第3話 巻き添えマイシスター


 あの日の不思議な出来事は自分の中でゆっくりと消化し、全て信じる。そう決めた。

 父と分けた珊瑚を、なぜ、リーナが? 彼女が襲われる時に響いたのは、父の声?



 玲司は中学二年生。1つ下の妹、絵梨花も今年から同じ中学校に通っている。


「まーた、こんなところで素振りしてるぅ。よく飽きないねぇ」


 白シャツ、チェック柄リボン、キャメルのスクールベストにリボンの柄とお揃いのプリーツスカート、制服姿の妹にも見慣れてきた。


「こんなとこまで毎日来てる絵梨花えりかには、言われたくないなぁ」


 ――この木刀、ボク、あらためオレと絵梨花以外には見えてないらしい。特殊な木刀だとリーナが言っていたが、慣れる程にどんどん重くなって、オレに力が付いてくる。

 素振りをしていると、嫌なことも忘れられる。まぁ、リーナも鍛えろって言ってたし? 毎日千回以上は振ってるかな。たまに変な槍が飛んでくるけど、慣れた。


 周りに隠しているが、普通の木刀ぐらいならば、握り潰せるぐらいの力がついた。

 どんどん力が強くなるのが楽しいから、いまもこうして素振りをしている。


「んー? こんなところにぃ……猫ぉ?」


 絵梨花が気の抜けた声で呟く。

 首を傾げた絵梨花のポニーテールが揺れる。

 ふと絵梨花の視線を辿ると、確かに猫が居る。


 薄い茶色が、光で金色に見える。金色の瞳と目が合う。「見つけた!」頭の中に涼やかな声が響く。


「え? なんか言った?」オレは妹を見る。

「どうかしたのぉ?」妹は首を傾げ、オレを見る。


 猫に向き直る。

「来て欲しい!」さっきの声が頭の中に滑り込む。

 木刀を手にしたまま、玲司は猫を追いかける。

 猫は後ろを振り向きながら徐々に速度を上げる。

 いつの間にか玲司の目の前に草原が広がっていた。


「お兄ちゃん! ダメーーッ!」


 玲司の手を絵梨花が掴む。振り返ると突然の浮遊感に襲われた。

 そうだ! ここは校舎の屋上。フェンスもすり抜けていた。

 絵梨花の背後に映る景色は、突き抜けるような真っ青な空。


 絵梨花と二人で校舎から落ちた。その現実を玲司が認識する。

「わたしを見ろ!」また、頭に声が響く。

 前を向き、猫の金の眼を見た。その時だった!


 猫の瞳から光が溢れる。

 玲司を、いや、玲司たちを、いや、この世界を包みこむ。

 周りに異国の文字がぐるぐる、ぐるぐると回っている。

 落ちてゆく。落ちてゆく――。浮かんでは落ちてゆく。


 ドォォーーォオン! 玲司は全身に凄まじい衝撃を受けた。


 ――もしかして、いや、終わったんだ。

 あぁ、オレは何てことを。楽しいことも、辛いことも、大事な思い出も、オレと同じ様に、こころにしまっている、大切な、大切な妹を巻き込んでしまった。



 ――――



 ……く……ジ君、起きて


「…………」


「……頬を舐めてみましょうか」


 ジャリ!


「いったーーっ! なにすんだよっ!」


「レイジ君……やっと、起きましたね。おはようございます。そして、お久しぶり」


 玲司は目を覚ました。目の前に猫の顔。ほとんどくっついた距離だ。毛が触れてくすぐったい。


「っていうか、猫がしゃべってる?」


「消耗しすぎてしまいまして、しばらくこの姿で失礼します」


 目の前でしゃべる猫。すぐにこの猫がナイアンさんだと、玲司は感覚でわかった。ナイアンさんを両手で抱き上げて起き上がる。


 陽は傾き、空は青く突き抜ける。

 幾すじかの雲が、白い線を描いている。

 踏みしめる大地は、花が咲き誇る草原。

 近くに道があり、道の遥か先に町が見える。

 

「レイジ君……しばらく見ない間に随分と変わりましたね。話し方も、風に揺れる短めの黒髪も、黒目の光も精悍で頼もしく思います」


「あぁ、ありがとう。ナイアンさんも、毛並みの感触がふわっふわで最高の抱き心地だし、宝石のような瞳も素敵に思うぜ。で? ここは……」


「レイジ君……我々の世界へロッテルメイヤー王国へようこそ」


 目覚めてすぐは現状をぼーっと観察していたが、意識がはっきりして、玲司はここへ来た場面を思い出した。そして、怒りが込み上がる。


 玲司はナイアンのお尻を支え、首根っこを摘んで目の前に持ってきた。


「ようこそじゃねーだろ! いきなり連れてきてどーすんだ、向こうじゃオレが急に居なくなって。――どうしてくれんだっ!……絵梨花はっ、くっそーーっ!」


「レイジ君……申し訳ない。ですが、一緒に居たひとならば無事です。この世界のどこかにいるはずです」


 玲司を助けようとして、屋上から一緒に落ちた大切な妹、絵梨花。生きていてくれているのなら、と、その希望で玲司のこころに、救いの光が差す。彼自身、ドクンと胸が高鳴るのを感じた。


何処どこだ! すぐに行く!」


「レイジ君……落ち着いてください。一緒だったひとの居場所はわかりません。まず、姫さまに会って、情報を集めて、みんなで探しましょう。それが近道です」


 ナイアンは首根っこをつままれながらも、真剣な目で訴えかけてきた。

 玲司としても、ナイアンの理屈は理解できる。しかし、見知らぬ土地に、いきなり放り出された妹が心配でならない。


 ナイアンは続ける。


「キミを呼んだのは、姫さまの身が危険だからです。姫さまが頼れる者はもう他に居ません。レイジ君、キミしか居ない。どうか力を貸して欲しい」


 この国には三年に一度、災厄と呼ばれる魔竜が現れるという。

 本来、この魔竜には国を挙げて立ち向かう。


 しかし、今年は戦力を温存。

 足止め後、誘導したところで魔竜を仕留める作戦。

 無茶な戦力での足止め役は、捨て駒である。

 任ぜられたのは、策略に嵌められたリーナだ。

 リーナは母を出生時に亡くしている。

 王様が床に伏したままのいま、彼女は王城内に後ろ盾がない。


 他の王族達の嘲笑に見送られ、リーナは城を出発した。


 ――いきなり見知らぬ世界にきて、様々な情報が一気に玲司に入りこみ、感情さえもぐっちゃぐちゃに入り乱されている。先のことも全くわからない不安や不満、憂慮に悲観。


 ――しかし、大切に思うひとが危険に瀕している。大切な人が窮地にオレを頼り、助けを求めている!


 その状況がぐちゃぐちゃだった玲司の心の中を一掃した。


 こころの中で、リーナは今でも輝きを放つ宝だ。玲司は天を仰いだ。目を閉じ、大きく息を吸い込む。

 不安や不満、あらゆる雑念を、肺の空気と共に全て吐き出した。


 ナイアンを抱いたまま、目を開け、道のく手を見る。

 その真っ直ぐ見据えた瞳に、曇りはない。

 リーナの身に危険が迫っている。

 やるべきことは固まった。


「リーナの居場所を教えてくれ、すぐに助けだす」

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