第49話 にゃんにゃん居酒屋だ!

 マホです。

 なぜだか、いきなりジガ君に懐かれました。


「ポチなんかした?」

「なんにもしてないワン。その人は新しい仲間?」

「そうだよ。みんなも仲良くね」

「はーい。よろしくだワン~!」


 本気で言ってんのかなんだかわからないけど、いきなり自分の立場を自覚した……のかな。なんだかよくわからないけど、いきなり嘘を言い出したわけでもないだろう。奴隷契約の時に、嘘をつくことが出来ないみたいな条項が入ってたような気がするし。


「ジガ君、この子たちは魔物には見えないの? 見た目はほとんど魔物みたいだと思うけど」

「まさか! 人間にはどう見えるのか知りませんが、我々があのお方たちと魔物とを見間違うことなどありえません」

「そうなんだ。フィオナはけっこう魔物と勘違いしてなかったっけ」

「だって見た目が完全に魔物だもん。魔力も動物のとは違うしさ」


 今ではフィオナも猫吸いするくらいには彼らに慣れているが、初対面時はビビってたもんな。



 とにかく顔合わせも終わったということで、ジガ君にもホームセンターのことや、私とフィオナとの関係、これからやることなんかを一通り説明した。

 実際に最下層の魔物を倒した話をした後は、完全に「心酔してます」みたいな目で見られるようになってしまい、ちょっと困った。ポチ並にしっぽも振ってるし。


 メリージェンにいるジガ君の元パーティーも、彼が説得して呼んでくれることになった。

 かなり有名なパーティーだという話だが、ポチたちを見せれば一発でわからせられる……とのこと。

 獣人コミュニティよくわからない。


 ◇◆◆◆◇


 ちょうど時間的にも夕方から夜に掛けての時間。

 だいたいいつもこの時間には、探索を終えて酒場にいるとのことだったので、セーレに頼んで私たちは再びメリージェンへと飛んだ。


「それで、ジガ君の元パーティーは何人いるの? どういう構成?」

「誰も抜けていなければ11名です。あと、俺のことは呼び捨てでお願いします」

「考えとく。で、構成は?」

「2名のみ斥候。残りはすべて戦士です」

「え、ええええ? 魔法使いも僧侶もなし?」


 フィオナがけっこう大袈裟に驚く。

 曰く、ダンジョンでは魔法のほうが効く魔物も多いし、なにより傷に関して魔法による癒しがあるのとないのとでは継戦能力が段違いなのだそうだ。

 一応、ポーションとかいう魔法の薬があるらしいが、かなり高価で、そんなものを日常的に使っていたら全然稼げないのだそう。


「脳筋パーティーというわけだね。それでも斥候は必要なんだ?」

「迷宮探索には斥候が絶対に必要です。斥候を連れていないパーティーは、必ずどこかで全滅します」

「そこまでなんだ。フィオナが潜ってた時はどういう構成だったの?」

「あ、あ~。実は私のときは斥候連れてなくて、私以外は、戦士、魔法使い、僧侶って感じで……」


 ドラクエじゃん。まあ、だから転移罠にも引っかかったというわけか……。

 個人的には僧侶の魔法も見てみたかったが、仕方がない。

 まあ、そのうち見る機会もあるだろう。



 ジガ君の元パーティーの行きつけの店は、裏通りをけっこう奥まで入ったところにあった。


「隠れ家的な店だね」 

「獣人を嫌う者も多いので。トラブルを避ける為に、獣人は獣人用の店を利用します」

「あ、そういうのあるのね」


 差別は少ないけど、なくはないということか。

 人口比率的にも獣人のほうが少ないようだし、どうしてもマイノリティ側になってしまうということか。


「それに……獣人同士のほうが気楽です」

「なるほど」


 店の中はちょっと獣っぽい匂いというか、なんだろこれ、草とかナッツ系の匂いがした。

 すでに夕暮れ時をすぎて日も沈んでいるが、店内は明かりの魔導具でそこそこ明るく、なによりたくさんの獣人が酒や料理を楽しんでいた。

 店自体はあまり広くないが、けっこう儲かっていそうだ。

 私たちに気付いた客たちが、「なんで人間が⁉」みたいな目でこちらを見る。

 その後で、その視線がジガ君へと向かう。


「ジガ! ジガじゃないか!」

「えっえっえっ? ジガさん? あーーーー! ホントだ! ジガさん!」

「ジガだぞ! ジガが生きて戻ってきた!」

「もう自分を買い戻したのか⁉ さすがジガだ!」


 やんややんやと人が集まってきて揉みくちゃにされている。

 うんうん。みんなケモケモしていて可愛いね。



 ジガ君が私たちが連れだと説明してくれて、とりあえず席に着くことになった。

 説明はジガ君に任せて私とフィオナはせっかくだから、そのままなんか食べることにした。

 地味にこういうファンタジー感ありありな店は初なので感動だ。写真撮っちゃお。

 ちなみにセーレは目立つので今回も帰しました。完全にアッシーとして使っているが、まあセーレ自身も転移術に誇りを持っているみたいだし、まんざらでもなさそうなので問題ない。


「店員さん猫の獣人なんだね。フィオナ、こういう店来たことある?」

「ない……。というか、こういう獣人だけのお店があるって知らなかったな」

「いうてフィオナは御貴族様だから、視界に入ってなかったんじゃないの?」

「どうかな……。そうかも。獣人の探索者がたくさんいるの知ってたし、見たこともあったけど、私は全員人間としか組んでなかったし」


 フワッとした分断があるのかな。

 それか、人間サイドはそこまで気にしてないけど、普通に全然差別しちゃってるパターンとか?


「にゃにゃにゃ~。ご注文はどうしますかにゃん? 人間のお客様は初めてですけど、ジガ君の連れてきた人なら、私たちにとっても大事なお客様だにゃん」

「うきゃぁあ! 可愛い! にゃんこウェイトレス!」

「にゃ⁉ にゃにゃにゃ⁉」

「驚き顔もキャワタン!」

「マホ……」


 フィオナには呆れ顔されてるけど、こっちの世界じゃ異常性癖扱いか⁉

 でも、だって、可愛いもん。これ、仕方ないんじゃない? ガチの猫耳少女がにゃんにゃん言いながら給仕してくれるんだよ⁉ あと目と口も鼻も微妙に猫っぽくて可愛い。

 にゃんこウェイトレスも「にゃにゃにゃ⁉」と驚いているし、ちょっと異世界人ムーブ過ぎたかもしれない。

 いや、これはどっちかというと人権問題か? 動物扱いは許されざるとかそういうのあるかも。


「ウェイトレスさん、この店のおすすめは?」

「今日のおすすめはサモポのカルパッチョにゃん。あとはうちの名物料理のメガエビの香草焼きも食べてみてほしいにゃん」

「おっけーおっけー。全部美味しそうじゃない。それ両方二人前ね」

「お飲み物はお酒で良かったかにゃぁ」

「お酒かぁ……。まあ試してみるか。持ってきて」


 食べ物はちゃんとメニューというか種類がちゃんとあるっぽいけど、お酒はただ「お酒」なのが面白い。昔の日本だと、酒といえば日本酒オンリーなんて時代もあったみたいだけど、ここもその流れなのかもしれない。

 まあ、周りの人たちが飲んでるのがみんな麦酒っぽいから、この世界――というか、このあたりで酒というとビールのことを指すのが一般的なのだろう。


 フィオナの家で歓待を受けた時はワインが出たけど、ワインはかなり高価という話だったから、庶民がどうこうできるものではないはずだし。


「ね、ねぇマホ。さっき、サモポとメガエビって言ってた?」

「言ってたね」

「マホはそれがどういうものなのか知ってる? 食べられそう?」

「知らないし、来てみないとわからないかな。まあ私はたいていのものは食べられるから大丈夫でしょ。それで、サモポとメガエビってなんなの? メガエビはエビのでかいやつかと名前から想像してたけど」

「メガエビはエビで間違いないよ。海で取れるエビでね。強そうな見た目だから探索者でも、縁起をかついで食べる人が多いの」


 わりとそのまんまで良かった。

 エビがたくさん取れるってのは日本人的にもありがたいね。伊勢海老でもロブスターでも、どっちにしろ嬉しい。うちでも大量に運んでもらいたいね。料理チートが火を吹くぜ!


「サモポは北部のほうで取れる大きな魚でね。これも鋭い牙が特徴で……あ、ちょうどほらあれ」


 フィオナが指差す先。カウンターの向こうで猫耳コックが大きな魚を捌いているところだった。

 ほうほう……ってあれ、鮭じゃない? つまりサモポはサーモン系の魚ってことか。


「…………でもさ、調理方法がほら……やっぱそうだよ。マホ食べられるかなぁ、あれね、なんと焼かずに生で食べる料理なんだよ! 獣人はサモポを生で食べるって噂でも聞いてたけど……!」

「そりゃそうでしょ。カルパッチョって言ってたじゃん」

「そうそう……ってアレ? 驚かないの? 生だよ? 魚を生で食べるんだよ?」

「んまぁ、寄生虫はちょっと怖いけどねぇ……」


 なるほど、この世界でも生魚はあまり食べないってことなのか。確かに、これまでこの世界で食べたものでも生魚はなかった。なんなら生肉もなかった。

 私は一般的な日本人なので、生の魚も肉も大好物である。


 余談だが、うちは父親が変わり者だったので、店での提供が禁止されている生レバーやユッケを食べる機会がかなりあった。懇意にしている肉屋から新鮮なそれをもらってきて、父親が調理するのだ。私はそれがものすごく好きで食べまくっていたが、中学のときの自己紹介で、好きな食べ物を生レバーと言って先生にまでツッコまれたのは良い思い出だ。


「お待たせいたしました~! お酒とサモポのカルパッチョ二人前!」

「おほ~。美味しそう!」

「ま、マホ……。え、えええ、ほんとに全然平気……ってこと?」


 フィオナは生魚に関してはちょいと……いや、かなり苦手意識があるらしい。

 まあ、食べたことがないってのは、そういうことかもしれない。

 見た目はそのまんま鮮やかなピンク色したサーモンカルパッチョである。この世界は異世界と言えども、魔法やらダンジョンやら実在するらしい神のことを除けば、かなり地球と似通った世界。特に生き物関係はかなり近い。まあ、厳密には見た目が近いだけなのかもだが、私がこの世界で違和感なく過ごせている時点で、それはほとんど「同じもの」と考えてもいいような気がしている。

 つまりこの魚は99%サーモンである。たぶん。


「いただきまーす。ふぅむ。柑橘系のソースが肉厚なサーモンの油と絡み合って……おいしい!」

「にゃにゃー! よかったですにゃん。生の魚は人間は好まないって聞いてたから」

「めちゃ好むよ。味付けもいい感じね。うちで店ださない?」

「にゃにゃにゃ⁉」


 この味なら、こんな路地裏でやんなくても、大通りの一角をあげちゃうよ。

 どのみち、店は足りないのだし、獣人が肩身の狭い暮らしをしてるってんなら、どんどんうちに勧誘してしまえばいい。今なら、先行者利益取り放題だしね。


「お酒も飲んじゃう! ふむふむ。けっこう濃い目の味だね。これも少し柑橘系のフレーバーが入ってるな」


 余談だが、うちは父親が変わり者だったので、お酒もちょいちょい飲まされていた。

 完全に法律違反なのだが、父曰く「酒のことを知らないで失敗するほうがよほど怖い。特に女は」ということで、今まで本当に少しずつだがいろんなお酒を飲まされてきた。

 ビール、ワイン、ウイスキー、日本酒、焼酎、リキュール類……。

 その結果だが、父曰く「喜べ、お前はめちゃくちゃ酒に強い部類だ。俺に似たな」とのことだ。

 それで、両親そろって私のその性質を喜んでくれたのが、もうずいぶん昔のことのように感じる。なんでも社会に出て「酒に強い」という性質は、かなり強力な武器になるとかなんとか……まあ、今となってはその社会に出るという未来はやってきそうにないわけだけど。

 ……まあ、とりあえずその経験は今、役にたっているかもしれない。


「で、フィオナ、食べるの? 食べないの?」


 私がビールをおかわりしている間にも、フィオナはフォークに突き刺したサモポを食べるか食べまいか逡巡して固まっていた。レベル16に到達した魔法剣士様でも生魚は難敵らしい。


「う……。まさか、本当にマホが全然平気だとは……。この裏切り者……」

「まあ、食べないなら私が全部食べちゃうもんね。あー、こんなに美味しいのに、味がわかんなくてかわいそー。パクパクゴクゴク。ワンモア!」

「マホって、見た目ちっこいのに、めちゃよく食べるよね。お酒も……強くない?」

「これが取り柄ですから」


 結局フィオナは生魚を食べられず、私が全部食べた。

 ま、生魚デビューはまたの機会に持ち越しだね。ホームセンターには刺し身包丁も醤油もあるから、刺し身でも拵えてやろう。

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