Opus,10





 ――■■君、小梅ちゃんが戻ってくる。その子から離れて。





 俺は田中の慌てた声に反応して、市瀬の肩を掴んで体を引き離した。

 




 それがいけなかったのか――。


 


「そんな全力で拒否らなくてもいいじゃないですか……」

 

 

 ――涙目なる市瀬。



 いつも太々しいくせに、急に市瀬からしおらしい態度を取られて、俺はアタフタしてしまう。


 さっきの告白といい、俺のことを好きだとか――本当だと思ってしまうだろう。


 だが、今は市瀬のことを考えている場合ではない。

 俺はベッドから床へダイブして、コロコロと転がりながら、いつもの定位置へと座る。


 ちょうど、その時だった。

 春山さんが部屋へ入って来たのは。

 

「ごめんね。ペンケースを忘れちゃって……」


 おっ、これっすか?

 どーぞ、どーぞ。


 俺は紳士的な微笑みを作り、ささっとペンケースを手渡した。


「うん。ありがとう、田中君。じゃあ、また明日ね」


 両頬を染めて、はにかみながら小さく手を振る春山さん。


 ねーねー。

 ペンケース渡しただけやけども。

 あなた、最近、田中ラブを隠さなくなってきてません?

 

 でもまー、春山さんは急いでいたのか、すぐに部屋を出て行った。

 市瀬に気づかずに。


 ほっ、よかった……。

 市瀬の甘い雰囲気に流されてセックピーしていなくて本当によかった。


 

 しかし、不意に……。

 あの日の夢を思い出してしまう。




 ――誠也きゅんに抱かれているのに、全然嬉しそうじゃない春山さん。




 あの日、田中にとっては、相当ショッキングな光景だったはずだ。


 だけど、田中はそんな最悪な瞬間に自分の「心」に気づいた。

 そして、春山さんの「心」にも。

 

 




 やっと、わかったよ。

 僕は小梅ちゃんが好きだ。


 




 ああ、辛い。

 なんか自分とリンクして辛すぎる。


 俺も――どうせ死ぬのなら、前カノに言えばよかった。

 



 涼介と浮気していたことを知っている。

 だけど、君が好きだ。

 俺とやり直してくれないか?




 たった、それだけでよかった。


 その結果、フラれたとしても、二人から馬鹿にされたとしても、きちんと心の内を声に出して言えばよかった。


 俺はグジグジと何も言わずに、自分で自分の心を傷つけた。


 俺は馬鹿だ。

 大切な人のために自分を変えようとした田中じゃない。



 はぁ……。



 だからこそ、春山さんの恋い焦がれる純粋な瞳を向けられるのは俺の役目じゃない。

 俺はいつか田中にこの体を返す方法を探そう。

 そして、田中と春山さんには幸せになって貰いたい。

 

 だが、その前にやるべきことがある。

 



 ――なぜ、俺がこの世界に呼ばれたのか解った気がする。



 ――俺と田中の悲しい状況がリンクしていたのもあるだろうけど。



 ――それだけじゃなく、俺は知っている、隠しルートである春山さんと誠也きゅんの出会いを。



 ――そうだ、三徹明けの朝、偶然辿り着いたルート。



 ――プレイしている時は、なんだこれ?としか思わなくて、すぐに推しルートへ戻った。



 ――だけど、あれがフラグだったんだ。



 ――鍵は主人公の親友である藤宮三太。



 ――田中っ!!俺は潰すぞ、そのルート。NTRなんか絶対ダメだ。俺は田中の為に春山さんと鳴神誠也ごめんね誠也きゅんの出会いフラグを永遠に叩き折ってやろうじゃないか。



 と、こんな風に俺はこの世界に来て初めて、ゲーム内知識を駆使して異世界転生者あるあーるの大活躍をしようとしていた矢先だった。




「ねぇ、先輩?どうして……田中先輩が二人いるんですか?」




 市瀬の戸惑った声が聞こえて振り返ると、ベッドの上に礼儀正しく正座をして、ホワイトブルーに発光したエーテル体ヨロシクの田中と目が合ったのだった。



 

 ◇◇◇



 エーテル田中との邂逅。

 ど、どうなる転生田中君。


 いつもお読みいただきありがとうございます。

 皆様のおかげで執筆出来ています。


 

 

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