第36話 役者は揃った!
適任なる者の説明を聞いた私は、ホームセンターから大量の供物を運び出した。
ドッピーによると、ドッペルゲンガーよりもかなり上位の存在だとかで、供物もかなり多く用意したほうがいいだろうとのことだった。
「魔界人の趣味がよくわからないから、いろいろ用意したけど、こんなんで本当にいいの?」
「素晴らしいです! これならば魔界の王でも来てくれるかもしれませんよ!」
「さすがに魔王はいいかな……」
いや、領地の統治には力があったほうがいいとは思うよ?
ここが繁栄した暁には、力があったほうがいい場面には遭遇するだろうけれど、それにしたって魔王はやりすぎってもんでしょ。扱いきれなくて事故りそうだし、ホント、お手伝いホブゴブリン程度のものでいいんだわ。本当は。
「ではでは、ドッピーオススメの魔界人を召喚したいと思います」
魔法陣の前に山と積まれた、お菓子、お酒、薬、自転車、電動工具、耕運機。
ちゃんと綺麗に並べたものだから、怪しい儀式感満載だ。いや、実際怪しい儀式ではあるんだが……。
宗教的にアウトかもしれないが、フィオナも何にも言ってないしセーフだろう。
まあ、どうせ私はこっちの宗教を履修してないから、な~んも知らないけどね。
「我が名はサエキ・マホ! 我が呼び声に応え顕現せよ、セーレ!」
私がそう叫ぶと、魔法陣が光り出しシュンシュンシュンと供物が消滅していく。
ふむ、よくわからないが、一つ一つ吟味しているのだろうか。
最後の一つの供物がなくなってからしばらくして、魔法陣が一際強く輝いた。
その後に現れたのは――
「…………」
「……………………」
「…………」
「…………あの」
現れたのはなんと翼のある白馬(ペガサスか?)に乗った金髪碧眼の貴公子だった。
まさか、こんな現実感のないスーパーイケメンが来るとは思ってなかったが、キリッとした顔のままなにもしゃべらない。
影人間みたいなドッペルやら、ペットが魔物化した動物でもしゃべる世界なのにどうした。
と、思ってたら、どこからともなく白いフリップボードを取り出して、サラサラと指先で何かを書きだした。
『求めに応じ参上いたしました。吾輩は遍在する者セーレ。お見知りおきを』
「ん? 日本語? なんで日本語が書けるの?」
フリップに書かれているのは完全に日本語だ。謎にちょっと丸文字の。
「マホ、私には共通語に見えるけど」
「えっ?」
『これは「言葉を伝える板」。見る人が必ず読める文字で表示されるのです』
いや、しゃべれよ――と思ったのは否定できないが、なんらかの事情があるのだろう。
現代日本で育った私はそういうの気軽に聞けないタイプ。フィオナはめちゃくちゃ言いたそうな顔してるけど、やめとけやめとけ。
コミニケーションが取れるなら筆談でも問題はない。
むしろ問題は、この人に力仕事とかできるのかってとこ。
「あ、あの~、私、力仕事とか頼みたくて呼んだんですけど、そういうのできます? 木材切ったりとか、人を運んだりとか、指定の場所に箱を設置してもらったりとか」
『容易い』
純白のペガサス(だよな?)に乗ったまま応えるセーレ。
常に真顔だが、ちょっとドヤ顔っぽくも見えるので、よくわからない。謎だ。
「セーレはなんなの? 悪魔? モンスター?」
『魔の化身たる神。その一柱』
サラサラとボードに記入して端的に答えるセーレ。
ファサッと前髪を掻き上げドヤ顔。このキリッとしたドヤ顔がデフォなのか、こいつは。
馬から下りろ。
「魔の化身たる神ってことは、つまり魔神か」
まあ、こういう世界だから神くらいいるだろう。
ドッピーが、もっと高位の者と言っていたし、そういうこともある。
神とは何か? みたいな定義の問題もあり、ぶっちゃけなんだかよくわかってないが、わかっても仕方が無い。今ある現実を受け入れていこう。
……だんだん感覚おかしくなってきてんな、これ。
「フィオナは知ってる? 魔神」
「…………ヤバいよ、マホ……ヤバいって……」
横にいるフィオナが真っ青な顔をしてる。
「どうしたどうした。いきなり白馬の王子様レベル100みたいのが出てきて卒倒寸前か?」
男子にあんまり免疫なさそうだからな。
ん? 私?
ははは、さすがにこのレベルの男が出てきたら、もう男として認識するのも危ういわ。
実際、別の種族だし。
どちらかというと、シュールな笑いを感じている……。
「『魔の化身たる神』って、邪神じゃないの……。こんなのバレたら……」
「ああ、宗教的にマズいってことか。ま、バレないでしょ。彼には裏方やってもらうつもりだし」
「それなら……いい……のかな……ほんと?」
「フィオナ。もうこうなったら一蓮托生だよ!」
この世界の宗教――なんとか寺院だっけ? が、どんくらい力を持っているかはわからないし、あるいは我々の想像もつかないような超装置が存在していて、『邪神の顕現を捕捉! 直ちに討伐隊を向かわせろ!』みたいな事態にリアルタイムでなってる可能性もあるにはあるが、そしたらそいつらにダンジョンで稼いでもらえばいい。
私たちは知らぬ存ぜぬでOKだ。
最下層で私たちが召喚しましたなんて、誰が信じるよ?
「あ、一つ問題あるけど、セーレは強いの? ここから魔物とか倒しながら一番上まであがってこれそう? ここってダンジョンっていう迷宮で、地上までかなり距離あるんだけど」
『瞬間移動が可能』
「瞬間移動……? めっちゃ脚が速いってこと?」
『
「マジで?」
いやそりゃファンタジー世界なら街から街へワープする魔法とかよくあるけど、ガチで使える人が仲間になるなんて思わないでしょ。
何考えてるかよくわかんないし、フィオナとかマジビビりしてるけど、ドッペルの説明が確かなら敵対的な存在になる可能性はほとんどゼロのはず。
「自分以外もいっしょにテレポートできるの?」
『可』
「じゃあセーレはドッピー連れてきて。しばらく二人で行動してもらうから」
『ドッピーとは?』
「そこで私の姿になってるドッペルゲンガーくんのこと。同僚だから仲良くね」
『承知』
フリップボードを掲げつつ、チラッとセーレがドッピーのほうを見る。
感情の伴わない冷たい視線は、どうも下の者を見るソレで、まあ……ドッピー自身も自分よりもずっと格上の存在ってセーレのことを言っていたし、魔界での格付けみたいのがあるのだろう。
別にいっしょに酒とか飲んで盛り上がってほしいみたいな要望はないけど、同僚として最低限は仲良くやってもらいたいものだ。
ドッピーは大丈夫だろうけど、このセーレというやつはちょっと読めないところがあるから。
なんたって、マジの魔神だしな……。
◇◆◆◆◇
第1層まで戻ってきた。
セーレ曰く、私とは契約のパス的な何かが繋がっていて、どこにいても私のいる場所を把握できるのだとか。
私たちは転送碑を使って1階に来たけどどうだろな。
「ねえ……マホ。本当に大丈夫かな……」
「なにが? セーレのテレポートのこと?」
「そうじゃなくて、あの魔法陣のこと! ドッペルゲンガーだって、あのセーレってのだって、ま……魔物じゃないの……?」
怯えた様子のフィオナ。地球人の私には感じられない禍々しさみたいなものを感じ取っているのかもしれない。
「まぁ大丈夫でしょ。ドッピーも言ってたでしょ。貢ぎ物のお礼として力を貸してくれるって。そもそも、連中の価値観を我々のそれと比べても意味ないしね。ま、人間とか殺したりしないように注意しておいたりは必要かもね。特にセーレのほうは」
ドッピーは基本的に私の姿でいてもらうつもりだから、そういった常識部分はいちいち教える必要がないだろう。
だが、セーレは見た目は貴公子だがマジもんの魔神。
思いもよらないやらかしをする可能性がある。
とはいえ、ダンジョンを運営しようというのだ、すべての魔物はやられ役の従業員みたいなもの。この程度も御せないようでは、話にならないだろう。
コミュニケーションの取れない蛮族みたいな魔物なら難しいだろうが、セーレは謎のフリップで話は通じるのだし。
そんな話をしていると、セーレが1階に現れた。
小脇に私に化けたドッピーを抱えている。
ホントに瞬間的に転移してきたね。
セーレがドッピーをポイッと捨てて、馬から下り転送碑の前に立つ。
『この魔導具』
「転送碑がどうしたの?」
『吾輩の転移とほぼ同じ術式で機能しているようです』
「つまり魔法の力が宿ってるってことか。一種の魔導具なんだね」
魔法ってことは、解析して使えるようになったりするのだろうか。まあ、魔力を感じるのも初心者級の私では無理だろうが、こないだ会った魔法使いの若い二人とかだったら、可能性あるとか?
『吾輩の術のほうが途方もなく上位の魔法ですけどね!』
フッと髪を払い上げ格好付けるセーレ。
地球じゃもうお笑いでしか見ない動きで、なんとも言えない気持ちになる。
こいつのコレが、ガチなのかギャグなのかわからん。
私なんてちょっと笑いを堪えてるくらいなのに、フィオナは真っ青な顔してるし、どう解釈しろってのよ!
にしても、転送碑は魔界の術が使われているのか。というか、魔法自体も、なんか神様の力を借りて使用するとかなんとかって言ってたっけ?
「ま、ダンジョン自体がいきなり出現するものらしいし、たぶん魔界寄りのものなんでしょうよ」
『確かに、下層の空気は吾輩がいた世界と近いかもしれません』
実際、私でもわかるくらい1層と最下層とでは空気が違う。
説明が難しいが、下層は重苦しく密度が高い感じだ。
動きにくいとかそういうのはないから説明しにくい感覚だけど、あれが魔界的な要素……もしかしたら大気中の魔力濃度的なものが違うのかもしれない。
「セーレの能力があったら、誰でも最下層にご招待できちゃうね」
『可能です。私はこれが一番得意なので』
まあ、いまのところ他の人間を最下層に入れる予定はないが、できることが増えるのは良いことだ。最下層でなくても、単純に迷子を地上に連れ出すのに使えるってのが大きい。
「よし、今ここにいるメンバーがこのダンジョンの運営の中核になる予定だからね。みなさん、それぞれに役目を果たして、ここを世界一のダンジョンにしていきましょう!」
ここで役割を割り振っていく。
総監督 私
助手兼領地経営指揮 フィオナ
ダンジョン運営監督 ドッピー
ダンジョン運営補佐 セーレ
ダンジョンマスコット ポチ・タマ・カイザー
『ご意見! ご意見!』
私が役割分担を発表したら、セーレが高速でフリップを書き掲げた。
「どうしたの、セーレ」
『吾輩がドッペルゲンガーの下ですか!?』
「そうだよ?」
『不服! 不服です!』
ふ~む? やっぱり魔界での上下関係みたいのがあるんだなぁ。
「セーレ。ドッピーは私の姿で活動するんだから、私だと思って接してちょうだい。実際に手足として動くのはあなたなんだから、実質、あなたが運営管理のすべてを担うことになるの。責任重大だから、頑張ってね」
『レディ・マホの命令ならば致し方なし……』
あんまり納得してなさそうだけど、ドッピーは実際私の中身をコピーしているわけで、能力も状況判断力も私と同じのはず。だからこそ、私が指示を細かく出さなくてもわかってくれるから、指揮者として適任だし。
瞬間移動できるセーレは、実働部隊として有能すぎる。
なんといっても、宝箱を所定の場所に置くのにこれ以上の人材はいない。
普通に運んでたら魔物は倒しながら移動しなきゃだわ、数は多いわで、ちょっと現実的じゃなかったからね。最悪、時々置ければいいやくらいに考えてたけどセーレの能力なら毎日追加でも全然問題ないわけだから。
「ボクたちの、『ダンジョンマスコット』ってのはなんなのですかワン?」
ポチタマカイザーが首を傾げて訊いてくる。
たしかにフワッとした役割だ。
「君たちは表で顔を売るのが仕事だよ。大きな動物はみんな大好きだからね」
「こ、怖がられないですかニャン?」
「危なくないってわかれば大丈夫だよ。おっきい動物は可愛いし、自分たちの仲間だとわかればこんなに頼もしいことはないし」
ポチタマカイザーは実際ドデカくて可愛いし、子どもにも人気になるだろう。
これが領主と関係ない人間のペットだったら、取り上げられちゃったりとか面倒ごとを引き起こしそうだが、こっちが領主側だからな。権力バンザイ!
「それでは、実稼働は二週間後を目標にします! それまで準備がんばろー!」
「「「おー!」」」
こうして、想像とは違う形でメンバーも集まり、私たちのダンジョン街再建計画はスタートしたのだった。
やるぞー!
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