第3話 罪と赦しと誓いの言葉

 私が食事作りを担当することになって、もう一週間程度が経っていた。

 今日のメニューはサンドイッチと野菜のコンソメスープ。自分では頑張ったつもりだけど、これまで睦月が用意してくれたご飯はいつも美味しくてしっかりしたメニューだったから、張り切って自分がやる!なんて、手を挙げたのは良いものの、出来た料理の出来にはいつも何となく決まり悪いような恥ずかしいような気持ちになってしまっていた。野菜の切り方もへたくそだし、サンドイッチも具材を挟んだだけだし…。スープはコンソメスープの素を使っただけだし…。

 それでも睦月はいつもにこにこと嬉しそうに、美味しい美味しいと喜んで食べてくれる。

朝ごはんに作った目玉焼きは目玉が潰れてしまったし、昨日作った卵焼きはちょっと焦げてしまっていたのだけど、嫌な顔一つしなかった…。


「…睦月みたいに凝ったもの作れなくってごめんね…」

「なんで?…華の作ったご飯、凄く美味しいよ」

「…こ、こんなの普通でしょ!無理に褒めなくたって良いよ…」

「無理に褒めてなんていないよ。本当に美味しいんだから」

「そうかなぁ…?」

「そうだよ」


 睦月はいつだって優しくて、私は甘やかされ過ぎてダメになっちゃいそうだった。異常な状況なのはわかっているけど、それでも小さい頃みたいにまたこうやって睦月と過ごせることが何だか嬉しかった。

 確か、小学校の5年生になった頃だったと思う。私はまだその頃は睦月と良く一緒に遊んでいたし、登下校も一緒にしていた。…けれど、そうしているうちに段々と周りの子達の私たちに対する態度が変わっていったんだ。男子からは、しょっちゅうからかわれるようになったし、女子からは「睦月くんと幼馴染なんてずるい」と意地悪や無視をされるようになってしまった。

 だから私はその頃から睦月を避けるようになっていた。睦月は何も悪くないのに、冷たい態度を取ってしまったこともあったと思う。そんな風に自分から距離を取るようになって、登下校も別々にするようになって、学校でも話をすることも少なくなって、そのままなんとなく距離が出来ていた。…なのに、本当に自分勝手だけど、私はそれを寂しく思っていたんだ。

 だから、またこうやって一緒にご飯を食べたり、ゲームや漫画の話をしたりする何でもないような時間が、何だか暖かくて懐かしくて、胸が一杯になっていた。

 その度に小学生の頃に、睦月に冷たくしてしまったこと、傷つけてしまったことをちゃんと謝りたいって思ったけれど、睦月が私を見つめる優しい真っすぐな眼差しを見ると、変に胸が苦しくなって、何も言えなくなってしまった。

 私の感情は顔に出てしまっていたのかも知れない。睦月がサンドイッチを食べる手を止めて、心配そうに私の顔を眺めていた。


「華。どうした? 何処か痛い?」

「…う、ううん!ち、違うの。あのね、えっと……」

「………」

「………」


 何とか誤魔化そうとしたけど、じっと見つめられると嘘もつけなくて、もごもごと口籠ってしまったのだけど、睦月は黙ったままずっと私の言葉を待っている。このままごにょごにょ言っていても逃げきれなさそうだったので私は観念するしかなかった。


「…嬉しかったの。またこうやって睦月と話せるなんて思わなかったから……」

「…………」


 何とか絞り出すみたいに呟いた私は、恥ずかしくて顔を上げられなかった。睦月は暫く何も言わないから、私はもしかしたら睦月が「何をいまさら」と思ってるのかも…と、呆れたり嫌な気持ちになってしまったのかな?なんて不安になってしまった。

 でも、恐る恐る視線をあげて睦月の顔を見たら、少し赤くなった顔は私に負けないくらいに恥ずかしそうに…、そして感激したみたいに嬉しそうな表情だった。私は少しだけびっくりしたけれど、それ以上にほっとした。


「………そっか…」


 私が顔を上げたことに気が付いた睦月は、ちょっとだけ気まずそうに苦笑いをして、やっぱり絞り出したみたいにその一言だけが零れ落ちた。


「………皆にからかわれるのが嫌で…睦月に酷いことしちゃったこと、謝りたかったんだ。……本当に、あの時はごめんね」


 私の方は…と言えば、一言素直な気持ちを話してしまったら、後は堰を切ったみたいに"言いたかった言葉"があふれだしてしまった。


 ガタンと、睦月が勢い良く立ち上がった音がして、次の瞬間には、私は座ったまま彼に抱きしめられていた。


「む、睦月……」

「…うん、俺も…。俺も、ずっと寂しかったし、華とまた話したかった」


 抱きしめられて密着した体から、睦月の体の熱が私に伝わってくる。

二人で暮らし始めたあの最初の日と同じように、睦月の胸の鼓動も伝わってくる。


「だから謝ったりしなくていいんだ」

「…睦月………」

「…一緒に居られなかった時間の分も、もっともっとこれから一杯一緒に居よう」

「…うん…」


 この時、睦月と私が交わした言葉たちは、まるで教会で神父様の前で新郎と新婦が誓い合う愛の宣言みたいに思えた。

 場所は睦月の家のダイニングキッチンだし、私は普段着のままだし、私が作った出来損ないの料理の匂いが漂っているようなロマンチックさの欠片もないような状況なのに…。なんでだろう。凄くすごく厳かで、尊いものみたいに思えたんだ。



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