『間接キス』でいい?

「起きてー、起きてよ旭川おねーさん!」

「んむぅ。………………まだ6時じゃないですかぁ。学校が無い日くらいは遅くまで寝させてくださいぃ」

「そんなぁ!話が違うよ旭川おねーさん!昨日の夜言ってくれたじゃん!!今日は朝からアタシの言うこと何でも聞いてくれるって!!!」

「…………………………覚えてません〜」

「ひどい!じゃあ、は何だったのさ!!」


 ゆっさゆっさと、肩を激しく揺さぶられる。

 昨日、、、昨日の勝負。

 そうだ。

 霞がかる脳内で、昨夜の出来事が回想される。


 ◇ ◇ ◇


 ぶっちゃけると、根岸さんは結局、私と同棲することになった。

 あの夜、彼女にこの提案をして。

 最初は断りを見せてた彼女に、私は幾度も説得をした。このままでは不味い。このまま帰したら、このまま彼女と離れたら。

 彼女はまた、地獄のような日々に戻ることになる。


 しかも、彼女は唯一となった家族から身体を売れと言われたばかりの、私よりも年下の女の子だ。


 まさに死刑宣告にも等しいと思う。

 男性不信になってるに違いない。


 何度も何度も、彼女を説得し。縋って、離すまいと抱き寄せた。

 最終的には、根岸さんが折れてくれて。

 今、こうして同棲生活を始めた。


 昨夜でちょうど根岸さんと同棲してから一週間ぐらいだと思う。


 昨夜、私と根岸さんはある勝負をした。


 みんなは、『愛してるよゲーム』って知ってるかな?

 そう。あの、照れたら負けなゲーム。

 それを少しだけ改良して、私と根岸さんも勝負した。


 ゲームの内容は、昨日の夜ご飯で私が作ったチャーハンをお互いに「あーん」って食べさせていく。愛の込められた一言を添えて。

 そして、一口を相手に食べさせたら、そのまますぐにそのレンゲを使って今度は自分の口にチャーハンを放り込む。


 間接キスを意識して、照れたら負け。


 そんな簡単なゲーム。

 負けたら罰ゲームで、次の日は一日中勝者の言うことを何でも聞く。


 私と彼女は、お互いに次の日のお願いごとを胸に秘めながら勝負をした。

『間接キス』は誰ともしたことが無いけれど、負ける気はなかった。


 先攻:私


 レンゲでチャーハンを掬い、ふーふーと冷ましてから根岸さんのぷるっぷるの唇に押し当てるように「あーん」させる。


「可愛いですよ。根岸さん」


 愛の籠った言葉って、具体的には何を言えばいいのか分からなかった。

 だからか、根岸さんは表情筋をうんともすんとも言わせずに真顔で食べてた。


 次はもっと何か褒めながらにしないと!


 私は彼女が口をつけたレンゲでまたチャーハンを掬い、自分の口に放った。

 先程、根岸さんの口の中に入ったレンゲが、今は私の口の中に……って思ったけど、何とか頬が緩みそうになるのを耐えた。


 後攻:根岸 涼香


「旭川おねーさん、あーん♡ほら、モグモグ♪よく噛んで食べてね♡そしてー、そのままアタシもパクっ!んー、旭川おねーさんの味がするぅ〜!!」


 根岸さんに食べさせてもらったチャーハンを咀嚼しながら、根岸さんの言葉に恥ずかしさを覚える。


「(な、!?私の味って、それ何味なの!?)」


「あれ?今、旭川おねーさん照れて無かったぁ?(ニヤニヤ)」

「!? て、照れてましぇん!」


 少しお行儀が悪いけれど、口の中にものを入れた状態でも、すぐに私は根岸さんの言葉を否定した。


「うっそだー。今絶対に照れてたよ!」

「次はまた私のターンですね!いきますよ!」


 先攻:私


「根岸さん。え、えーっと、その。く、唇が可愛らしいですね………とても」


 どうしてか倒置法になってしまった。


「ねぇ、絶対に照れてるよね?」

「て、照れるもんですか」

「………ふーん。はーむっ、美味しい」


 私は彼女の口からレンゲを離そうとし、


「ちょ!根岸さん!?レンゲが、く、口から取れないんですが!」

「んむぅー?もぐもぐ……、ぷはっ。はい、いいよ。これで食べてね♪旭川おねーさん」


 彼女がまぐまぐとレンゲを甘噛みして、その口からレンゲが離れた時には、既にそのレンゲには根岸さんの唾液がてかっていた。


「〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 こ、こんなの、私の口に入れたら、それもう間接ディープキスじゃん!

 初めてのディープキスまで捧げることになるじゃん!!


「はい!今度こそ照れたね?旭川おねーさん!おねーさんの負けぇ!!」


 私はこのゲームで惨敗したのだった。

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