…………『処女』がいい!?

 むにゅ♡っと唇に触れる軟らかな感触。


「キスもしていい?」


 寝ているフリをした。

 私は答えなかった。

 彼女、根岸ねぎし 涼香りょうかさんと同棲生活をして、だいぶお互いの距離感も掴めてきた頃だ。


 その中で、私は根岸さんと近くにいればいるほど、彼女の笑顔を絶やしたくないと、より強く思うようになった。

 何より、彼女を手離したくないと思い始めていた。


 そして、それと同時に根岸さんが私に依存しつつあることも、薄々感じていた。


 彼女と間接キスで照れたら負けのゲームをやった時。

 私は確かに見た。

 表情は取り繕っていたようだけれど、私と同じくらいに彼女の耳が真っ赤で………

 私が口をつけたレンゲを咥える唇が、わなわなと微かに震えて緊張していることに。


 それでも、彼女がポーカーフェイスを続ける以上。踏み込んで良いかは分からなかった。

 彼女がきっと私に親しみ以外の感情を持ってるかもしれない、、もしかしたら、私も。

 と、そんな思考が頭をよぎって、私は見てみぬフリをした。


 知らないフリ。

 気づかないフリ。


 そうやって、私は人の感情に機敏になる節があるくせに、その感情を汲み取ろうとはしない。

 私は人の感情に無頓着なんじゃない。

 私は自分の感情に嘘吐きなだけだ。


 そうして、とうとう今回も私が知らぬフリをしたせいで――――


「…………えへへ♪旭川あさひかわおねーちゃんに、アタシのをあげちゃった」


 ――――私は、今なにか超えてはならない一線を越えようとしてしまっている。


 まだ、彼女に抱くこの感情の名前も明確に分からないのに。きっと、この感情が何かを知ってからじゃないと、ダメなのに。


 時の流れというものは無情であり残酷なもので。そんなたかが自分の感情にすら手間取る私のことなんて待つことなどあるわけが無い。

 嘲笑うかのように、時間は私を置いて駆けてしまう。

 そしてそんな時間の流れの背景に、私は夢現な状態ながらに、根岸さんの背中を見た。


 彼女は、進み続けることを選んだんだ。

 きっと彼女と共通に抱いているであろうこの感情の名前を。

 根岸さんは進み続けながら、探すことに決めたんだ。


 私はどうだろう。

 本当にこのままで良いのだろうか。

 私よりも一つ下の女の子が。社会の醜さを知り、それでも今まで耐えて耐えて耐え抜いて、明るい光を知らなかった彼女が。

 進み続けると決めたのに。


 私は、また、フリで誤魔化す??


「旭川おねーちゃん、起きた?」

「……………」

「起きてるん、、だよね?」


 気づいてたんだ。

 さっきのは、そういう意味で。

 私が許可を出したと、勘違いしてしまっているのだ。彼女は。別に私は許可を出したんじゃない。むしろその逆で、のだ。





 本当に、こんな私で良いのか、私。





 世の中に起こるハプニングは、全て被害者にもルール違反があると思っていた。

 彼女と出会う前までは。


 世の中で定められたルールさえ守り続ければ、安定な幸せを得られると思っていた。

 彼女と出会う前までは。



 でも知ってしまった。

 ルールを守っててもハプニングは起こることを。

 知ってしまった。

 安定な幸せなんてクソ喰らえだと言うことを。


 私は学んだ。

 時には、ルールを破ってでも、動かねばならない状況があることを!!!



「わっ!………やっぱり、起きてたんだよね?旭川おねーちゃん」

「………はい。その、すみません。起きてました」


 私はムクリと起き上がった。

 彼女と視線が交差する。


「えと、その、あぅ。アタシ、初めてのキスだったから、そのぉ………上手く、出来てた、、かな?」

「えっ、いや、あの。………上手、だったと思います。その、確かな心地良さは、感じました」

「そ、そう。それなら、よ、良かった」

「は、はい」


「「…………………」」


 き、気まずい。

 何が気まずいって、起きた瞬間に「『この感情の名前(仮定)』」って言おうとしたのに。

 根岸さんに、キスの感想なんて聞かれてしまったから、言うに言えなくなってしまった。


 どうしよう。

 いや、何を黙っているの。私。

 勇気を出せ、私。


「あ、あの!」

「ひゃ、ひゃい!?」


「もう、まどろっこしいのは無しです!単刀直入に言っちゃいます!!私は実は―――!!


「ちょ、ちょっと待って!はアタシから言わせ」


 ―――根岸さんのことが『好き』になってしまっているみたいなんです!!!!」


「うわぁぁぁあああ!アタシもですよぉぉぉ!!!!アタシから言いたかったのに!!」


 い、言ってやりました!

 とうとう、今までの自分に打ち勝ち。

 社会のしがらみと向き合って、私はルールを破ってやった!!


「アタシから、告白したかったのに!!」

「ふふふ、早い者勝ちですよ。」

「くやしいぃ」

「ふふふ。それで、私は正式に根岸さんとお付き合いの申し込みをしたつもりなんですが、お返事を今お聞きしても??」

「えぇ〜?好きって言われただけだけどぉ?」


「付き合ってください。お願いします」

「!?」


 もう、知らないフリは辞めた。

 もう少し、素直に生きようと思う。


「はぁ。アタシの人生で告白になるつもりだったのに。これじゃあ。」

「と、言いますと?」

「………こんなアタシだけど、よろしくお願いします。………旭川、さん」

「っ!!!こちらこそ、これからも、よろしくお願いします」


 根岸さんは、私をおねーちゃんと呼ぶことを辞めた。

 私は、フリをするのを辞めた。


 お互いに今までの距離の置き方を1回捨てて。

 ここからは2人で、ゼロ距離で。どんなハプニングにも立ち向かっていこうと誓う。


「ねぇねぇ、旭川さん。アタシの一世一代の告白のチャンスを奪ったんだから、旭川さんの『はじめて』ちょーだいよ」

「?? 私のはじめては、もう少ないと思いますけど??」

「もう!まだ大事な『はじめて』が残ってるでしょ?まさか、はじめてじゃないなんてこと、許さないよ???」


 そう言って、根岸さんは両足を開いて、下腹部あたりを指でさした。

 ここだよ、ここ♡とアピールするように。



 …………………

 ………………………

 ……………………………

 …………………………………

















 しょしょしょしょ、、、、『処女』ですか!?

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