エピローグ
目を覚ますと、激しい雨の音が聞こえた。
顔中ずぶ濡れで、手足も凍えたように動かない。
だけど――俺は生きていたのか?
「
必死に俺へ声を掛ける近所のおっちゃん達。
すみません!
お世話かけます。
俺は声に出せないまま、おっちゃん達に感謝をするのだが、再び瞼が重くなり……目を閉じるのだった。
◇◇◇
目覚めると白い天井が見えた。
周囲からはカビくさい消毒液の匂いが漂い、手には少しゴワゴワしたシーツの感触。
――ここはどこだろう?
とりあえず天国や地獄ではないらしい。
間仕切りに使われているのだろうか?
厚手の白いカーテンが揺れる。
そこからひょっこりと現れたのは、前髪の異様に長い座敷童子みたいな女の子ではなくて――俺のよく知る人だった。
「
俺は掠れた声で前カノの――
彼女は肩先を震わせながら涙を流した。
「萩生が用水路で足を滑らせて怪我をしたって、おばさんから聞いて……アタシ、心配で……」
「そうか……それでお見舞いに来てくれたのか?わざわざ悪いな……」
「うん……」
夏希は頷くだけで、二人の間に重い沈黙が流れた。
もう壊れてしまった関係の俺達に、これ以上は話すことはなかった。
はずなのに――。
夏希は違ったようで、胸前でぎゅっと手を握り込むと震えた声で話しかけてくる。
「もしかして……あの日、アタシと涼介がホテルから出る所を見たの?」
哀しそうな瞳を向ける夏希。
俺は黙って頷いた。
「ごめんなさい……。萩生、ごめんなさい……アタシ……アタシね……涼介のこと……。だけど、萩生のことも忘れられなくて……」
そうやって泣きじゃくる夏希。
以前の俺だったら、夏希を簡単に許していたのだろうか?
もしかしたら、涼介を好きなままでいいから、そんなに泣いて後悔するくらいなら俺と付き合っていてくれ、と泣いて懇願したのだろうか?
だけど、俺の中には、もう会えないけれどアイツの――市瀬の笑顔が残っていた。
アイツに言ったらどんな顔をするだろう?
きっとあざとい顔をして「初めから、先輩もアタシのこと好きそうだなぁとは思いましたよ」とか言うのだろうか?
案外、照れて真っ赤になってそうだけどな。
俺は不思議と穏やかな気持ちになりながら、目を細めた。
「夏希のことだから、涼介のことを本気で好きになったんだろう?」
「えっ……」
「中学から、ずっと夏希のことは好きだったからわかる」
自分が夏希のことを過去形として語っているのに、思わず苦笑する。
「俺はお人好しではないから、涼介と幸せになれよ、とは言えないけど……まー元気でな」
俺が頭を掻きながら、愛想のカケラもない事を言うと、夏希はぽかーんと憑き物が取れたように泣き止んだ。
おいおーい。
嘘泣きかよ、とは思ったが、それも今となってはどうでもいいことだな、と思う。
俺はそれ以上は言葉を発しないまま、静かに目を閉じた。
折角――生きているのだから、これからは好きに生きよう。
そして、いつか――。
俺は本当にいるかはわからないが、田中Aのようにエロゲの世界の神様に手を合わせて祈ってみる。
また、
俺は――。
◇◇◇
一ヵ月後――。
完全完治した俺に待ち受けていたのは長い夏休みだった。
とりあえず、家にいても暑い。
クーラーの効きが悪すぎる。
それにダラダラとゲーム三昧になるだけなので、折角、ライフ一を貰った身の上の俺は
最初の給料で、心配を掛けた家族や近所のおっちゃん達に美味いモノでも食べて貰う予定だ。
今日は初出勤の日――俺はいそいそと配給された制服へと着替えてフロアへと立つ。
店長から一通りの説明を受けてから「ハンディの打ち方はあの子に習ってね。君と同じ高校らしいし」と俺と同じ高校の女の子を指差した。
「うっす」と俺は店長に返事をしながら、パイセン女子へと声を掛けた「今日からバイトに入った田中っす。よろしくお願いします!」と元気よーく挨拶をする。
パイセン女子は俺の挨拶に振り返ると「へぇ〜こっちでも田中って言うんですね、先輩」とニヨニヨと笑う。
あの時の……。
俺の間の抜けた顔を――君はどう思っただろうか?
「あの時……アタシはすっごく嬉しかったですよ〜。また田中先輩に会えて……」
きっと、エロゲの世界の神様が気を効かせてくれたのだろう。
そして、その笑顔はやっぱり、
あの日見た、星よりも綺麗で――。
『エロゲの世界へ転生したらモブだった件。』完。
◇◇◇
無事、完結出来ました。
沢山の応援、評価、ブックマーク等を頂けたお陰です。
読者様にSSS級の感謝を捧げます。
お読みいただきありがとうございました。
次話ではおまけを用意してみました。
もう少しだけ田中君と市瀬さんとの物語をお楽しみください。
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