碧海学院附属せいかがくいんふぞくは、大学附属だいがくふぞく中高一貫校ちゅうこういっかんこうで、卒業生はそのまま附属の大学に進学する他、旧帝国大学きゅうていこくだいがくへの進学率しんがくりつが高い。

 そんな超が着く名門校に合格するはずがないので、好奇心こうきしんから、芽衣と二人で、今日の学校見学会に参加することにしたのだ。

「はい。ここに、通っている小学校と自分の名前を書いてね」

 門を入ると、出迎えてくれた中学生のお姉さんにそう声をかけられた。

「は〜い」

 ピシッと右手を上げて、愛想あいそよく返事をする芽衣は、そのままお姉さんたちがいる長机ながづくえへとる。

 梨音の分も書いてくれると言うのでまかせていると、芽衣が「あっ」と声を上げた。

 どうしたのかと手元をのぞき込むと、芽衣はテヘヘと笑って、「佐倉さくら」と書いた文字を消して、「一ノ瀬梨音いちのせりお」と書き直す。

「ごめん。なんか、梨音君の新しい苗字みょうじにまだなれなくて」

 記入きにゅうが終わると、芽衣があやまってきた。

「いいよ。私もまだ、新しい苗字になれてないもん」

 去年、梨音の両親が離婚りこんした。転校するのが嫌だった梨音は、海外赴任かいがいふにんする母についていかず父親と一緒に暮らすことを選んだのだけど、苗字は父親の「佐倉」から母方の「一ノ瀬」に変わった。

「はい」

 芽衣が、受付でもらったパンフレットを渡してくれる。

「ありがとう」

「どこ見よっか?」

 パンフレットを開く芽衣が聞く。

 パンフレットには、学校施設紹介しせつしょうかいの他、各種部活かくしゅぶかつ体験入部たいけんにゅうぶ案内あんないも書かれている。

「あ、囲碁部あるって、見に行く? 王子さまいるかな?」

「いるわけないでしょ」

 囲碁をやっている人みんなが、王子さまのようにカッコいいわけじゃない。

 友樹が特別とくべつだっただけだ。

「まあ私の王子さまは、ここにいるけど」

 芽衣はそう言って、梨音に自分とうでを組んでくる。

「恥ずかしいからやめてよ」

 小学校ではいつものやり取りだけど、学校の外ではやめてほしい。

「なんで? 梨音君、冷たい」

 芽衣が甘えた声で文句もんくを言うと、通りすがった中学生が「小学生カップルがケンカしてる」「カレシ君、テレてるんだね。可愛かわいい」なんて言っているのが聞こえてきた。

下手へたに芽衣を騒がせて、そんなこと言われる方がずかしいかも……。それに、どうせ碧海学院なんて、受かるわけないんだからいいか)

 梨音は、芽衣の腕をほどくことをあきらめ、腕を組んだまま校内を見て回る。

 そうやって二人で校内を見て回っていると、中庭の一角に人だかりができているのが見えた。

「なんだろね?」

 梨音がパンフレットを確認しようとすると、見にいった方が早いと芽衣が腕を引っぱり、歩くペースを早くする。

(なんだろ、やけに女子とおじさんが多い)

 近づくにつれ、集まっている人が、女子と中年の男に人に偏っていることに気づくと共に、みんなんでテーブルを囲んでいるのがわかった。

 そして女子の中には「カッコいい」と騒いでいる人たちもいる。

 背の高い梨音はヒョイと背伸びして、人垣の間から様子を窺う。

 そして、状況じょうきょ確認かくにんしていきむ。

「――っ!」

「ねえ、梨音君、何が見えるの?」

 小柄こがらな芽衣が、梨音の腕をひっぱる。

 だけど梨音は、自分が見ているものが信じられなくて声が出せずにいた。

「……」

 みんなが見守る先で、机に乗せた碁盤ごばんはさんで、二人の人が座っている。

 一人はポロシャツ姿の中年のおじさんで、もう一人は碧海学院附属の制服せいふくを着た男子生徒だ。その男子生徒の顔に、梨音は見覚みおぼえがあった。

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