第41話 お金もない!


「エヴァンスさん! すみません、少し遅れちゃって」

「いえいえ時間通りですよ、フィオナ様。そちらが、マホ様ですね?」

「はじめまして、マホ・サエキです。よろしくお願いします」


 エヴァンスさんは、フィオナの父親であるファーガス・ダーマ伯よりも年上であろう初老の男性だった。

 目の下にはがあり、ロマンスグレーの髪も相まって、なんというか非常に疲れを感じさせた。服装はキッチリしているが、こちらも疲れ……というか年季を感じさせるものだ。


「事情はある程度は旦那様よりうかがっておりますが……まず、なによりマホ様。お嬢様の――フィオナ様のお命を救って下さりありがとうございましたっ……!」

「あっ、えっ、はい」


 ガシッと力強く手を握られる。

 目尻に涙まで溜めている。


「私を初め、家臣一同、なにもできない自らの力のなさを悔いていたところにあの朗報。どれほど私たちが嬉しかったか……。マホ様にはどれほど感謝してもしきれません。このエヴァンスにどのようなことでもお申し付け下さい……!」


 すでに完全にお疲れの様子の人に無理難題を申しつけるつもりはないが、手伝ってくれるのは助かる。ダンジョン内のことも大事だけど、むしろ外のことのほうがやること多いわけだし。


「とりあえず、現在の詳しい領の財政状況を教えてください。こっちも急ピッチで進めてますけど、どれくらい猶予があるかによって、対応も多少変わるので」

「そうですね……どのようなことでもすると申し上げた直後に、こんなことを言うのは心苦しいのですが……猶予はほとんどございません」


 まあ、それはパパさんから聞いてたから知ってるけど。

 エヴァンスさんは真面目な人なんだな。


「……現在、我々には二つの支払先があることはご存じですね?」

「ええ。国に納める魔石と、商人への借金の返済の二つですよね」


 ダンジョン経営は本来は儲かるものらしい。

 国……というか王家に納める分はいわゆるダンジョン税的な役割を果たし、その納付量はダンジョンで探索者が持ち出してくる量からすると微々たるもの。

 それを超える分もすべて王家が買い取ってくれるのだが、そのすべてがこちらの儲けである。

 もちろん、ダンジョンから魔石を持ち出す探索者たちへの支払いも必要だが、当然王家が買い取る金額より安く設定するわけで、その差額がこちらの取り分となる。


 つまり、ダンジョンが流行れば流行るほど儲かる。だからこそ、フィオナのパパさんは巨額を投じて周辺の開発を行ったのである。結果はアレだったが、まあ、当てが外れたとはいえ、本来、分のいい賭けではあったのだろう。

 実際、メルクォディアは全101階層もある巨大なダンジョンであり、そこから採れる資源がかなりの量であるのは間違いなかったのだから。


 ――うまくいきさえすれば。

 問題は、当事者の誰も彼もが素人ばっかだったという部分だけで……。


「国へ出す魔石はどうなんですか? フィオナが持って来た分があったはずですけど」

「ええ……あれですか。もちろん、あれで量は足ります。足りますが――」


 言葉を濁すエヴァンスさん。どうした。


「……上質過ぎるのです」

「上質すぎる?」

「はい。今までは10層までの魔石を納めていたのですが、マホ様とフィオナ様が持ち込んだものは、その比ではない純度の魔石。拳大のものでも異常な量の魔力を内包しているのです」

「なるほど。怪しまれちゃうか」


 なんたって最下層――95層より下の魔物の魔石だものな。

 王家の役人だって、ダーマ領のダンジョンが閑古鳥だってことぐらいは当然知っているはず。それなのに、いきなり謎の上質な石を持ってきたら、どっか別のダンジョンからの横流しか、そうでなければ別の理由があるか勘ぐられるってわけだな。

 もちろん、全然なんにも気にせず受領される可能性もあるけど……あの石って最下層のボスが出した石だかんな……。ただの上質ではなく「異常」と捉えられる可能性のほうが高そう。


 ちなみに、最下層のボスたちは倒すと、大小様々な石をバチャーンと落とした。一体に対して石一つではないのだ。上層の魔物……ゴブリンとかは豆みたいな石を一つ落とすだけだが。


「小さいのもダメです?」

「一番小さな石でも、おそらく30層か40層くらいから出る大型の石と同程度の魔力が内包されていますから……」


 ふぅむ。まさか、そこまでのオーパーツだとは。

 まあ、いざとなったらめちゃくちゃ強い探索者がやってきて卸してくれたとか言えば通るかもだが、それでもなんか怪しい感じはあるね。

 ただ、王家への支払いはまだ2ヶ月も猶予があるとかで、オーパーツは使わないという選択肢がとれそうではある。

 そうでなくても、それまでにある程度ダンジョンを繁盛させることに成功すれば、ドサクサで小さいオーパーツ石を混ぜてしまっても問題ないだろう。


 さすがに、レッドドラゴンが出した一番大きい石なんかは無理だろうが、ダンジョンが繁栄したら中ボスから出たとかなんとか言って、王家に献上してもいい。

 いずれにせよ腐るもんじゃない。


「じゃあ、問題は借金のほうですか」

「はい。来月の頭までにまとまった額を用意する必要があり……お恥ずかしながら、現在その工面で大わらわという状況で」

「どれくらい必要なんですか?」


 と訊ねつつも、私はこの世界の金銭感覚がイマイチ掴めていないので、言われた額を聞いてもピンとこなかった。

 フィオナが説明してくれたところによると、家が十数軒建つくらいとのこと。

 これも抽象的だが、五億円くらいのイメージかしら。

 来月の頭までに五億…………。しかも当てがないとなると、なかなかピンチだね。


「返済を待ってもらったりは?」

「…………すでに、いっぱいまで待たせており、つい昨日、最後通告が送られてきたところで」


 思ってたよりずっとギリギリだった。

 どういう返済計画だったのかも訊いたが、思ってたよりもずっと良心的で初年度は少額で、だんだん額が上がっていく仕組みだったようだ。つまり、ダンジョンが軌道に乗れば、問題なく返済できる返済計画……なわけだが、軌道の乗らなかったら年々返済額が上がっていくという地獄のレールに……。


 最初の内は領ので賄っていたようだが、もともと左団扇の経営ではなかったところにそれでは、確かに厳しい。そんなこんなで、いよいよ切羽詰まっているらしい。


 最後通告とは、つまり不渡り手形を王家に持っていくということを意味する。

 そうなったら、ダーマ家はお取り潰しになる可能性が高い。王家が代わりに支払う代わりに、土地をまるごと王家に返上するという形になるからだ。

 当然ダンジョンも取り上げられる。


「金策が急務というわけね……。問題はどうやって工面するか、アイデアはあるんですか?」

「いえ……正直手詰まりですね」

「領地を切り売りするとかは?」

「それは王家への反逆と見做されます」

「でしょうねぇ」


 土地を売るとしたら別の国に売るしかないだろうし。隣領に売るってわけにもいかないんだろうなぁ。

 しかし、う~ん。五億円……かぁ。

 ちなみに、私の感覚では少領といえど領主が、たった5億円程度の借金でおおわらわになるなんて……という感じなのだが、これは現代人の悪いところというか、普通は発展していない田舎街で現金を生み出すのは容易ではないのだ。

 ちょっと見て回った感じ、街から離れればほとんど物々交換で生活が回ってるような世界なのだから。


 ……とはいえ、なんとかなりそうな金額だとも思う。

 国家規模で言えば本当にたいしたことない規模の額だ。フィオナが言うところの自称貧乏領地にとっては、まあまあな額なんだろうが、絶対無理という額でもない。日本でも、ちょっとした金持ちなら個人でも問題なく融通できる金額。それくらいの貯金を持っている個人は、全体の1%くらいだったか? この世界の農民率から逆算すれば、0.1以下かもだが、貴族や大商なら普通に払えるぐらいの額に違いない。


 ホームセンターのものを上手く使えば手に入る……だろうか。

 怪しまれるかなぁ? 

 シミュレーション・ゲーム――三国志とか信長の野望とかだと、豊作の時に商人に米を売って、その金で武器を買ったりしていたけど、その手が使えないかな。

 備蓄があったとかなんとか言えば、それほど怪しくないだろう。


 問題はどの商人に売るかだが、まず考えられるのは、金を借りている商人に直接「物品」で支払うパターン。

 5億円分の食料ってなんだよって感じだが、こっちには小麦粉もあるし、米もじゃがいももある、運ぶのは厄介だが、不可能ではない。

 でもなぁ。この手は次善の策という感じだ。

 商人だって、ダーマ領がギリギリだってことくらい当然理解しているだろうし、怪しさ満点だ。ただ、怪しいだけとも言えるので、他に当てがなければこれでもいい。


 別の商人に食料を売って換金するパターン。

 こっちのほうが安全は安全ではあろう。こっちの事情を知らない商人であればモアベターだ。

 ……でも、普通に考えて五億円用意できる商人が、ダーマ領の事情を知らないなんてことありえるだろうか? 絶対ないな。もしあったとしても、調べてから買う決めるだろう。


 ホームセンターの品物を珍品として売るパターン。

 これもまあ、なくはない。金持ち貴族とか相手ならどうにでもなりそう。

 問題は、ホームセンターのものは基本的にダンジョンで活用したいという部分。それに、ホームセンターで売っているものは基本的には安物だし、フィオナの反応を見るに一番高価な品である絨毯ですらイマイチっぽいわけで。

 恒久的に化粧品とか酒とかを卸すならなんとかなるだろうけど、それじゃあ商人使うのと大差ない。

 これもグッドアイデアとは言えないな。


 となると、結局――


「金持ち貴族か王家にドラゴンの魔石を売りましょうか。ダンジョンから出たわけじゃなくて、ダーマ家に代々伝わる家宝として。フィオナもいいよね?」

「えっえっ、そりゃ私はなんでもいいけど」

「ということなんで。物があるわけだし、これ単体を売るだけなら変な怪しまれ方はしないと思います。量を出す方が明らかに怪しいんで」


 一品物を単発で出すのならば、「まあそういうこともあるか」という感じを出せるだろう。

 フィオナの家の歴史とかは知らないけど、貴族は貴族。代々受け継がれてきた物と言っておけば、疑う余地もない。


「ふぅむ。確かに妙案かもしれません。あの石ならば、借金を返してもお釣りがくるくらいの金額になるでしょう」

「あっ! マホ、それならオークションに出したほうがいいんじゃない?」

「オークション? そんなのあるの?」

「うん。メリージェン迷宮街でやってたはず。あそこは宝箱がよく出るから、迷宮から出たものなんかを取引してるんだ」


 いいじゃない。異世界オークションとかちょっと憧れだよね。ドサクサに紛れてホームセンターの品も出しちゃうか? 宝箱から出たって言えば通りそうだし。


「あ、でもメリージェンってけっこう遠いから間に合わないかも? 往復で軽く10日はかかっちゃうし」

「フィオナ、もう忘れてるの? 距離はもう関係ないって」

「え? なんで? なんだっけ」

「セーレの能力」

「あ」


 自称「神」のセーレの能力は「瞬間転移テレポーテーション」。

 かなり距離が離れていようが関係がないのだ。

 どちらかというと問題はオークション開催日が近々であるかどうか。一ヶ月に一回の開催とかだったら詰む。

 でもまあ、それは行ってみてからだ。


「よ~し、まずはオークションで金策だ!」

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