6、ドラゴンが教えたもの 後半

 地竜グリドスが弱り切った獲物レオンに迫る。万事休すか――


 その時であった。ヴィルマの肩を後ろからポン、ポンと叩く者がいた。


「遅くなってごめん」

「ソフィア!」

「ウチ、ウチ……」

「いいの! 来てくれて、勇気を出してくれて有難う。例の作戦、頼めるかしら?」

「あいよっ」


 地竜グリドスの恐怖に怯えながらも、震える足で立ち上がったソフィア。ヴィルマは今まで使っていた水魔法から、氷魔法に切り替えた。水滴を冷気で凍らせ、ソフィアの風に乗せて戦場へ吹付けると、砂漠の真ん中に猛吹雪が発生した。激しい戦闘にも、長い戦いによる体力の消耗にも、決して屈しなかった地竜グリドスも、これは堪らなかった。冷気を浴びた地竜グリドスは、次第に動きが鈍り、眼もトロンとし始める。体が無意識に冬眠の準備を始めてしまったのだ。


地竜ディノサウリ、今ニモ眠リソウヨ」

「助かった。効いてる! 続けてくれ!」

「オウ~、寒イデスヨ。ワイデリカモ冬眠シソウネ」

「爬虫類じゃねえんだ。人間は冬眠なんかしねえよ」


 危機を脱して余裕が生まれたか、冗談を飛ばし合う。イェルハルドは満身創痍のレオンを負ぶって戦線を離脱した。地竜グリドスは、逃げ出す2人と多数の幻影を視界の隅で捉えていたが、睡魔の方が強い様子で、追おうともせず丸くなって休眠体勢に入った。


「頑張ってソフィア!」

「もう魔力が尽きそう。ヴィルマはこんな魔力の消費を、ずっと続けていたの!?」

「私ね、本当は大魔法使いなの!」

「それは知ってる」

「ヒューゴの仇を討てると思ったら、幾らでも魔力が湧いてくるわ! それに勇気もね!」

「ヤリマシタデスヨ。地竜ディノサウリ、完全ニ動カナイデスヨ」


 地竜グリドスは死んだわけではない。眠っているだけだ。それも完全な熟睡状態である。


「今のうちに治癒するわ。ここに横になって、レオン」

「ああ。すまんな、ヴィルマ」

「いいのよ。治療費はダイヤの指輪で払って貰うから」

「まだ冗談を言える余裕があるんだな。やっぱお前はスゲェよ、ヴィルマ。唯一無二の大魔法使いだ」

「ねえレオン。8属性魔法使い、私以外にもいたみたいじゃない」

「は? そんなわけねえだろ」

「いいえ、あの魔法のスプーンを作ったのは、昔の8属性魔法使いですって」

「ソウデスヨ。鑑定士ノア間違エマセンヨ」

「そんな馬鹿な! オレが直接知っているのは2属性まで。過去最高の魔法使いでも3属性だぜ?」

「確カナ話デスヨ。古ノ大魔法使イイマスヨ」

「4属性以上使える魔法使いなんか、伝説の中にも出て来ねえんだがなあ?」


 全身血塗れのレオン。顔に付着しているのは、薬物過剰摂取によるもの。肩や腕にある無数の血の跡は、地竜グリドスの爪を交わし切れなかった分だ。地竜グリドスの攻撃を長時間、全く引かずに至近距離で受け続けた、名誉の勲章である。そのどれも致命傷にならなかったのは、レオンの優れた技量を示していた。


「私が近くで冷気を浴びせるわ。ソフィアはここで休んで」

「あいよ。あまり力になれなくてごめん」

「いいえ、助かったわ! ソフィアが来てくれなかったら、今頃どうなっていたか分からないもの」


 その場にソフィアを残し、3人は恐る恐る地竜グリドスの元へと歩み寄った。ヴィルマが至近距離から冷気を浴びせ、時を止めた上で、イェルハルドも眠りの香と束縛符を使った。半ば凍った眠れる地竜グリドスを、レオンが少しずつ肉塊に変えていく。いつ起き出して反撃してくるかと思うと緊張は解けなかった。しかし地竜グリドスが再び動き始める事はなく、ヒューゴを喰らい、多くの人々を喰らい、町一つ滅ぼしかけた大いなる災厄は息絶えた。



   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



「お~い、ソフィア、いるか? 慌てないで、ゆっくり出て来いよ」

「はいはい、今行き……ぎゃあっ!」


 ガラガラ!

 ドッシーン!


「ったたぁー……」

「お前なあ、何回躓けば気が済むんだ?」

「あははー、注意力散漫なのは生まれつきじゃん?」

「生まれつきじゃん? って言われても知らないわよ」

「大きな店に引っ越しても、すぐガラクタの山になっちまうな」


 以前の狭い路地裏にあった怪しい店から、大通りの一等地に店舗を移したのは、地竜グリドス討伐から少し経った後である。竜の肉、外皮、内蔵、爪、牙。全て高値で売れた。地竜グリドス討伐を成し遂げた4英雄は、一生遊んで暮らせる程の財を築いたが、ソフィアは趣味のガラクタ集めを続けている。


「例の品は届いているか?」

「あいよっ、ちょっと待っててー」

「あ、ソフィア、危なっ……」


 ドンッ!

 ガラガラ!


 すぐ後ろに積まれていた、得体の知れない物が詰まった木箱を蹴っ飛ばし、1メートルも飛び上がってガラクタの山に突っ込んだソフィア。ヴィルマとレオンは顔を見合わせて笑った。


「ったぁー……」

「お前さあ、そんなんじゃ嫁の貰い手がねえぞ……」

「ウチは宝の山に囲まれていたら幸せ! 男なんて……」

「……オレ以外にはな」

「……えっ? 今なんて?」

「ソフィアは、オレが見てやらねえと心配だぜ。死ぬまで目が離せねえってな」

「レオン?」

「ガラクタの山を整理しながら、少しずつ商売を覚えるのも悪くねえ」

「おおお、おいレオン、ウチを女として見てなかったじゃん」

「女じゃねえよ。何だろな、愛玩動物?」

「おいこら、どういう事だ」

「うふっ、お似合いね。ソフィア、おめでとう」

「ななな、何言ってんだヴィルマまでー」

「幸せになるのよ?」

「おう! オレが一生面倒見てやるぜ。こう見えても掃除と片付けは得意だ」

「そ、そんな事より、これだよ。黒竜の血の杖!」


 討伐した地竜グリドス。人間を呪い続け、どす黒い怨念によって変色した遺骨。その骨髄液から作られた一本の杖。そこにはヒューゴへの激しい怒りが凝縮されていた。


「イェルハルドさんの紹介で、鑑定士ノアに依頼した結果がこれ」

「ほう、興味深いな。読めねえ」

「レオンも少しは勉強しなよ。ウチが読んであげる」

「おう、頼むぜ」

「この竜の骨に染み付いた怨念は、その魂を解放する事で消え去る。そのために必要な物は、この黒竜の血の杖の他に3つ。一、呪いを受けた者の血液。一、呪いを受けた者の肉体の一部。一、呪いを受けた者の強い想いが込められた品物」

「なんだそりゃ?」

「よく分からないわ」

「つまり、ヒューゴの血と、体と、魂が必要って事だね」

「それがあるとどうなるんだ?」

「待って、続きを読むよ。竜の呪いを解いた時、その呪いを刻み付けた者は復活する」

「復……活……!?」

「つまり、竜に呪いを刻み付けて殺された、ヒューゴが生き返る。死者蘇生って事かな」

「な、なんだってー!?」


 それは、魔法のスプーンが導いた、大きな希望。


「3つの品物は揃えられそう?」

「ヒューゴの肉体の一部……」

「遺髪! レオンが持って来てくれた、ヒューゴの髪の毛があるわ!」

「まだ取ってあったんだな」

「当然よ。捨てられないわ」

「それとヒューゴの想いが詰まった品だが……」

「クロノグラス!」

「間違いねえ。あの中には、ヒューゴが遺したヴィルマへの想いでいっぱいだ」

「あとはヒューゴの血液だけど……」

「血なんて残っちゃいねえだろうな……いや待てよ? 確か遺髪には、血痕が付いていたな」

「その血液は、間違いなくヒューゴの?」

「何とも言えねえな。多分そうだろうとしか」

「ダメ……」


 顔面蒼白になるヴィルマ。


「私、綺麗に洗っちゃったわ」

「な、なんだってー!?」

「汚れていて、あんまりだって思ったから」

「血の一滴も残ってねえのか?」

「分からないけど、多分」

「じゃあさ、この杖に染み付いた血はどうだい? 黒竜の血の杖、って名前だし? 呪いそのものがヒューゴの血液なんじゃないかな」

「実際、ヒューゴを喰らった地竜グリドスだ。血肉になっていてもおかしくはないが……」

「試してみる価値はあるんじゃない?」

「やってみるか?」

「あ、待って。ノアの手紙には続きがある。呪いを解く儀式を行う時、成功か失敗かに関わらず、品々は全て失われる。だってさ。何度も試せないじゃん」

「遺髪は何度かに分けて使えるとしても、クロノグラスは一つしかねえな」

「一発勝負ってわけね」


 重い沈黙に包まれた。全員が考え込んでしまった……ように見えるが、ヒューゴを知らないソフィアは何も考えていない。ただボーっと二人の様子を眺めているだけである。


「ねえ。一つだけ、可能性があるんだけど」

「何だ?」

「エイラよ」

「エイラがどうかしたか?」

「アーミラリ天球儀で夢を見た時なんだけど」

「別世界、パラレルワールドのヴィルマの話だね」

「私とヒューゴとエイラ、3人で幸せに暮らしていたの」

「その話は聞いたな」

「エイラはヒューゴの事、パパって呼んでいたわ」

「いや、エイラはオレも、他の奴もパパって呼ぶだろう?」

「そうじゃないの! レオンは本当の血の繋がりがないって、分かり切っているわ。他の男がパパだって可能性がないわけじゃないけど……でも私、エイラとヒューゴが本当に血の繋がった肉親なんじゃないかって。そう思うの」

「根拠は?」

「ないわ。でも強く感じるの! 探査魔法が感知したのだって、きっとそれよ!」

「アーミラリちゃんが見せるのは、別世界じゃん? 前に話したと思うけど、その別世界の中には、同じ世界の、同じ場所の、別の時間も含まれる」

「つまり?」

「今、この世界の、未来の3人だったって可能性があるんじゃないかな」

「な、なんだってー!?」

「あくまで可能性だよ」

「でも私、その可能性を信じたい。エイラの本当のパパがヒューゴなのよ。そしてヒューゴの血を受け継いだエイラの血なら、きっと大丈夫。それに魔法のスプーンも言っていたじゃない? 再び還らぬと諦めた希望を取り戻し、幸福の未来が待つって!」



   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



 床に並べられた3つの品々。ヒューゴの遺髪。クロノグラス。黒竜の血の杖。あとはここにエイラの血を足すだけだ。レオンが指先にナイフを当てると、エイラはぎゅっと目を瞑った。後ろからヴィルマが優しく抱き締めた。


「エイラ、いいか?」

「うん。だいじょーぶだよ、レオンパパ」

「パパはもうやめろ」

「うん、レオン」

「すぐに治癒するわ。やって頂戴」


 グッとナイフを押し当てた指先から、数条の血液が流れ出る。十分な量が注がれたのを確認して、ヴィルマは治癒魔法をかけた。


「見ろ! 杖が……」


 最初に変化したのは杖だった。エイラの血を吸い、ぐにゃりと形を変えた。アメーバのように広がり、ヒューゴの遺髪とクロノグラスを包み込み、混ざり合う。赤黒かった液体は金色に変わり、ひとつの形を生み出していく。上方に一つ、左右に二つ、下方に二つ。大きく広がり、やがて金色の液体は人間の姿を形作った。


「ヒューゴ?」

「マジかよ!? 本当に生き返りやがった!」

「こ……こは……?」

「良かった! ヒューゴ!」

「ヴィルマ? それに……」

「オレが分かるか? レオンだ」

「確か……一緒に旅をした事があった」

「ヒューゴパパ!」

「君は……?」

「ボクだよ、エイラだよ!」

「エイラ……そんなわけ……エイラはまだ5歳だぞ」

「パパがいなくなってから、大きくなったんだよ!」

「いなく……?」

「ヒューゴ、あなたは6年間、死……眠っていたの。この子はエイラ。正真正銘、私とあなたの子よ!」

「正真正銘って……当り前じゃないか……何を言っているんだ?」

「ごめんなさい、私、エイラがあなたとの子じゃな……」

「ヴィルマ! それは言わなくていい」


 ポロポロと大粒の涙を零し、懺悔の言葉を口にしようとするヴィルマ。それを制したのはレオンだった。


「だって!」

「ヒューゴにとって真実は一つしかない。エイラをずっとお前との間に出来た子供だと信じ、実際にそうだった。それだけだ。何も問題はない」

「何を言っているのか分からないが……大きくなったな、エイラ。ヴィルマも綺麗になった」

「パパ!」

「ヒューゴ!」

「大丈夫だよ。これからは家族3人、ずっと一緒だぞ」



 これは運命に翻弄され、数奇な人生を送った一人の女性の物語。5つの魔法具に導かれ、大切なものを取り戻した家族の物語。これから待ち受ける未来は、アーミラリ天球儀によって既に約束されている。これから4年の後、15歳になったエイラは、最愛の両親と共に冒険の旅に出る。丘の上のヴィルマは、やがて世界最高の大魔法使いヴィルマと呼ばれるようになる。勇敢なる者ヒューゴは、常にヴィルマと共にあり、勇名を馳せる。父の勇気と母の魔力を受け継いだ小さな魔法使いエイラは、やがて果敢な勇士エイラと呼ばれるまでに成長し、この世のあらゆる巨悪を討ち滅ぼす役目を担う事になる。だが、それはまた別の物語である。


 ヴィルマ・シリーズ 完

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クロノグラスが遺したもの 武藤勇城 @k-d-k-w-yoro

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