第32話 シュシュ
試験までもうすぐ。
ミシェラは寝る間も惜しんで魔法陣と向き合っていた。
食堂に行く時間も惜しかったけれど、フィアレーからどうしても食事はしっかりとってくれと言われては従うしかなかった。
「ハウリー様からも言われているんです。ミシェラ様を太らせるようにと」
厳しい顔でいうフィアレーからも、まさか自分の事が家畜と思えているのでは? と思ったけれど彼女の心配した顔に、口にするのはやめておいた。
どうしても魔術に対する心の有り様がわからない。自分で奇跡を起こすことができない。
とぼとぼと食堂に向かっていると、廊下にシュシュが立っているのが見えた。彼女とは村を出てからは会うのは初めてだ。
「シュシュさん、お久しぶりです」
「……ミシェラちゃん」
近付くと、彼女は目を見開いてミシェラを見つめた。
「これから食事?」
「はい。その予定です」
「……食事は持ってきてもらうから、私の部屋で一緒に取りましょう」
何かを堪えるような平坦なシュシュの言葉に、ミシェラは戸惑いつつも頷いた。
シュシュの部屋は、ミシェラの倍ぐらいの広さで、豪華だった。
高そうな絵やタペストリーが飾ってあり、テーブルもミシェラのように簡素なものではなく、年季の入った凝ったものだ。
「わぁ素敵な部屋ですね」
「……そうね。私の家は伯爵家だから割といいものを揃えてもらっているわ。恵まれているとは思ってる」
「シュシュさん……? どうしたんですか?」
元気がなさそうに見える。村で見たシュシュは、自信に満ちていて、優しい女性だった。
シュシュはじっとミシェラの事を見つめ、ため息つき髪の毛をかきあげた。
「私も私がわからなくなっているところよ。でも、どうしてあなたなの?」
真剣な顔で問われも、意味が分からない。
「どうして、とは……?」
「スカイラ師団長に選ばれたのが、どうしてあなたかってことよ」
「私は、魔力が豊富らしい白い髪だから、連れ出してもらえただけです」
シュシュの質問に慌てて答えたが、自分の言葉に悲しくなる。
本当の事だからだ。
「それでも! あなたはまだ何物でもない! あなたがきたせいで、師団長は無駄に仕事を抱え込んでいる。それなのに、気にした素振りもなく更に特別に目をかけたりしてる……! あなたのせいで、彼の評価が下がるのなんて見ていられない」
ぐっと手を握り込み、下を見ながら言葉を震わせるシュシュをみて、ああそうか、とミシェラは思った。
「……シュシュさんは、ハウリー様の事が大事なんですね」
ミシェラの言葉に、シュシュは弾かれたようにミシェラの方を向いた。
「それはそうよ! 私の方がずっと長い時間一緒にいて、ずっと長い間師団長を支えてきた。役に立ちたいと願って、そう努力してきたわ。ハウリー様から自分と似ていて、部下にしたいだなんて言葉、今まで誰にだってかけた事なかったのに……。」
「……それなら、わたしの事も信じてください。私もハウリー様に助けられて、救われています。自分よりも、ハウリー様の方が大事なんです。ハウリー様に不利益になる事はしたくないと思っています」
「それでも! 今だってミシェラは魔力はあるけれど全然魔術も安定しないし、なんであんな子供を連れて来たって言われてるのよ。今まで汚点なんて一個もない完璧な人だったのに。今貴女がいること自体が迷惑になってる!」
全くできない自分が、迷惑をかけてしまっている事は知っている。
でも、だからこそ努力することしかできない事も。
「それは、申し訳ありません。結果を出せていない事は、本当に申し訳なく思っています。……今は、魔術師になれるように努力するのが、ハウリー様の為になると信じています」
「そんなの、気持ちだけじゃない……。あなたの、何処がいいのか、わからない」
「ハウリー様は……境遇で通じるところがあるので、きっと同情してくれたんだと思うんです」
「輝かやかしい経歴を持つ師団長と生贄として生きてきたあなたに、何処に共通点なんてあるのよ……」
「上手く説明しにくいのですが、似ているんです。……気持ちの問題というか、心のありようというか、そういう事かもしれないです……」
「なによ、それ」
ミシェラは生贄という事で、ハウリーはその完璧な人という事で壁を作られてきた。そして、その壁を自分でも受け入れてきた。でも、勝手にハウリーの気持ちを言ってはいけない気がして曖昧になってしまう。
それでもシュシュには何か通じたようで、彼女は目をつむって俯いた。
「私だって、ずっと師団長を大事に思ってる……。だけど、あなたが来てからの師団長は、私の知らない人になってしまったみたいで……」
呟いたシュシュは涙を流していた。それを乱暴にごしごしとこする。
「シュシュさん……」
「わかってるわ。……いつまでも、こんな風じゃいけないってわかってた。スカイラ師団長からも言われた言葉を、ずっと考えていたの。あなたに言われて、少しわかった。憧れていた彼に、理想像を押し付けていたんだわ。ごめんなさいミシェラちゃん。あなたと話したかったのに、感情的になってしまった。私もあなたの努力は、知っているわ」
ぐしゃぐしゃの顔で、無理に笑ったシュシュは綺麗だった。
「ありがとうございます。……魔術、頑張りますね」
「そうよ。魔術ならだれもが詳しいんだから、それを忘れないでくれる? ここに居る人たちは質問なら誰だって応えられるのよ」
そっぽを向いて伝えられた言葉は、つまり手伝うという事で。ミシェラは信じてもらえたことがわかって嬉しくなった。
「嬉しいです。シュシュさんから教えてもらえるなんてとても光栄です」
「なあにそれ。私はすぐに引導を渡したがるかもしれないわよ」
「ハウリー様を大事に思っているシュシュさんの事は、私は信じられます。その時は従います」
「……あなたは、馬鹿だわ」
自嘲気味に笑って、シュシュはミシェラの肩を抱いた。そのまま頭をこつんとミシェラの頭につける。
隣から感じる暖かさに、ミシェラも同じようにして目をつむった。言葉よりもずっと、通じ合えた気がした。
その後、ふたりで食事をとったが、さっぱりとした顔のシュシュは団の話を面白おかしく話してくれた。
ミシェラが入ったら、という仮定の話は、ミシェラには涙が出るほど嬉しかった。
師団には入れないかもしれないけれど、仲間がいるってこういう事なのかな、とミシェラは嬉しく思った。
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