第4話 世界に二人きり

 今まで胸につかえていたわだかまりが取れた私は、今までよりもちょっとだけ睦月に素直に接することが出来るようになっていた…のだけど、それよりも気になっていることがある。

 それは、睦月も私と同じ気持ちで、わだかまりが取れたからなのか、あの日から、睦月が目に見えて、今まで以上に私にべた甘と言うか…その、優しいのは変わらないんだけど、凄く凄く甘えてくるようにもなった。

 朝起きた時と寝る前には必ずぎゅってハグをして、私の額にキスをすることだったり、睦月が外へと出かけない時間には一緒に料理をしたり…。一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝ようかって冗談を言われた時はさすがに大慌てしてしまったのだけど…。…睦月はちょっとだけ残念そうな顔をしてた…!!!!もう!!


 本当に新婚さんみたいだって、私は恥ずかしいだけじゃなくってなんだか嫌じゃないくすぐったさを感じながら暮らしていた。うっかりしたら自分が"監禁"?されていたことを忘れてしまいそうだった。

 相変わらず外へは出ちゃ駄目って言われているし、板が打ち付けれた窓からは光の一筋すら入っては来ない。テレビもラジオも聞こえない。

 私の家や、家族や、学校は今どうなってるんだろう?と考えると、やっぱりちょっと怖い。もしかしたら凄く大騒ぎになっているのかも知れないし…。

 逆に本当に私の家族が知っているなら、睦月の両親と私の両親も知っていて、私たちが仲直りするために仕組んだことだったりして…みたいなことも考えてはみたのだが、それならもう種明かしされてもおかしくないし、学校を休んでまでやらせるようなことでもないように思えた。結局いくら考えても、納得のいく答えなんか出ない。

 これは私が想像力が足りないとか、馬鹿という訳じゃなくって、そもそもこの状況がイレギュラー過ぎるんだよ。


 そんな風に、心の中に小さく刺さった不安を、出来るだけ気にしないようにしながら睦月と二人の甘い暮らしをしていた私を、そんな風にフワフワしてばかりいられない…と言う気持ちにさせる出来事が起きたのは、やっぱり突然だった。


「睦月!!!」


 いつものようにどこかに出かけていた睦月が、夕方?(多分…)帰って来て、ドアから入ってきた音に気が付いた私が、彼を迎えようと玄関に向かった時だった。入ってきた彼は酷い怪我をしていて、血だらけだった。

 私はとても驚いて、動揺してしまって、悲鳴みたいに彼の名前を叫んでしまった。無我夢中で睦月に駆け寄る。


「この怪我…!どうしたの???…血が…血が出てっ…早く…手当しなくちゃ…」


「……華、大丈夫。大丈夫だから…。そんなに泣かないで…」


 私は無意識に泣いてしまっていたのだけど、睦月に言われて初めてそのことに気が付く始末だった。睦月は、私の頭を優しく撫でる。本当はきっと自分の方が痛くて、苦しいと思うのに…。その手つきの優しさが、余計に私の涙腺を緩くしてしまった。


 それから、私は何とか泣き止んで、血まみれの睦月の手当てを終わらせ、二人でリビングのソファに並んで腰かけて座っていた。

 悲しいかな私は不器用なので、睦月の腕や足にまかれた包帯は見るからに不格好だけれどきっとないよりはマシだろう…。それを睦月にぐるぐると巻き付けながら、私は決意していた。それは、こんな風になった理由を聞くことももちろんだが、こんな風になったにも関わらず、救急車も呼ばない・呼べないと彼が訴えたことに対しての追及もしなければならなかった。

 彼の怪我は、信じられないけれど獣に切り裂かれたような爪の跡がついていた。それも、犬や猫というサイズではなかった。動物園からライオンでも飛び出してきたの?!というようなものだったが、そんなことが起きているなら間違いなく周囲に連絡が行くと思うし…。ニュースやラジオでだって…とそこまで考えて、この家ではテレビもラジオも機能していないことを思い出してハッとなった。


「…睦月…。お願い…。今度こそ、ちゃんと教えて…」


「………」


「……どうして睦月は怪我をしたの?…どうして私を閉じ込めてるの…?……どうし

て外に出ちゃいけないの…?………外で、今…なにが起きてるの?」


「………」


「………」


 真剣に問いかける私の言葉を聞いても、睦月はすぐには返事を返してくれなかった。

 その表情は辛そうで、苦しそうで、迷って…悩んでいるように見えた。睦月は優しい。だからきっとそんな顔をするのは、私に"話さない"方が良いって思うようなことなんだろう。


「……睦月がこんな風にボロボロになっちゃうようなことが起きたんだよ。もう、私…今まで通りになんて暮らせないよ」


 私が出ていくって思ったんだろうか。びくっと驚いたように睦月が顔を上げた。

 その瞳が不安と、…恐怖みたいなもので揺れた気がした。


「…………ち、違うよ。睦月を嫌いになるとかじゃないよ。ただ、何か、大変なことになってるのに、睦月が…私に隠して一人で無茶してるなら…私だって手伝いたい…から…」


「……華……」


「……ちゃんと話して? もう、何にも話さないで気まずくなるなんて嫌だもん」


 以前、気まずくなったのは私のせいだから、私はちょっと自嘲気味になってしまったと思う。けど、ちゃんと本心で…ちゃんと睦月から本当のことを聞かせて欲しくて、目を真っすぐに見てそう告げた。


「…………わかったよ」

 

 睦月も覚悟を決めたような…決意したような顔だった。私の目を真っすぐに見つめて、こくりと頷いた。


「…これを話したら、華は凄くショックを受けると思う。だから落ち着いて聞いてね」


 そう神妙な顔で話し始めた睦月の話は、本当に想像もしなかった内容だった。


「多分、もうこの世界には俺と華の二人しか生きていないんだと思う」


「…え?」


―———華を連れてきたあの日、もう人間の原因不明の消失は始まっていたようだった


そう話す睦月の言葉の意味を、私は理解できなかった。

人間の、消失?


―———誰かほかにも生き残りがいないか、あちこち見て回ったけど、もうこの町で生きてる人には全然出会えてない…。自分たちのように避難してる人は、いるのかも知れないけど…。


どういうこと?

この町に人がいない…?

お父さんやお母さんも?

睦月のパパやママも?

だから帰ってこないの?


――――人間が消えた後、街中には見たこともない化け物がウロウロするようになってしまった。自分が襲われたのもその化け物で……


化け物って何????

人間が消えてしまったことと関係があるの????


「……………————」

「……華!?」


 彼の口から告げられた言葉はあまりにも突然で、あまりにも現実味がなくて、

あまりにも、あまりにもびっくりして――――――――、私は―――――――――。



 私は気絶してしまったようだった。

 その後のことは良く思い出せなくて、次に気が付いた時にはベッドの上に横になっていた。

 ふと顔を横に向けると、目の前にはぐっすり眠る睦月の…綺麗な寝顔があって、私はまたとてもとてもびっくりしてしまった。心臓が飛び出すかと思った…!しかも、彼は私の手を握ってくれていたようだ。

 意識を失った私を心配して、ずっとそばについていてくれたんだ…と思うと、嬉しさと切なさで胸が詰まりそうだった。


 全部夢だったのかな?なんて一瞬期待もしたのだけど、彼の腕や足に巻き付けられた不格好な…血のにじんでいる包帯が、全部現実なんだよと私に無情に現実を叩きつけてくる。

 睦月に彼が知る事情は聞いたはずなのに、結局謎が増えただけで、やっぱり何もわからないまま、私と睦月の二人きりの暮らしは続いて行く。

 怖いし、本当は逃げ出してしまいたい。きっと睦月はそれを許してくれる。


 でも、私はそうしないと決めた。

きっと睦月だって怖くてたまらなかったと思う。

それでも睦月は、私を守るために、怖がらせないために私に何も話さないまま、私をここにかくまい続けてくれていたんだ。

 だったら今度は私だって、睦月の為に戦わなくちゃいけないってそう思ったから。


 私の監禁生活はこうして終わりを迎えた。

 何もかもがめちゃくちゃで訳も分からない世界の到来に、私は当然不安でいっぱい…なんだけど、眠ったままの睦月は、そんな私にまるで「大丈夫」って言うみたいに私の手をぎゅっと握った。


 





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世界の終わりと嘘つきな溺愛王子 夜摘 @kokiti-desuyo

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