「芽衣、囲碁打てるの?」

「全然」

 おどろく梨音に、芽衣は首を横にる。そして、もう一方いっぽうの手で梨音の手を持ち上げる。

「へ?」

 梨音が驚いて目を丸くしていると、芽衣が言う。

「私の代わりに、この梨音君が挑戦ちょうせんします」

 その言葉に周囲しゅういから、「坊主ぼうず頑張がんばれよ」といった歓声かんせいが上がる。

(あ、普通ふつうに男の子に間違まちがえられてる)

 そんなことを思っている間に、芽衣は周囲しゅういに手を振って「私の自慢じまんの王子さまです。絶対ぜったいちます」と勝手かって勝利宣言しょうりせんげんをしてくれる。

「ちょっ……芽衣っ、勝手なこと言わないでっ!」

 小さな声でおこっても芽衣は知らん顔である。

「だって梨音君、囲碁出来るんでしょ?」

「できるけど、それは子供のころの話で……」

 友樹のことがショックで、碁会所通いとともに、囲碁もめてしまった。

 それにむかし友樹は、梨音のことを「気持ち悪い」と言っていたのだ。そんな彼に、どんな顔をして会えばいいのかわからない。

 どこかげ道はないかとキョロキョロしていると、目が合った芽衣が、ガッツポーズで応援おうえんをくれる。

「大丈夫。さっきのおじさんも勝ってたし、梨音君は私の王子さまだから、絶対勝てるよ」

 ドヤ顔の芽衣の言葉に、ドッと笑いが起きる。

「じゃあ君、こっちに来て」

 囲碁部の人が、梨音に手招てまねきをする。

「ちょ……っ」

 目が合った友樹が、はにかむように笑う。その表情ひょうじょうに、一気に顔が熱くなる。

「えっと、梨音君? 僕と打ってもらっていい?」

 遠慮えんりょがちに言う友樹には、子供の頃の知り合いに対する親しみも、嫌悪けんおかんじられない。

(私のこと、誰かわかってない?)

 梨音の姿がずいぶん変わっているので当然のことなのかもしれないし、覚えられていても辛いだけなのだけど、気づいてもらえないのはなんだか心が痛む。

 なんにせよ、これは断れるような状況ではない。

 梨音は、大きなため息を一つ漏らすと、お辞儀じぎをして友樹へと歩みった。

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