第27話 やじろべえ

「俺の勝ちだ」


 ドラコの宣言によってバランスが第四段階に達した瞬間、ふらつき万事休すかと思われた兵衛の両足が突然安定感を取り戻し、完全に動きを止めた。兵衛が身に着けていた第三のアイテムはブーツ。武器を持たぬ時は決まって足技で相手を血祭に上げてきた兵衛にとっては足そのものが凶器。履き慣れたブーツが、グロック銃やナイフ同様に、奪ってきた命の分の重さを宿すのは必然だった。足に重心が移動したことで体の安定感は一気に増す。多少バランスを崩しても足元が崩れることはない。残りの時間、グロック銃とナイフの重さにさえ耐えきれれば問題ない。


「兵衛さんが選んだのって、ブーツだったわよね」


 兵衛のブーツが重くなった理由を想像して冴子は悪寒を感じた。業界では有名な人物だったが、まさかこれ程とは。


「あの人の足は、一体どれだけの真っ赤に染まっているんですかね」


 この時点で士郎は兵衛のゲームクリアを確信すると同時に、これまでにない鋭い眼光で兵衛を見据えている。このゲームは兵衛という男の持つポテンシャルを嫌という程見せつけてきた。それ故に警戒しなければならない。


『八分経過。ゲームクリアです』


 ドラコの合図と共に展開していた床が戻り、奈落が解消された。それでもなお、自分はまだやれるんだぞというアピールを込めて、兵衛は両手に凶器を握り続けている。


『兵衛弥次郎様。見事にバランスをクリアなされました。驚異的な身体能力と集中力を発揮された兵衛様に拍手を!』


 各地のパブリックビューイング会場から拍手が届けられ、兵衛はオーディエンスに応えるべく、両手の凶器を手放した。床に落下したグロック銃とナイフは跳ねずに鈍い音を立て、床の表面には罅が入る。それはそのまま兵衛が奪ってきた命の重さであった。


『残すゲームも後二つとなりました。プレイヤーの皆様はこのまま、第七ブロックへとお進みください』


 何も無かった壁の奥に、NEXTと書かれた順路が姿を現したのを確認すると、兵衛はゲーム用のブーツを脱いで、元々履いていたエンジニアブーツへと履き替えた。


「あと少しでゲームも終わる。さっさと行くぞ」


 不敵な笑みを浮かべて兵衛は率先して順路へと向かっていった。これまでは孤高を堅持していた兵衛が明らかに口数が増えている。命の重さを再確認する今回のゲームが兵衛の何かを呼び覚ました気がしてならない。


「あと少しで終わるか。励ましてくれるとはお優しいことで」


 皮肉気な笑みを浮かべながら、龍見は兵衛の後に続いた。


「残り二ゲームでプレイヤーは四人人。数だけ見れば上々ね」

「どんな結末になろうとも、綾取さんのことは決して忘れませんよ」

「死亡フラグみたいなことを言わないの。微妙にどっちの死亡フラグか分かりにくいし」

「確かに。今のらしくない台詞でしたね。だけど、綾取さんと過ごした時間が楽しかったのは本心ですよ」

「縁起でもない。どうせなら、二人揃って脱出しましょう」


 そんなやり取りを交わしながら、二人は肩を並べて第六ブロック会場を後にした。

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