第30話 真のデスゲーム

『ここでプレイヤーの皆様に重大なお知らせです。これまでのゲームではお一人での挑戦をお願いしておりましたが、シャドウマンは広いフィールドを利用したゲームです。そこで、残るお三方のプレイヤー全員での参加をここに決定いたしました。龍見様が脱落したこの難局を、是非とも皆さんのお力を合わせてクリアを目指してください』


 突然の路線変更のようだが、ドラコは初期の説明時にゲームについて、「一部の例外を除いて一人用」という表現を使っていた。とうとうその一部の例外がやってきたのだろう。全ての展開が織り込み済みだった気がしてならない。


「面白い。俺がちゃっちゃとクリアしてやるよ」


 アナウンスを受けて、兵衛は嬉々として率先してスタートラインへと立った。


「……不味い展開になりましたね。真のデスゲームの開幕だ」


 士郎が苦虫を嚙み潰したような表情で、冴子に小声で囁いた。


「……妨害が発生すると思ってる?」

「……それをやるには絶好の機会でしょう。直接手を下さずとも、日向にさえ放り出せばルールの中で殺せるんだから」


 冴子とコミュニケーションを取っている以上、士郎が警戒しているのは当然、圧倒的なフィジカルと戦闘能力を誇る兵衛弥次郎の存在だ。兵衛はバランスをファーストペンギンとしてクリアした瞬間から明らかに雰囲気が変わった。勝利を貪欲に求めるようになった人間の持つ雰囲気を、士郎はデスゲーム狂の嗅覚で感じ取っていた。一般プレイヤーと違い、元々殺しに慣れている兵衛が今更殺しを躊躇うことはないだろう。


「……終盤での全員参加。ゼロサムゲームを加速させるのがドラコの狙いなんでしょう」

「……確かに、ゲームマスターとしては終盤の盛り上げどころが欲しい。ひょっとしたら当初の想定よりもプレイヤーが生き残っているのかもしれないわね」


 殺し合いが始まれば、デスゲーム興行としては間違いなく盛り上がる。それが運営側の狙いであるなら警戒は必要だ。穏便に済めば幸いだが、もしも真正面から兵衛とぶつかることになれば、二人がかりでも勝ち筋は見えない。


『プレイヤーの皆様。スタート地点へお集まりください』


 ドラコに促され、士郎と冴子もスタート地点に立つ。士郎は冴子には一歩引かせて自身は兵衛と肩を並べた。一瞬横目で様子を伺うが、兵衛は無表情のまま遠くのゴールを見据えており、心境を伺い知ることは出来ない。


『ドラコの玩具箱第七ブロック。シャドウマン。セカンドチャレンジスタート!』

「先に行かせてもらうぜ」


 開始の合図と同時に兵衛が駆け出した。龍見のプレイである程度導線を把握出来たので、雲の影を渡って一気に分岐点手前の看板まで素早く移動する。一瞬の架け橋を利用したので、士郎と冴子は直ぐに追いかけることが出来ない。そんな二人を嘲笑うかのように、兵衛は口元を釣り上げた。


「直ぐに仕掛けてこないところを見るに、兵衛さんはエンターテインメントに理解はあるようだ」

「何か仕掛けるならゲームの中でということね」


 最悪の場合、スタート地点で襲われ、いきなり日向に放り投げられる可能性も想定して身構えていた。そのため初動で出遅れてしまったのだが、ひょっとしたら兵衛はそういった心理をも読んでいたのかもしれない。


 しかし、驚異が去ったわけではない。兵衛は恐らくデスゲームとしての体裁を気にしてスタート地点では自重したのだろう。早々につまらないプレイを見せたら自分が処罰を受ける可能性も少なからず存在する。殺すならあくまでもゲームの展開の中でだ。今回のシャドウマンのフィールドには、ゴールを目指す上で経由する必要のない、身を隠せそうな日陰も点在している。単なる行き止まりではなく、待ち伏せのポイントとして運営が想定している可能性は大いに考えられる。


「一度距離が離れたら追いつくのはなかなか難しい。完全に先手を取られましたね」


 雲の影を経由しなければいけない都合上、タイミングの問題で一気に距離を詰めることは出来ない。兵衛とて最短のタイミングを見逃すようなヘマはしないだろうし、そう簡単に同じ影を踏ませてはくれないだろう。


「だからといって、モタモタしていても結果は同じね」


 待ち伏せを警戒して時間をかけて進めば、業を煮やした兵衛が先にゴールにたどり着く可能性がある。遠目だがゴール地点は、屋根で日陰となった階段の先にある。ゴール地点に辿り着けば、いとも容易くゴールを堅守し、後続を蹴落とすことが可能なのだ。砦攻めと同じでそれを崩すのは容易ではない。


「先ずは一歩進みましょう」


 士郎と冴子は確実に前へと進んでいくことにした。集中しないと仕掛けに殺される可能性だってあるし、体格の良い兵衛がどこかで行き詰まり、予期せず追いつけることもあるかもしれない。デスゲームにおいて何が起きるかなど誰にも予想は出来ないのだ。


「やはりそっちに進んだ」


 分岐点の看板の下に到着した士郎は、兵衛が軽快に雲の影を渡り継ぎ、龍見が選択しなかった遊具などのある迂回ルートを選択したのを確認した。龍見の失敗を受けて正面はハズレルートと踏んだようだ。実際、龍見を押しつぶした巨大看板の倒壊によってルート検索も困難な荒地と化してしまっている。


「綾取さん。提案なんですが、ここで二手に別れませんか?」

「その心は?」

「一つはリスクの分散。俺達の自由は日陰という限られた空間の中にしかないのだから、まとまった行動では動きにくい。万が一のことがあった場合、何も二人揃って死ぬこともないですしね」


 今は大きな看板の下なので快適だが、例えば自動販売機の影などは人間が二人も入るとスペースがきつい。相合傘だと思えば可愛らしいが、肩がはみ出た瞬間雨ではなく銃弾が降り注ぐ可愛くない仕様なので、そもそも集団行動には向いていない。もし日陰で兵衛と対峙する場面を想定すれば尚更だ。


「俺が兵衛さんの後を追いますので、綾取さんは龍見さんが試した方のルートを。滅茶苦茶になっていますが、一番細身な綾取さんなら、もしかしたら抜けられるルートが存在するかもしれない」

「自分から危険な方を選択するなんて、優しいのね」

「勝ち残るために合理的な判断をしただけです。それに、綾取さんの方が安全とも限りませんよ。龍見さんの時のような仕掛けがまだ残っている可能性もある。蓋を開けてみれば綾取さんのルートの方が地獄かもしれませんよ」

「確かに、その可能性も大ありね。もしもルートが存在しなかった時は引き返して追いつくわ。合流する前に死なないでよね」

「善処します。俺は綾取さんがくたばっても気にせず進みますが」

「ブレないね。こういう状況じゃ心強いけど」


 冴子は苦笑顔で肩を竦める。危機的状況にあっても、士郎と話しているとどことなく日常の延長線上のように感じられて気が楽だ。

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