Waltz,2「Minute Waltz」
色々と話をしていたら、夕飯の時間になっていて――。
なぜか、ちゃっかり我が家の食卓に居座る人気ナンバーワンヒロインさん。
マジ、君、早く帰りなさい。
なぜなら、俺のカニクリームコロッケの配分が減る、これは死活問題だ。
ほら、4個食えるはずが3個に。
田中父なんか2個になっとるやないか?
でも、小栗鼠のように美味しそうにカニクリームコロッケを頬張る市瀬に「お母さん、実は女の子が欲しかったのよね〜」とご満悦な田中母。
「もっと食べないと大きくなれないぞ」とカニクリームコロッケを市瀬に全て渡している田中父。
おい、田中父、お皿の上がキャベツ畑になって……。
くっ、これが……人気ナンバーワンヒロインの実力か、と俺が初めて市瀬を認めていると目が合った。
「あとで送って行ってくださいね」
口パクで言ってくる所があざとい……。
そう思いながらも、俺は黙って頷いてしまうのだった。
◇◇◇
街灯の明かりが照らす夜道。
俺と市瀬は黙ったまま歩いていた。
さっきまで田中父と田中母とは楽しそうに話していたのに、俺と二人になってからは市瀬は一言も発しない。
だけど、居心地が悪い訳ではなくて、なんかこう擽ったいような甘い雰囲気を……市瀬は醸し出してくるから――俺は思わず頭を掻いた。
女子という生き物は謎だ。
うん、ミステリーすぎりゅ。
俺がそんな事を考えていると、一瞬、市瀬は立ち止まって空を見上げた。
肩先に掛かる栗色の髪が夜風に靡く。
「星、綺麗ですね。でも、きっと……明日は午後から雨が降りますよ」
「天気予報では一日、晴れだったはずだが……」
「でも、雨は降ります」
「いや……でもお天気キャスターが明日は晴れだって……」
「はあ?アタシの予報の方が正確です。だって、サッカーしてた時に怪我した足首が痛むので。だから、傘、忘れないでくださいね。明日も……アタシは先輩と一緒に帰るつもりですし、アタシの傘は小さいので二人だと濡れちゃいますから」
「はぁ?」
なに、その。
サッカー選手特有の天気予報は?
あと、明日も一緒に帰るん?
「何ですか?その嫌そうな顔は……」
俺の両頬をつねるとビヨーンと伸ばす市瀬。
「いひゃいだろ」
「あははは……先輩、すっごい不細工ですよ」
「ひどひぃ」
目にいっぱい涙を浮かべて、爆笑する市瀬。
だけど――いつの間にか、その涙が市瀬の頬を濡らす。
「あれっ……おかしいな……なんで……」
俺の頬から手を離して、次々と溢れてくる涙を手で拭う。
俺は慌ててハンカチを手渡した。
「明日……」
市瀬は、涙ぐみながらある言葉を言い掛けてやめる。
だが俺は、その言葉の続きを何となく想像出来た。
明日、春山さんの寝取られフラグを折ったら、俺は――きっとこの世界から消えてしまう。
この世界での役目を終えるからだ。
田中に体を返して、用水路に落ちて死んだ人間の魂に戻る。
田中もそのつもりだろうし、俺自身も田中と春山さんの幸せを心から願っている。
それに、当初の目標である推しや三月しゃまが寝取られることも、なんだかんだで阻止出来た。
あとは、この世界の主人公である誠也きゅんが、きっとどうにかしてくれるだろう。
だけど、市瀬にはまだ寝取られフラグが残っている。
明日――。
俺は一日だけ田中に時間を貰おう。
それくらいの我儘は許されるはずだ。
しかし、俺は市瀬ルートは未プレイで、
だったら、これしかないか……。
俺は咄嗟にとある作戦を思いついた。
コイツと関わってしまった以上、市瀬にも誠也きゅんとハッピーエンドを迎えて欲しい。
目指せエロゲの王道ハーレムルートだ。
だけど、その前に――。
「明日は……」
自分でも酷く掠れた声だった。
「先輩……?」
俺を見上げて見つめてくる市瀬の瞳が――なぜか今夜の星よりも綺麗に見えた。
「傘、持って行くから、一緒に帰ろう」
俺の精一杯の嘘だった。
だけど君は――。
市瀬柚乃はただ、嬉しそうに笑った。
◇◇◇
次話で本編はラストになります。
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