第48話 ジガ・ディン視点の話

 俺の名前はジガ・ディン。

 誇り高き銀狼族の戦士だ。


 迷宮完全踏破を掲げて幼馴染たちと集落を飛び出した俺が、まさか奴隷にまで落ちるとは。


 だが、自らを買い戻すことはできる。

 脆弱な人間に飼われることになるのは業腹だが……。


「それじゃ、ジガ君には私たちの秘中の秘を見せるから。もう後戻りできないからね~」


 俺を買ったのは、マホという少女……。人間の雌はみな弱々しいのが常だが、彼女はそれを差し引いてもずいぶんと幼く……それこそ子どもだ。

 だが、彼女の雇い主らしいダーマ領主の娘フィオナ殿は、なんと位階16の魔法戦士だという。

 彼女とマホとの関係はよくわからない。そのうち説明してくれるらしいが……。


「じゃあ、手を繋いで~」


 マホが手を繋いでいる相手が「転移魔法」でどこかへ送ってくれるらしい。


 そう。この転移魔法を操るセーレと名乗る男は本当に得体が知れない。

 俺も長く迷宮探索者を続けていたから、自分自身に才能がなくとも、どのような魔法が存在するかくらいは知っているが――断じて、こんな魔法はない。

 ダンジョンの外へ移動する脱出魔法は存在するが、この男が使うソレはそんなレベルのものではないからだ。


 ――魔物ではないのか?

 あれは人間ではない。見た目は人間を偽装しているが、魔力が人間の色をしていない。


 深層へ行くほど魔物の魔力は薄い桃色から濃い赤へと変化していく。

 だが、この男の魔力の色は――黒。


 異常だ。こんな人間がいるはずがない。


 実際に、セーレを見られるだけで、総毛立つ。全身が警鐘を鳴らし続ける。

 この男には勝てない。もし戦ったら1秒後には全身をバラバラにされるだろう。


 これは予感ではなく、確信だ。


 では、こんな男を手懐けているマホは一体何者なのか。

 わからない。

 彼女が言う、秘中の秘を知れば、それがわかるのだろうか。


 転移は一瞬。

 瞬く間に、まったく別の場所へと移動したと認識した直後、重い魔力圧が身を包んだ。


 ――迷宮。それも、かなり深い階層だ。これほどの魔力圧は、メリージェンの16層でも感じなかったものだ。……いや、あんなものと比較するのもバカバカしい。

 息をするのすら困難なほどの深域にいる。



 広い空間だ。

 天井も高く、迷宮の内部としては破格の広さと言えるだろう。


 そこに場違いな巨大な建物がある。光を発してそこにある。

 マホもフィオナ殿も、あの得体のしれない男――セーレも私の反応をうかがうような視線を送ってくる。


「こ……ここは……?」

「どこでしょう? わかる?」

「迷宮……だろう。それもかなり深い階層のはずだ」

「ご名答! ようこそ、メルクォディア大迷宮最下層へ!」


 最初、マホがなんと言ったのか理解できなかった。

 最下層……? そう言ったのか?


「おおー、固まってる固まってる。いいリアクションいただきましたね」

「マホォ。性格悪いんじゃない?」

『そこがレディ・マホの魅力だ』

「お、セーレはわかってるね。これはユーモアだよユーモア。場を和まそうというサービス精神と言い換えてもいいね……」

「ジガ君、全然和めてないけどね」


 最下層……確かにそう言っていた。だが、最下層だと……?

 メルクォディアは発見当初から、メリージェンやメイザーズよりも大型のダンジョンだと話題だったはずだ。王国でも最大のものだと。

 メリージェンの公式記録は地下28層。メイザーズでも35層だったはず。

 どちらも最下層にはまだ誰も至っていない。それだけ迷宮探索は過酷なのだ。


「つまり……ここは最低でも地下35階より下……ということなのか?」


 俺が声を絞り出すと、フィオナ殿がなんとも言えない表情をした。

 マホはニコニコと嬉しそうに笑っている。


「答えは、ドルドルドルドルドルドルドルドル、ドン! 101階層でした~!」

「はぁ? 101? ふざけているのか?」


 メリージェンやメイザーズの最下層の推定は40階程度だと言われている。


 もし本当にここがメルクォディアの迷宮の最下層なのだとしても、地下101階とは悪い冗談だ。

 こちらは何年も命掛けで迷宮探索をして、それでも20層に至ることすらできなかったのだ。


 何人もの友人が死んだ。獣人でも区別せず接してくれた者もいた。将来を夢見た者がいた。俺よりも年若い者もいた。失意のまま田舎に戻った者もいた。


 それを、こんな……魔物と戦ったこともなさそうな幼子が101階層とは冗句としても許せん。


「契約魔法で行動が制限されていなかったなら、俺は……お前をぶちのめしていただろう。それくらいその冗談は笑えん」

「んん? マジ? フィオナァ、私ミスったっぽい?」

「だーかーら言ったじゃん。普通は怒るか呆れるか笑うかだって。真面目に探索やってる人からしたら、一瞬で101階層まで連れて来られて『最下層でーす』なんて言われてもなんにも嬉しくないんだって! マホはもうちょっと常識を学んだほうがいいと思うな」

「だって、実際101階層なんだからしょうがないじゃん? 経営側になってもらうんだから、汚い裏側も知っておいて貰う必要あるし」

「ん、まぁ、それもそうなんだけどさ……。こう、配慮がないんだよ、配慮が」

「へいへい、どうせ私はガサツですよ~だ」


 正直頭に来ているが、フィオナ殿とマホとの会話からすると、冗談で言っているわけではない……らしい。

 では、本当だというのか? あの男の転移魔法は実際、どんな場所へも移動できるもののようだし、ではいきなり全部すっ飛ばして最下層へ至ったとでもいうのだろうか。


 わからない。なにも。

 だが、俺は断じて、あんなおちゃらけた子どもを主人とは認めたくない。

 俺は誇り高き銀狼族、族長の息子だ。


 俺の主人は、俺自身なのだ。



「主人~~~~! ご主人さまァ~~~~~!」


 ん? 


「誰か来るぞ。大型の……なんだ……? 魔物……?」

「あ~、あの子たち留守番してもらってたからね。魔物じゃないよ」

「あの子……?」


 長い探索者生活で、魔物の足音にはかなり敏感になっている。

 魔物特有の地面に爪が当たるチャッチャッという音。

 かなり大型だ。階段を駆け下りてくる。


「ご主人~~~! お帰りなさいだワン~~~!」

「ニャニャニャ~」

「ガァ」


 階段から現れたのは、巨大な獣たちだった。


 だが魔物ではない。

 その魔力の色は、透き通るような青。


 中でも先頭を走る者は、堂々たる体格で、毛並みは収穫期の小麦畑のごとく黄金色こがねいろに輝き、口元から覗く牙は大木の幹のように太く、しかし剣のように鋭く研ぎ澄まされ、どんな困難をも噛み砕く雄々しさを感じさせた。

 よほど名のある森の主であろう。


「ご主人様~! 撫でて欲しいワン~~~~!」

「よ~しよしよしよしよし。ポチはおっきくなっても甘えんぼだねぇ」


 な、ななななな!

 あろうことか、森の主は一目散にマホへと駆け寄り、あまつさえペロペロと顔を舐めるではないか! あれは獣族にとっては最高の親愛表現!


 どういうことだ……⁉

 猫型の主も、竜型の主も同じような反応だ。

 あれでは……あれではまるで――


「ん? これは誰だワン?」


 犬型の主が、俺のほうに来た。

 恐怖すら覚えるほどに雄大な存在だ。

 しかし、その瞳の色は深く、万物をも見通すような思慮深さを感じさせる。


「クンクン……。同族っぽい匂いだワン」

「お、俺はジガ・ディンと申します。あなたは……」

「ポチだワン! ご主人様のペットだワン!」

「ペット……とは?」

「愛玩犬だワン!」

「あ……愛玩……? つまり、あなたもマホの奴隷……ということなのですか?」

「ん? んん~~~~? たぶんそうだワン!」


 なんということだ!

 彼らは俺の先輩奴隷だったのだ……!

 あのセーレとかいう得体の知れない存在を従えているだけでなく、これだけの者たちの上に立つほどのお方だったとは――!


 俺は、奴隷に落ちたことで目も心も曇らせていたらしい。


 そうだ。よく見ろ。目を凝らして。


 マホ殿の、慈愛溢れる微笑み。余裕のある立ち姿。理知的な瞳。

 彼女のその幼い姿だけを見て、侮っていたのは俺のほうだったのか……。


 俺はマホ殿の前に立ち、膝をついた。


「マホ殿……いえ、主殿。これまでの無礼をお許し下さい。俺は戦うくらいしか脳がない男ですが、あなたの奴隷として一生を掛けて尽くさせていただきます」

「えっ⁉ な、なに? 急に」


 ああ……。戸惑う主殿も素敵だ。

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