Opus,7
「田中先輩のくせに、ちょっとカッコいいじゃないですか……」
――数分間、状況を観察していた市瀬なりに俺の行動を推察したのか、ボソボソとした小声だったが、どうやら俺の行動を褒めてくれたらしい。
市瀬は耳先まで真っ赤になっているが、そんなに強く口元を押さえただろうか?
「酸欠か?」
と、尋ねただけなのに。
バシンッ!!
と、思いっきり肩を殴られた。
メーデー、メーデー、メーデー。
警官の方、こっちにも暴力を振るう女子がいます。
「はぁ?」
いつものキュルンとした大きな瞳が細まる。
ねーねー。
なんか、さっきからキャラブレしてません?
まー。
実際の市瀬柚乃ルートがどんなルートだったのかは、俺は未プレイなので知らないが、本当にコイツがユーザー人気ナンバーワンヒロインなのかは疑わしくなってきた。
その時だった――。
「私がこの女を恐喝した証拠はあるの?ないでしょ?」
小さな公園中に響く、ヤリチン君の自称彼女さんのヒステリックな声。
男達も「掴み掛かってねぇし、制服に付いたゴミを取ってやろうとしてただけだしよー」と警官の方が優しそうな方なのをいい事に、ニヤニヤしながらシラを切る。
くそっ、コイツら悪い意味で場馴れしてやがる。
状況証拠が曖昧だとシラを切り通す気だ。
今回は前回の時のように、人的証拠、物的証拠を示した俺がいない。
はぁ……。
どうする?
やっぱり俺が出るしかないのか……。
スマホを持って立ち上がろうとすると、俺の手に市瀬の掌が優しく触れる。
「貸してください」
「ん?」
「スマホですよー。そのアプリにあの人達の会話が録音されているんですよね?」
「…………」
「状況はよく分からないですけど、これ以上、田中先輩は揉め事に関わりたくないんですよね?ずっと身を潜めてましたし。それとも……三月先輩と何かあるんですか?」
す、鋭い……。
俺は背中にドバドバと冷や汗が流れていくのを感じながら、市瀬にスマホを手渡した。
「すまん……ありがとな」
市瀬は俺のスマホを手に取ると「素直、素直」と優しく微笑んだ。
さっきまで、俺を睨み付けていたのに不思議なヤツだ。
「ラッキーアイテム……」
「ん?それがどうかしたか?」
「効果有りましたね」
それだけ言うと、市瀬は小さく手を振って警官の元へと歩いて行った。
俺は制服のポケットからタコのキーホルダーを取り出しながら、ただ――面倒くさい役を買って出てくれた市瀬に感謝するのだった。
◇◇◇
後日――例の事件は色々な所へ波紋を広げていく。
まずは、犀川龍介が捕まった。
あの柄の悪い三人組の余罪から立件された事件の主犯の一人だったらしい。
どうやらお薬系の悪いことをしていたようだ。
女の子達にお薬を飲ませてはセック
怖っ。
鬼畜すぎりゅ。
うーん。
フツーにイケメンなのだから、女の子が寄ってくるだろうに。
更なる刺激を求めたのだろうか?
モブの俺には理解出来ない所業だ。
そして、学校側もその事実を重く受け止めて、ヤリチン君へ退学処分を下した。
しかし、これで三月しゃまのヤリチン君による寝取られルートを回避出来た。
まさに棚から牡丹餅、瓢箪から駒だ。
と、ここまではよかったのだが……。
「田中先輩、コーラあります?無かったら買って来て貰っていいですか?」
最近、俺の部屋に入り浸る市瀬柚乃。
「多分無かったと思うよ。私が買ってくるよ」
「もう春山先輩はここにいて、アタシに勉強を教えてください。ほら、その間に優しい優しい田中先輩が買って来てくれますから、ねっ」
タコのキーホルダーを見せびらかせながら、俺に圧を掛けてくる市瀬。
ぐぬぬ……。
そう――あの事件以降「本当は三月先輩を助けたのは田中先輩ですよーって、バラしてもいいんですかぁ?」とこの女は俺を脅してくるようになったのだ。
俺が渋々立ち上がって、コンビニへ向かおうとすると、
「やっぱりアイスにしよっかなー。春山先輩は何にします?」
「ピ◯かなー」
「えーハーゲンダッ◯にしましょうよー」
「ええっ、それはダメだよ。田中君財政難中だよ……」
春山さん……財政難って……。
でも、やっぱりええ子や……。
こうして、財政難中の俺は高いアイスを買わされる前に、そそくさとコーラを買いにコンビニへと向かったのだった。
◇◇◇
この展開、推理されていた方がいましたけどさすがです。
沢山の評価や応援、コメントをありがとうございます。
深く感謝を申し上げます。
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