シャドウマン

第28話 シャドウマン

『プレイヤーの皆様。ドラコの玩具箱第七ブロック。シャドウマンへとようこそ』


 第七のゲームフィールドは殺意に満ち溢れていた。そこは陸上のトラックがすっぽりと収まりそうな広い空間で、天井部分には投影されたと思われる人口の青空と、本物と見紛うような光量と温かみを放つ、人口の太陽とでも呼ぶべき光源に見守れている。


 足元も単なる床ではなく、舗装された路面を思わせるようにアスファルトが敷かれていた。街路樹や街灯、公園の遊具や電信柱、架空の企業名や注意書きを記した看板、果てにはビルまで、屋外を彷彿とさせるオブジェクトが多数配置されているが、配置に一貫性は感じられず、例えば滑り台があると思えば電話ボックス、信号と続いて今度はジャングルジムが姿を現すといった、悪夢の中のカオスのようで気味が悪い。それだけならまだ良かったのだが、屋外を模した景観を一気に台無しにするのが、一歩引いてフィールド全体を取り囲む、多数の機銃の姿だ。冴子のクリアしたレーザートラップ例もあるし、ゲーム内で何らかの失敗を起こせば、あの多数の機銃が悪さをしてくるということなのだろう。


『今回のゲームのルールは至ってシンプル。屋外を模したフィールドの中を進み、奥にあるゴールにたどり着くことが出来ればゲームクリアとなります。ただし、今回のゲームにおいては安心出来るのは日陰の中だけ、日向にその姿を晒した瞬間、プレイヤーは異物だと判断され、周辺の機銃によって掃除されてしまいます。もうお分かりですね? 多数のオブジェクトの陰を渡り歩き、ゴールまで到達することが求められるのです』


「私たちの扱いは文字通りの日陰者ってわけね。皮肉が効いてる」


 冴子が皮肉気に肩を竦めたが、ゲーム性自体はシンプルで分かりやすい。子供の頃に思い付きで、学校から自宅まで影を渡り歩いて家まで帰ろうとすることがあるが、ドラコはそれを拡大解釈してデスゲームに落とし込んだのだろう。気味の悪い、不規則なオブジェクトの配置も、ゲームのバランスを考えてのことなのだろう。新設設計でスタート時に積まないように、ビルを模したオブジェクトがスタート地点周辺に大きな影を作ってくれている。


『それでは皆様お待ちかねの、ファーストペンギンルーレットのお時間です!』


 確率は二分の一。もはやこれはルーレットと呼べるのかどうかも怪しいが、お約束なのでドラコは構わず進行する。


『ルーレットの結果。ファーストペンギンルーレットは龍見景史様に決定いたしました!』

「まあ、そうだろうとは思ったよ」


 龍見は部屋に入った瞬間ら今回は自分だろうと確信していた。ファーストペンギンの名前がゲーム内容とリンクしていることには彼も早々に気付いていた。その上で今回のゲームには積木の要素は一切存在しない。日陰を進んでいくことを影踏みと解釈すれば、龍見景史が選ばれるのは必然だった。


「龍見さん。気を付けてね」

「デスゲームクリエイターとは思えぬお人好しだな。散々人殺しの仕掛けを作ってきた俺が仕掛けの餌食になっても、それは自業自得だろ」


 自信家ではないが、だからといって恐怖に震えているわけでもない。龍見は全プレイヤーの中で、最も長くデスゲーム業界に関わって来たベテランだ。それ故にどこか達観している。もちろん死ぬつもりなんてないが、だからといって死の可能性も決して排除はしない。


「自業自得なのは私も同じだけど、ここまで一緒にやって来た人の生還ぐらいは祈りたいじゃない。今の私達はあくまでもプレイヤーなんだから」

「屁理屈だが、まあそう言われて悪い気はしないな。俺だって別に破滅願望があるわけじゃないし、せいぜい死なないように頑張るさ」


 表情を見せずに背中で語ると、龍見はプレイヤーたちに手を振りながらスタート地点へと立った。


『ドラコも玩具箱第七ブロック。シャドウマン。ゲームスタートです!』


 開始の合図と共に、機銃がセンサーと同機し、銃身が起き上がった音がそこかしこから聞こえてきた。ここから先、日陰から出た瞬間に蜂の巣にされてしまう。


「さてと、どの導線で行くか」


 龍見は直ぐにはスタートラインを切らずにフィールドを観察した。日陰を渡り歩くシステム上、一直線にゴールを目指すことは事実上不可能だ。もっと広くフィールドを見て、時には横道に逸れたり、引き返したりしながらゴールを目指す必要があるかもしれない。スタート地点を日陰で守ってくれているビルのオブジェクトに上ってフィールドを一望出来たら攻略も楽になりそうだが、上れる場所は見当たらない。俯瞰しての攻略は邪道というのが運営側の認識のようだ。


 とはいえ、運営側とてスタート地点にいきなり初見殺しの仕掛けを置くような真似はしないだろう。十分に周囲の安全を確かめてから、龍見はスタート地点から踏み出し、ビルの陰を慎重に進んでいった。


 ビルの陰の先には、架空の水道工事業者の看板が設置されており、看板が人一人余裕で隠せるだけの日陰を形成している。ただし、ビルの影と看板の影は繋がっておらず、移動のためには日向を渡らなければいけないが、それではゲーム自体が成り立たなくなってしまう。


「さしずめ、チュートリアルといったところか」


 スタート地点からの観察で、日向を通過する方法は見抜いていた。天井に広がる青空は決して演出のためだけに存在しているわけではない。時折流れていく雲に合わせて、直前まで日向だった場所にも影が差す設計となっているのだ。現実の雲ならばここまでくっきりと影は差さないかもしれないが、そこはゲームを成立させるためのバランス調整なのだろう。雲の発生や流れは完全ランダムでは、突破のタイミングが見つからずにプレイヤーの停滞が続き、観客ありきの興行としてはマイナスだ。それ故に一定の間隔で同じように雲の影が差すだろうと、デスゲームに長く携わってきた経験で龍見は予測した。序盤ならば緊張という体で慎重な行動も許容されるだろうと思い、あえて時間をかけてビルと看板を繋ぐ雲の影の流れを観察してみたが、やはり一定の間隔でそれが発生していることが分かった。時間差で橋が開閉するアスレチックだと思えばそこまで脅威には感じなくなる。


 周期を把握した龍見は、雲による影の橋が出来たタイミングで危なげなく看板の影まで移動することに成功した。


「分岐か。参ったね」


 龍見は看板の下で次のルートを模索する。ここまではほぼ一本道だったが、この先は雲の動きも利用すれば、二通りのルートが存在することが分かった。一つは看板の影から、雲の影を経由して正面の街路樹の影へと渡るルート。このルートにはその後も自販機や看板など、定期的にオブジェクトが設置されており、日陰には困らない印象だ。


 もう一つは、右方向に流れていく雲の影の動きに合わせて自分も動き、バス停と屋根付きの待合所に合流するルート。その先には公園の遊具や電話ボックス、変わり種では今日日すっかり見なくなったアドバルーンの影などが点在している。トリッキーな形状の影が多いうえに、人口風も吹いているようで、アドバルーンの動きも読みづらい。正面のルートよりも難易度は高さそうな印象だ。分岐が明暗を分けるというのはデスゲームではありがちな話だ。どちらのルートへ進むべきか、龍見は日陰でしばし考え込む。


「まあ、なるようにしかならないか」


 龍見が選択したのは正面の日陰に困らないルートだった。難しいルートの方がリターンが大きい可能性があるが、残機が自らの命一つだけのデスゲームにおいては、あくまでも安全を第一に考えたい。興行の見栄えとしては最悪だろうが、危険を察したら分岐点まで引き返すことも出来るので、今は深刻に考えても仕方がない。選択肢に迷うのもファーストペンギンならではの問題だ。後続だと選択肢が減って判断もしやすい。


 龍見は雲を利用して街路樹の影と渡る。街路樹の影が右斜め前に伸びているので、それを伝ってさらに自動販売機の影へと移動した。この先には直線上にたくさんの街路樹や看板が点在しており、雲の影も経由すれば一気にゴール付近まで辿り着くことが出来る。


「嫌な感じだな」


 一陣の風が吹き抜け、街路樹の葉にあわせて影が揺れる。少しずつ風が強まってきていて、より高い位置にある分岐ルートのアドバルーンも荒ぶっている。悪戯に風を吹かせているとも思えない。だとすれば今後、もっと大きな変化が起きる可能性も考えられる。


「善は急げか」


 変化が小規模なうちに決着させた方が良いと判断し、龍見は雲の影を伝って次の街路樹の影へと移ることにした。街路樹の周辺はこれまでとは違い、人除けのカラーコーンで囲われている。あまり近づきたくはないが、他にルートもないので、龍見は直ぐに次の看板の影に入ろうと決めたのだが。


「やっぱりこうなるのかよ!」


 これまでで一際強烈な風が吹きつけた。雲の流れも早く、龍見は風圧に負けないように踏ん張りながら、急いでカラーコーンに囲まれた街路樹の影へと入った。橋渡しの雲の影はもう流れていってしまった。コンマ一秒遅かったら日差しに晒され蜂の巣にされていたかもしれない。


「こいつは……」


 窮地を脱して安堵したのも束の間、自動販売機からでは死角になっていた位置のカラーコーンに不穏な注意書きを見つけた。


 「倒木注意」の四文字を視認した瞬間、ミシミシと嫌な音を立てて、背の高い頭上の街路樹が根本の位置で傾き始める。幹が腐りかけていたところに、先程の強風が追い打ちをかけたのだ。直ぐに横に逸れれば倒木に潰されることは回避出来るが、それでは日向に姿を晒すことになり機銃で蜂の巣にされてしまう。


「おいおい。機銃以外で死ぬパターンもあるのかよ」


 徐々に下りてくる影を察して、龍見は苦笑を浮かべた。

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