Opus,6

 午前八時――。

 

「あれぇ?田中先輩?今朝は自転車なんですかぁ?」


 通学路途中のコンビニの前で、俺に小さく手を振る極甘フェイスの美少女。


 よし!ここで市瀬に会う。

 で、ここから俺は全力ダッシュ。

 体感時間十分。

 せいぜい1kmから1.5km圏内の小さな公園。

 交番が近くにあって、見えた太陽の位置から、やっぱりココだよな?


 昨晩、地図に丸印を付けた公園と一致する。

 住所もバッチリだ。



 はぁ……。


 

 あの日はボカスカ殴られて意識が朦朧としていたからな。

 こんな旧文化的方法で探すしかなかったよねー。


 まあ、場所の見当も付いたし、あとはケンカが始まる前に通報しよう。


 三月しゃまを助けるのが最優先事項として、とりあえず「NTR絶対ダメ」のヤリチン君対策とは分けて考えてみました。


 コツコツ作戦、まーまー順調じゃね?

 オホホホ〜。


「さぁて、そろそろ向かいますかー」


 俺が颯爽とママチャリに跨がって田中母から借りたよねー、事件現場へ急行しようとすると、


「はぁ?なにアタシを無視してどっか行こうとしてるんですか?それに学校と反対方向ですよね?田中先輩、そんな人畜無害そうな顔をしているのに、堂々とサボりですか?」


 本来なら小走りでキュルンと駆け寄ってくるはずの市瀬が、アスリート顔負けのスプリントで俺に近づいてくる。


 怖ぇーよ。


 俺は全力でママチャリを漕いだよねー。



 

 そして、三分後。




 前日にシミュレートしていた所為か、迷わずに事件現場へ到着した。


 市瀬の姿は見えない。


 ほっ、無事撒けたようだ。

 

 自転車を少し離れた場所へ置いて、俺は以前の物陰に身を潜める。


 すると、ちょうどヤリチン君の自称彼女さんと三月しゃまが公園に入ってきた。


 よし!

 スマホ準備。

 そして、前日にダウンロードしていた集音器アプリを起動させる。

 本来、難聴の方用に開発されたアプリだが、実は遠くの話声まで拾える。

 そして、何と録音機能まで付いているのだ。

 

 今回、通報のみに電話機能は使う。

 俺はあくまで通りすがりの人物。

 偶然、ケンカを発見して通報したことにしなければならない。


 三月しゃまに俺の存在がバレてはいけないのだ。


 しかし、その場合、前回のような会話記録を警察の方は残せない。

 だから、万が一に備えて録音しておく。

 ヤリチン君の自称彼女さん達が言い逃れ出来ないように。

 

 その場合、俺が出て行かないといけなくなるが……。

 まあ、その時はその時だ。

 

 俺はグッと奥歯を噛み締めて、公園内の状況を見守っていると、肩口からふんわりと甘いオレンジのような香りがして振り返る。


「ハァハァ……やっと追いつきましたぁ。疲れたぁ」


 至近距離で俺を見つめてくる極甘フェイス。


「おいおい……」

「何ですか?」

「自転車、全力で漕いだんだが……」

「それって……アタシを撒こうとしてたんですかぁ?田中先輩、酷いですぅ」


 俺の頬を指先で雑に突いてくる。

 ちょっと、ウザい……。


 しかし、こんなキュルンとした女子が、こんなに早く自転車に追いつけるだろうか?

 俺の頭にハテナマークが浮かび始めた頃、市瀬は制服のプリーツスカートを皺にならないようにしながら、俺の隣へしゃがみ込んだ。


「まぁ、昔、サッカーやってたんで……」


 俺のハテナマークに答えるようにボソッと呟いた一言は、いつもの甘ったるい声ではなくて、どこか寂しそうな声だった。


「それでぇ、何をやってるんですかぁ?」


 しかし、モノの数秒で甘ったるい声に戻る市瀬。

 俺はその問いにハッとして公園に目を向ける。

 

 うわー、ガラの悪い男共が出て来てるじゃねーか!!


「あれって……三年の三月先輩じゃないですか?えっ、どういう状況ですか?田中先輩、教えてくださいよぉ。」


 あー。

 今はお前の相手をしている場合じゃない。

 

 仕方ない……。


 俺は市瀬の背中から腕を回す形で、口を手で塞いだ。


 市瀬はまだモゴモゴと話していたが、とりあえず警察へ通報する。


「東◯町二丁目五ー五付近の公園で、赤い髪の女子高生が男性三人と女性一人から恐喝、暴行を受けています。制服から――」


 俺は通りすがりの人物を装うために出来るだけ、慌てた声を出すように心掛けた。

 だけど、はっきりと住所と人物の特徴と状況を伝える。

 

 昨晩、部屋で練習している時に田中母から「学校で演劇でもするの?アンタ、通行人役かしら?上手いじゃない」とお墨付きを貰っている名演技だ。


 だから、大丈夫なはず。


 俺は通話終了のボタンをタップしながら、様子を見守っていると――今度も一分くらいで到着する優秀な日本警察の方々。


 あざます。

 お疲れさまです。


 三月先輩も掴み掛かられただけで殴られてはいない。

 

 よかった……。


 俺は強張っていた全身を弛めて、ホッと息を吐いた。


 そして、気づいたよねー。


「…………」


 真っ赤な顔をして睨み付けてくる市瀬の存在に。


「あっ……忘れてた」


 そして、俺は慌てて市瀬の口元から手を離すのだった。



 ◇◇◇



 沢山の評価や応援、コメントをありがとうございます。

 深く感謝を申し上げます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る