流れる雲の様に

 日曜日の朝。カーテンを開いた拍子に、ふと空の様子が気になった。何がどう気になるのかと問われたら返答に困るのだけど、とにかく気になったのです。その感覚はまさに、そう!『恋』に似ている。……まあ私、恋人いたことないんですが。


「……わあ、あの雲。ワンちゃんに見えるぅ」


 窓の外に映る雲に向かって私は、ポツリと呟く。上空に散りばめられた綿菓子のような雲の内の一つが、その瞬間。確かに小型犬のように見えたのだ。だが、それも数秒の間だけ。風に吹かれた犬型雲は、あっという間にその姿を歪ませ、ただの白いふわふわとした塊に変わってしまった。


「ああ!ワンちゃんが!」


 休日の昼間に一人空を眺め、その形の変化に一喜一憂する28歳。よくよく考えれば中々にアレな光景である。しかし、しかしだ。私は自分のこういった感性を大事にしていきたい。そして、できれば人からも褒めてもらいたいのです。だが、それが高望みであることは重々承知している。故に、自分で自分を褒めるのだ。……私ってばエライ、エライ、と。


(…………)


 一抹の寂しさを感じた私は窓際を離れ、さっさと昼食の準備にとりかかることにした。

 腹ごしらえを済ませ、午後のまったりとした時間をすごそうと、私は紅茶を淹れる。勿論本格的な物ではなく、ティーバッグの簡単なヤツだ。


「ふんふーん♪午後は何をしようか……」


 そんなことを口にしながらも、私の頭の片隅にはまだ、あの空や雲を気にする心が残っている。


「……良し!」


 思い立ったが吉日。私は以前買った簡易マットとクッションを窓際に敷くと、そこにゴロリと仰向けになる。そして、そこから見える空の景色を眺めながら一日を過ごすと心に決めた。


「あぁぁぁー………うひぃぃー……」


 誰も見ていないことをいいことに、大きく伸びをしながら、変なうめき声をあげる。その体勢のまま、視線は遥かな空へ。そこでは、いつみても同じだと思っていた空の様子が目まぐるしく変わっていた。


(あ、あの雲くっつきそう。……あっちは何か見たことある形になってくなぁ。なんだっけ?……えっ?あそこ!普通あんな形になる!?しゃ、写真!写真撮らないと!)


 コロコロと表情を変える空を飽きることなく観察していた私。そんな私が時間の経過を自覚したのは、青かった空に、赤みが差し始めてからのことだった。


「……ん?嘘!?もう夕方?」


 夕日の色に驚いた私は急いで飛び起きた。まさかもうこんな時間になっていたなんて。

 傍らですっかり冷めきった紅茶を一気に飲み干すと、急いで晩御飯の準備にとりかかる。


(空を眺めて半日過ごしました。なんて、同僚には口が裂けても言えないなぁ)


 あまりに非生産的な休日に思わず笑いが込み上げる。それと、もう一つ。


「思わず写真撮っちゃったけど……。これも人には見せられないなぁ」


 苦笑しながら、スマホの画像フォルダを開く。そこには、先ほど撮った『とぐろを巻いた蛇』もしくは『ソフトクリーム』に見える雲の写真がデカデカと写っていた。


「さぁて、今夜はカレー……のつもりだったけど、やめよっか。なんでとは言わないけど」


 もう一度言う。なんでとは言わないのです。乙女として。そう乙女アラサーとして!

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