Opus,6

 放課後――。


 廊下ですれ違う人々が俺と山本さんを避けて行く。

 いやはや、完全なモーゼモード。

 

 ごきげんよう皆様、さようなら皆様。


 オホホホ、と歩く俺に、実際は余裕なんて微塵もない。


 全校生徒が憧れる山本さんの彼氏(役)。

 山本さんからのお願いとはいえ、重圧が半端ない。

 

 しかも、組まれた腕がすでに筋肉痛を引き起こしている。


 はあ……。

 しかし前世で、前カノと手を繋いだことはあったが腕を組んだことはなかった。

 なに、この天国。

 しかも、相手は推し。

 異次元の甘い香りがする。

 喩えようもない良い香り。


 俺は脳をクラクラさせながら――昼休みの屋上での出来事を思い出していた。


 ――実はあの告白には続きがあった。


『あの付き合うと言っても……フリだけでいいのよ。人助けだと思ってお願い出来ないかしら?』


 ああ、そうゆーやーつですか。

 両頬を桜色に染めるのは、ただ慣れない告白に照れていただけですか。


 俺はガックリ肩を落としながらも、日頃から身の程を弁えていたので、即立ち直り、何か事情があるのかと山本さんに尋ねてみた。


『何か困り事があるんですか?内容次第ですけど、俺で良ければお手伝いしますよ』


 俺はなるべく早口にキモくならないように、ゆっくりとした口調で言うと、綺麗な瞳を見開く山本さん。


 んん?

 俺は何か変なことを言っただろうか?


『ありがとう』


 急に破顔する推し。

 その笑顔の破壊力に吐血しそうになり、屋上のフェンスに身を寄せるヲタ


 ヨヨヨ。


『ゴホッゴホッ!!と、とりあえず話して貰えますか?』

『え、ええ、そのつもりよ。だけど、その前に田中君大丈夫なの?』

『大丈夫っす。俺のことはどうぞお構いなく……』

『わ、わかったわ。あの……実はね……』


 それから――山本さんは俺に困り事の内容を教えてくれた。

 どうやら、春頃から誰かに見られているような気がするらしい。

 最初は気のせいかと思っていたのだが、最近は持ち物が無くなるような出来事も増えて来たそうだ。

 直近では、部活の時に使用したタオルが無くなっていたらしい。


 怖っ!!


 俺は美人は大変だな、と思いながら黙って聞いていると、山本さんが悲しそうな表情で『私に彼氏が出来たと知ったら諦めてくれるかもしれないから……』と呟いた。


 おや?

 これは犯人に見当が付いているのか?

 そして、穏便に済ませたいということは知人、または友人からストーキングされているのか?


 そこまで考えて――俺はある人物を思い出した。

 今までリアル推しの可愛さに全ての思考回路がショートしていたが、そういえばこの世界はエロゲの世界だったわ。

 

 うん、俺もそのストーカー知ってる。

 マジ、ヤバいやーつ。

 

 そう――山本凛音ルートを攻略するにあたって避けては通れない厄介さん。

 誠也きゅんから山本さんを寝取りバッドエンドに導く竿役ジョーカー戸塚トツカ武蔵ムサシパイセンっすね。


 南無……。

 

 




 

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