第47話 よろしくね!
オークションハウスに戻ると、ちょうど手続きが終わったところだった。
エヴァンスさんとリカルドさんの隣に、私が落札した獣人の元探索者の少年が立っている。
未だに手枷足枷の戒めが付けられたままだ。
「マホ様。こちらの奴隷は貴方に従属する契約となっております。こちらの書面をご確認下さい」
「ふ~むふむ?」
競売所の係員から書類を手渡される。
奴隷というとちょっとエグみを感じるが、まあ、ちょっと債務多めの住み込み従業員を高額でヘッドハンティングしたくらいのものだ。私が鞭を持って彼を使役するとなれば、いかにも奴隷という感じだが、古代の奴隷は財産として大切に扱われていたというし、形を変えた労働契約みたいなものだろう。
元探索者ならば、迷宮で働く事自体も問題ないだろうし。
書面を読み進めていく。
私が落札したのは、ジガ・ディン君13歳。銀狼族という、北部の少数部族出身の戦士で、部族の長の息子で次代の長候補。
位階は14。獣人のみで構成されたメリージェンのトップ探索者チームの元リーダーで、魔法の才能はないが純戦士として無類の強さを誇る。
6000ゴルで身売りしたとある。
ふむふむ……。私が落札した価格は22000。けっこう差額が大きいな。まあオークションだしそういうものか。
自分自身を買い戻す場合は、落札者が支払った金額に色を付けた額を支払わなければならない……か。書類に記されてる額は26400ゴル。20%アップね。
その他、給金は話し合いで決めろだの、あれこれ書いてあったが、総括すると「そうはいっても買い手の自由ですよ」ということだった。
金額に関してはどうも剣闘士として使う場合の想定になっているっぽくて、獲得賞金があった場合は最低でも2割は奴隷の取り分としなければならないらしい。
私はジガ君を剣闘士にするつもりがないから、関係ないけど。
「読みました」
「問題ありませんか? なければ、本契約となります。契約魔法の神はリサ・テラ。位階は6。こちらの代金は落札価格に含まれておりますのでご安心ください」
「ん? んんん?」
なんか知らんワードがドコドコ出たけど。
「契約魔法ってなに? あと位階6とか神とか」
「契約を扱う神は複数存在致します。その中でもリサ・テラの契約魔法は位階6の高位術に位置しています。当然それなりに費用も高額となりますから、高額の奴隷契約や商談時にしか使われないものとなります」
「なるほど。それ契約すると、どうなるの?」
「主人には絶対服従となります」
「人格も操作する感じ?」
「いえ、魔法で行動を縛るものですので、人格には影響致しません」
ならいいか。いきなり脱走されたり、迷宮の中で後ろからグサーとやられても困るもんな。
説明を受けている間も、ジガ君は真っ直ぐ前を向いて背筋をピンと伸ばして前だけを向いていた。
こちらを見ることすらない。
仲良くなれるのかちょいと不安だが、仕事をしてくれれば問題ない。
契約魔法はやっぱりというか、ルクヌヴィス寺院で行われた。
オークションの人がお金を払っていたが、普通に金貨が見えていたので、かなりの額のようだ。
やはりボってる。
契約は手を繋いで魔法を使うことでつつがなく終わった。
セーレがよく言う「契約のパス」の仲間なのだろう。
「くふふふ……。誇り高き銀狼族の戦士である俺が、こんな幼子に買われることになるとはな……」
「あっ、しゃべった」
契約が終わったことで一段落と思ったのか、ジガ君が初めて喋った。だいぶ自嘲的に。
「幼子は失礼じゃない? 私はマホ・サエキ。マホって呼んでくれればいいよ。これからよろしくね」
「馴れ合うつもりはない。与えられたことはやる」
「そ。ならいいけど。まあ、そうピリピリしなくても、うちは楽勝だよ」
「だといいがな」
ま、いきなり知らん謎の女に奴隷として買われたわけだし、普通にしてろってのも無理があるわな。誇り高き銀狼族とか名乗る程度にはプライドだって高いんだろうし。
っていうか、この子ってば、見た目は完全にまだ少年という感じなのに、自己評価ではそうではないってことなのかな。そうじゃなきゃ、なかなか年上のお姉さんのことを幼子とか言わないよね。
獣人と人間との常識の違いは、早急に学んでおく必要があるかもしれないな。
◇◆◆◆◇
ジガ君の両手両足の戒めを外して寺院を出ると、日が傾き書けていた。時間は夕暮れ時。
そろそろ戻ってダンジョンの続きをやらなきゃなのだが、その前にジガ君にいくつか確認しておきたいことがあった。
「ジガ君の組んでたパーティーって今どうなっての? 呪いに掛かってその解呪にお金がかかったのが、そもそもの発端と聞いてるけど」
「俺抜きで活動しているはずだ」
「その人たちも呼べないかな」
「呼ぶ……? どういう意味だ?」
ジガ君が殺気立つ。犬みたいに髪の毛がちょっとフワッと立つのね。面白いな。
「どうどう。別にお仲間まで奴隷にしようって話じゃないよ。うち、メルクォディアって迷宮を運営してるんだけど、よかったらどうかなって」
「メルクォディアはハズレ迷宮だと聞いている。そんな場所では稼げないだろう?」
「稼げる稼げる。私が雇うから。給金を払う上に、衣食住完備。シャンプーまで付けちゃうよ。自由時間にはジガ君も合流して迷宮探索してもいいし」
「…………俺たちは全員獣人だ。どうしてそこまでする? 俺になにをやらせるつもりなんだ?」
訝しみジロリとこちらを見やるジガ君。
私が言ってることってそんな意味不明かな。
「マホは説明が雑なんだよ。もっと噛み砕かないとダメじゃない?」
「そうは言うけどね。まだ私も彼をどう使うか完全には決まってないからさぁ。人手不足だってことだけは確かだけど」
「ホームセンターのことは教えるの?」
「教えようと思ってるよ。というか、教えないと仕事にならないし」
私たちに必要なのは共犯者だ。
ホームセンターの秘密を守れて、なおかつ一緒に迷宮を盛り立てていってくれる人。そういう意味でも、契約魔法で縛られた関係であるジガ君は、非常に都合が良い。本人は嫌かもしれないが、これも運命だと諦めてもらおう。私は、奴隷可哀想! と言って解放して回っちゃうような博愛主義的な存在ではないんだよ。
街の外の一目のない場所まで移動してから、私はセーレを喚んだ。
心の中で念じるだけで、本当にセーレは瞬間移動してやってきた。その瞬間、ジガ君がいきなり数十メートルは飛び下がった。臨戦態勢に入る両耳が伏せられ、尻尾が下がり足の間で震えている。
いきなり人が現れたからか、めちゃくちゃビビってるな。
獣人ってどういうものか知らなかったけど、動きはかなり犬っぽい。
「おーい、そんなビビらなくても大丈夫よ。戻ってきなさい」
「そ、そいつはなんだ⁉ 魔物ではないのか!」
「魔物ではないよ。どっちにしろ仲間だから安心していいよ」
あー、獣人からするとセーレは余計に違和感が強いのかもしれないな。
ゆっくりと戻ってくるが、かなり及び腰だ。この街じゃあ上級探索者として鳴らしたみたいだけど、セーレは最下層ボスの一角であるドッペルよりもさらに上位の存在。もしかすると、レッドドラゴンよりも強いんだろうからなぁ。戦ってるとこほとんど見たことないけど。
『この者は?』
「ジガ君。買ったの」
『ふむ。獣は事足りていると思いますがね』
相変わらず私以外にはちょっと冷たい感じだ。まあセーレは自称神だし、こんなものだろう。
その後は一度ダーマ市庁舎へと戻って、今後の動きについてのすり合わせを行った。
とりあえずの分の支払いは問題ないが、支払い金額はそれなりに大きく年額5万ゴルである。シャレにならないことにならないように、ある程度は資金をプールしておく必要はあるだろうが、少しだけ資金に余裕ができた。
あとは商人にちょいちょい食料とか売って、小銭を得たりしてもいいかもしれない。
「フィオナ、なんか余ってる武器とかある? ジガ君に持たせるから」
「あるけど、ジガ君はどういう武器を使ってたんですか?」
「……む。敬語はいらない。あなたは貴族なのだろう?」
「そう? でも探索者としては先輩みたいだし。上級だし」
「レベルはフィオナのほうが上だけどねー。ジガ君、フィオナってこう見えて位階16なんだよ。ビビるでしょ」
私がそう言うと、ジガ君は本当に驚いた顔をした。
獣人は人間と顔の作りが違うけど、耳とか尻尾に感情が出るからわかりやすいね。
「じゅ、16……?」
「しかも、うちのフィオナちゃんは戦士の加護と魔法の才能の両方がありまーす」
「魔法戦士で位階が16とは……。そのような者は、かの勇者ぐらいしか聞いたことがない。それとも、もしやあなたが?」
「違いますって。勇者さんはメイザーズの探索者のはずだし」
「えー、なになに勇者って」
「そういうあだ名の人がいるのよ。一人でダンジョンに入っててついたあだ名が『勇ましい者』で勇者」
「俺は、自分で勇者と名乗っている変人だと聞いた」
ふぅむ。勇者ねぇ。それ元日本人じゃないの?
いや、こっちにも勇者なんて単語くらいはあるか……。
「それでジガ君、武器は?」
「俺の武器は斧だ。それほど大きくなくてもいい」
「ん? 斧? こういうのでいい?」
バッグから手斧を取り出して手渡す。
「いい斧だ。それに、それはマジックバッグか? さすが貴族となると凄いものを持っているな」
「なんか勘違いしてるかもだけど、これは拾い物だから。それより、斧はどう? とりあえず、そんなんでいい?」
「十分だ」
言いながら斧を軽く振るって見せるジガ君。
ホームセンターの斧でいいってのは助かるね。無限にあるからどんだけ雑に扱ってもいいいし。
フィオナによると探索者向けの武具はけっこう高価らしいのよね。うちから初心者用の武器として斧とかナイフとか安く出せば、人も定着しやすいかもしれないな。
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