(友樹君っ!)

 まさかそんなはずはないと思うのだけど、人差ひとさゆび中指なかゆび白石しろいしはさんで持つ男子生徒は、梨音の初恋の王子さまである仁藤友樹で間違いない。

 六歳の頃の記憶きおくだけなら自信を持って断言することはできなかったかもしれないけど、梨音は、数年前に彼が囲碁の全国大会ぜんこくたいかい優勝ゆうしょうしたことを知らせる記事きじで、彼の顔を確認かくにんしている。

 その時より、少し大人っぽくなってはいるけど、見間違みまちがうはずがない。

「囲碁の対局たいきょくをしてるみたい」

 パーカーのすそをひっぱる芽衣に、梨音はおどろきをおさえて説明せつめいした。

「どっちが勝ってるの?」

 小柄こがらな芽衣がピョコピョコねていると、前の人が体の位置をずらしてくれた。それでやっと自分の目で状況じょうきょう確認かくにんできるようになった芽衣が、梨音に聞く。

 その言葉に、梨音は盤面ばんめんを見た。

 友樹は白石、対するポロシャツ姿のおじさんは黒石を持っている。

 囲碁は、白と黒の石を順番じゅんばんに置き、自分の石がかこった部分が自分の領土りょうちになる陣取じんとりゲームだ。

 それぞれの石が囲っているもくの数を数えて、梨音は「黒」と答えた。

「なんだ、やっぱり大人の方が強いんだ」

 つまらなさそうに言う芽衣に、梨音は、それはちがうと首を横にる。

「これは。上手うまい人が、勉強のために相手あいてのレベルに合わせて打つ指導碁しどうごだよ」

 梨音は、芽衣に小さな声で教える。

「え、じゃあ、あのおじさん、子供より下手くそなの?」

 梨音に合わせて、芽衣も小さな声で聞く。

 その質問しつもんに、再度さいど盤面を確認かくにんする。

 もう終わりのところなので、おじさんの強さはよくわからない。それでも友樹が本気で打ってないとわかるのは、梨音も彼の指導碁を受けていたからだ。

 友樹は、本気で勝負している時と、教えるために打っている時では表情が全然違う。

 本気で勝負している時の友樹は、怒っているみたいに怖い顔で顎をよくさわるけど、指導碁を売っている時は、穏やかな表情で、相手が答えを出すのをゆっくり待ってくれる。

 相手は、小学生チャンピオンになった人なのだ、その辺の大人が簡単かんたんに勝てるはずがない。

 梨音なりに、おじさんが次に打つ手を予想よそうしていると、彼は指にはさんでいた石を碁笥ごけに戻して頭を下げる。

「まいりました」

「え? このまま打てば勝てますよ?」

 突然降参とつぜんこうさんするおじさんに、友樹が盤面を指でしめすと、おじさんがこまったように頭をいた。

「それがわかっている段階だんかいで、君の方が数倍上すうばいうえだよ。いやぁ、いい勉強になった」

 お礼を言って立ち上がるおじさんも、自分が指導碁を打たれていることには気づいていたらしい。

「そんなことないです」

 そう返す友樹に、おじさんは「さすが院生いんせい。次の試験しけんは楽しみにしているよ」と言い残してその場をはなれていった。

 おじさんが離れたことで、友樹が座っている机に、画用紙にカラフルなクレパスで「囲碁部・対局者募集たいきょくしゃぼしゅう!!」と書かれたものがってあることに気づいた。

 どうやらここは、囲碁部の活動紹介の場所だったらしい。

(いんせい……てなんだろ?)

 コロナが流行った頃によく聞いた「陰性いんせい陽性ようせい」の陰性ではないだろう。

 聞きなれない言葉に首をひねっていると、囲碁部の人らしき生徒が、次の対局者を募る。

「できれば次は、子供さんの挑戦ちょうせんをお願いします」

 そんなことを言われても、囲碁ができる子供は少ないだろと考えていると、隣の芽衣が「ハイ」という元気に手を上げる。

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