Waltz,3「Minute Waltz」
翌朝――田中Bを迎えにくる春山さん。
とりあえず、今までもっそーお世話になりましたとご挨拶するとキョトンとしていた。
田中母にも、そう言うと何とも言えない複雑な顔をされた。
俺氏、どんまい。
そういう訳で、春山さんと楽しく最後の登校をして、俺だけ職員室へと立ち寄った。
暫く、担任と話をして、朝の予鈴ギリギリで教室へと入った。
そして、昼休み、
「藤宮君、少し話す時間はある?」
「あの……えっと、君は確か……」
何とか、クラスメイトの名前を思い出そうと一生懸命な藤宮君。
「そうだ!田中君だ!」
そして、ちゃんと思い出してくれる。
ええ人や……。
「それで、俺に話って?」
「あーそれなんだけど、緑化委員を代わってくれないかな?」
「えっ、それは駄目じゃないかな?クラスで決めた委員だし」
さすがに生真面目や……。
しかし、俺は諦めない。
なぜなら、あの日――三徹明けの日、俺は見たのだ。
最難関ヒロイン山本凛音ルート全攻略後、しかも夏休みの途中に、学校の何もない花壇の前へたまたま誠也きゅんが移動した時にだけ現れる「親友の藤宮三太へ会いに行く」という謎の選択肢を。
最初、俺は寝ぼけているのかと思った。
だけど今は違うのだと分かる。
しかも、一歩ズレただけでも選択肢は消える。
そんな真のデバッカーくらいしか辿りつけないような奇跡のようなルートだ。
まあ、この際、それはちょっと横へ置いといて。
緑化委員会の水遣り当番。
藤宮三太の当番日に、偶然、親友に会いに来た誠也きゅんと春山さんは出会ってしまう。
同じクラスなのに、今まで話したことないよな。
的な。
まるで乙女ゲーのようなイベントフラグ。
まあ、乙女ゲーをやったことないから知らんけど。
そういう訳で、フラグ回収は藤宮君から緑化委員を代わってもらうことだ。
そうすれば――誠也きゅんと深く知り合うイベントは起こらない。
田中はあんな辛い想いをしなくて済む。
俺は――藤宮君に「タンポポっていいよねー」とか「意外とスイートピーが好きなんだ」など、とりあえずもっそー浅い知識で花がどれだけ好きかを語ってみる。
まっすぐな藤宮君には、嘘はバレるので、正攻法しかないのだ。
「そっかー。田中君はそんなに花が好きなんだね。それなら緑化委員を君に代わるよ」
チョロい……。
チョロインよりチョロすぎりゅ。
「あっ……でも……先生方には許可を貰わないといけないよ」
あーそれなら貰っといた。
担任と、あと緑化委員会の担当教員にも。
まー事前の根回しは必須だからな。
「そっかー。じゃあ、大丈夫だね」
ニコニコと屈託なく笑う藤宮君にそこはかとなく胸がキュンとする。
そんなびーえる的な瞬間を最後に召されるのも悪くない。
そして、あとは――。
天井に張り付いた、何とも言えないシュールなエーテル田中を見ながら、俺は田中に合図を送る。
――もう絶対、春山さんを誰にも渡すなよ!!
エーテル田中に、精一杯のエールを送る。
だって、もう何か他人事ではなかった。
――大きなお世話かもしれないが、春山さんと幸せになれよ!!
――だから、あとは……春山さんへの告白、頑張れ!!
「ありがとう、
そして、名前を呼ばれる。
ああ、そんな名前だったよな俺って、と――他人事のように思い出した。
それから俺の体というのも変だが、元の人格から押し出されるように、魂だけがポッカリと浮いたように外へと出る。
元の姿へ戻った田中は――昼休みの騒つく教室の隅っこにいる春山さんへ話しかけた。
それはいつもの、ありふれた光景のようでもあったが、一つだけ違ったことがあった。
それは、彼と彼女が幸せそうに手を繋いで教室を出て行ったこと。
俺まで――こんなモブまで笑顔になる光景だった。
それと同時に、俺のこの世界での役目は終わる。
ごめんな……。
市瀬……お前との約束守れそうにない……。
俺はそう思いながら目を閉じる。
瞼の裏には、昨夜の――星よりも綺麗な市瀬の笑顔だけが映っていた。
◇◇◇
ここまでお読みいただきありがとうございます。
あとはエピローグだけとなりました。
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