第33話 試験当日

 結局試験の日まで、ミシェラの魔法陣は安定することがなかった。


 情けなくて、悔しい。

 もっと何かできたのでは、という気持ちがどんどん湧き出てきて心臓がいつもよりも早い。


 息苦しさから抜けられないミシェラを、ハウリーが迎えに来てくれた。


 にこりと微笑まれ、彼との絆のようなものを感じたミシェラは、少しだけ落ち着くことができた。


 もう、ここまで来てしまった。


「ミシェラ。今日までとても頑張ってくれて、ありがとう。どんな結果になるにしても、君の努力は間違いない。現在の実力を見せられれば、それでいい」

「ありがとうございます」


 ハウリーに励まされ、向かった筆記試験会場は、マウリゼとシュシュ二人が待っていた。

 どうやら彼らが試験監督のようだ。


 あれ以来、シュシュはなにかとミシェラに声をかけてくれるようになった。頼れるお姉さんのように感じていたので、特に心強かった。


 ミシェラがきたことに気が付いたシュシュは、話しかけようとしてマウリゼに怒られていた。申し訳ない。

 試験中に二人にじっと見られているのは緊張したが、それでも知っている顔があり嬉しかった。


 筆記試験に関しては、すべて埋めることができた。最後の問題だけは習っていない部分だったので、間違いの可能性は高いが。


 それでも、習った範囲の中では問題なかったと思う。


 問題は、この後だった。


 筆記の後に移動してきた場所は、大きな建物の中だった。がらんとした広いスペースに観覧席がついてる。更に端には大きな会議でもできそうな机と椅子が置いてあった。


「ここは魔術の実習で使われる訓練場だ。では、魔術を見せてもらおう。魔術の種類の指定はしない。好きに使ってアピールをしてくれ」


 マウリゼの声がまるで死刑宣告のように聞こえる。

 ミシェラには選択肢などないのだ。


「ミシェラちゃん……」


 自分の事のように緊張したシュシュの声が聞こえてくる。

 ミシェラは、二人の前でそっと目をつむった。


 集中し、魔法陣を展開する。ともすれば慣れに引っ張られる魔法陣を、何とか維持して魔力を入れる。


 ぱっと光の玉が産まれ、安定した光を放った。


「まあ、魔術自体はいいだろう。……だが、魔術の光など初級中の初級。これだけでは魔術師団として働くことは当然無理だ。戦場に向かえばすぐに死ぬだろう」

「……はい」

「他の魔術はまだ、ないのだな」


 確認され頷くと、マウリゼはため息をついた。すでに情報自体は得ていたのだろう。

「実地試験に関しては、不合格だ」


 わかってはいたが、悔しくて手が震える。期待に応えられない自分が情けなかった。

「お時間を割いていただき、ありがとうございました」


 ここで泣き叫んだりして、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。ぐっと手を握り、ミシェラはマウリゼに礼をとった。


 マウリゼの目が、驚きに見開かれる。


「……時間がなかったのは、仕方ない。環境というものはあるのだ。筆記は良かったと聞いている」


 素っ気ない言葉は、前回のような棘がなかった。


 ミシェラが慌ててマウリゼを見ると、目を逸らされた。その頬が赤い気がする。もしかしなくても、慰めてくれているのだろうか。


 白い髪とか関係なく、努力を認めてくれたのだろうか。

 嬉しくなったミシェラは、マウリゼの手をとった。


「私が足りないのに、ありがとうございます!」

「……君は」


 何か言いかけたマウリゼだったが、ばーんと入り口の扉開いた音がして、皆そちらに目を向けた。


「マウリゼ! それにミシェラ!」


 何かを手に持ち、入ってきたのはハウリーだった。慌てた顔で、こちらに走ってくる。


「どうされましたか!? なにかありましたか?」


 こんなにも慌てているハウリーを見たことがなかったので、びっくりしてしまう。ミシェラもハウリーに向かって駆け寄ると、そのまま彼に腕を掴まれた。


 しかし、ハウリーは腕をつかんだままミシェラではなくマウリゼとシュシュに向かって声をかける。


「ミシェラの住んでいた村のドラゴンが、村のかなり近くまで降りてきているとの情報が入った。団員は準備する様に。ここに拠点をひき、転移陣を通して出来るだけ魔術師を送る。回復が出来るものは半分に分かれてくれ」


 眉を寄せたハウリーが、思いもよらない言葉を口にした。


「わかりました! 後方支援の準備をします!」

「シュシュ、団員にも準備をして集合するように伝えろ! スカイラ師団長、私は一度街に戻り、部下を連れてきます!」

「頼んだ!」


 ミシェラが呆然としている間に、団員の面々が立ち上がり、厳しい顔で部屋を退出する。準備をするのだろう。

 さっきまで和気あいあいとしていたのに、急に切り替わった面々を見てさすがプロだなと思う。


 自分も準備をしなくては。


「ミシェラ。お前も行く気なのか?」

「あの、試験は駄目だったのはわかっています。 ……でも、私にも、行かせてください」

「でも、あの村は」

「大丈夫です。戦闘経験はありませんが、後方支援だけでもできますし、雑用や誘導でも構いません。お願いします!」


 ミシェラが懇願すれば、ハウリーは真剣な顔でミシェラの瞳を見た。


「……このまま放置をすれば、あっという間にあの村は全滅してしまうだろう。それが終われば、被害がさらに広がる可能性もある。なので、私達は身を挺して、彼らを守る。その為に、私達は行くのだ。全員を助けるために。……ミシェラ。厳しい事を言うが、君にあの村を守りたいという気持ちはあるか?」


 その言葉の意味が分かり、ミシェラは止まった。


 あの村の人を守れるかどうか。

 自分を虐げ、蔑んできた彼らを守れるかどうか。

 彼らの為に、命をかけられるかどうか。


 村長やグルタ、その他の村の面々の顔が思い浮かぶ。


 ミシェラの事を、同じ人間として扱おうとはしなかった彼ら。

 目をぎゅっと瞑り、何もかも振り払う。


 その答えは、もうずっと前に決めていた。


「大丈夫です。私はハウリー様が望む魔術師になりたいという夢があります。あなたの役に、立ちたいのです。それだけです。……その為にも、村に行きたいです。ご迷惑をおかけしませんから、私の区切りもつけさせてください」


 ミシェラがそう強い想いで言うと、ハウリーも覚悟を決めたように頷いた。


「ミシェラ……わかった。君は今試験中なので、仮の団員として扱おう。まだ落ちていないというグレーな状態という事だ。ただし、君は後方支援だ。回復薬の管理や、怪我人の救助を頼む。これも大事な役目だし、危険な仕事だ。無理はするな」

「もちろん、わかっています」

「君の回復についても、禁止だ。あれでは君の魔力回路も君も壊れてしまう。じゃあ、準備をするので、君はここで他の団員を待ってくれ」


 ミシェラの肩を叩き、ハウリーも準備があるのかそのままどこかへ立ち去る。


 後方支援として役に立てると思っていた回復魔術が禁止になってしまい、驚く。

 そこでミシェラは、ハウリーには魔法陣を使用しない回復しか見せていない事に気が付いた。


 その事を伝えようとしたが、ハウリーはすでに準備をしにミシェラから遠く離れてしまっていた。

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