように思えた。デスゲームである以上手加減は出来ないが、長年業界に貢献してきた龍見の死に思うところはあるのだろう。


「龍見さん……駄目だったのね」


 現場の状況が大胆かつ遠目だったため、冴子は龍見の生存に一縷の望みを託していたのだが、ドラコのアナウンスによってその可能性は潰えた。デスゲームである以上、参加者の生死は確実に把握しているはずだ。

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