第6話 まさかの特別待遇!?

 ナタリーが森の中へ消え、グノーシス商会の警備隊と商人のロイドが、必死に森の中を探し回っていた。


「駄目だ、見つからねぇ!」

「なんて足の速さだよ。こっちも相当奥まで来たのに」

「……これ以上の深追いは危険だ。戻るぞ」


 突然のジュドーの言葉に、全員が呆気にとられる。


「は? 隊長、今何と?」

「戻ると言ったのだ。これ以上深追いすると、我々でも戻れなくなる」

「おいおい正気かよ、ジュドーさん。あんなお嬢さん一人だけ残して、我々だけ戻るだなんて」

「彼女なら……心配いらないさ」


 ジュドーは動揺しない様子で、来た道を戻ろうとした。部下もジュドーに続いた。


「ちょっと! 本気で戻るのかよ!?」

「隊長があぁ言っているのだ。我々も従うさ」

「それにこの奥は高ランク魔物の住処もある。我々でも手に負えんだろうな」

「いや、だったらなおさら助けに行かねぇと!」


 ジュドーは止まってロイドを見た。


「ロイド、この際だから言っておくが、彼女は我々の誰よりも強い」

「それは……さっきの戦いぶりを見たらなんとなくわかるけど。今度の相手は魔物だぜ、盗賊じゃねぇんだ!」

「……お前にはまだ、彼女の真の強さがわかってないようだな」

「はぁ? 一体何が言いたいんだよ?」


 ジュドーは目を閉じて、少し間を置いた。


「さっきの盗賊達、見たところ一突きされただけで全員が気絶している。しかも急所を正確に外している、素人の芸当ではない。そして最も驚いたのは、あの巨体の男」

「あぁ、重戦士のガイエルか」

「ガイエルと言えばAランク屈指の重戦士、耐久力も並外れているはず。そんな男が、たった一発の拳でダウンするか?」


 ロイドもそこまで言われて、やっと理解し始める。


「もしかして……Sランクなのか?」

「いや……それ以上だ」





「あぁー、やっと出てこれたわ!」


 森の中をさまようこと十分近く、ようやく出口が見えた。出口を出るとすっかり夜になっていた、眼下には明かりに照らされた大きな町が見える。


 私が最初に向かう予定だったペラーザ町、やっと着いたわね。


 どうしてこんなに遅くなったのか。理由は、空腹にある。


 さっき森の中で出会った魔物をさくっと倒したのはいいものの、あまりにもうまそうな肉付きをしていたため、空腹に勝てず、その場で火魔法を起こして焼いて食べてしまった。


 これが意外とうまかった。魔物の肉があんなに美味しいだなんて、思わなかったわ。


 あまりにうまかったので、食べられる部位を全部平らげてしまったけど、当然あっという間に時間が経っちゃった。私はダッシュで町の入口へ向かった。


 町は周囲を防壁で囲ってある。唯一の入口の門には、警備兵らしき兵隊が立っていた。私の姿を確認するなり、驚いて武器を構えた。


「止まれ! こんな時間に何者だ!?」

「何者だとは失礼ね。この私を誰だと思って……はっ!」


 いけない。つい自分の正体を晒してしまうところだった。


「……ごめんなさい。私の名前はナターシャ・ロドリゲス、冒険者を目指すため急いでギルドに向かいたいの。通してもらえる?」

「ナターシャ・ロドリゲスだと?」


 兵士は私の名前を聞いて驚く。どうして偽名なんかに驚くのかしら。


「……白の半袖、素足にサンダル、高身長、黒い髪。特徴も合ってるぞ」

「そうだが、念のため確認するか……」

「ちょっと、何話し合ってるの?」

「すまない、ちょっとここで待ってもらえるか?」


 こそこそ話をしたと思ったら、突然その場を離れた。一体何だというの。


「……ということです、いかがいたしましょう?」


 すると物陰から、一人の女性が現れた。身なりからして魔道士っぽい、ゆっくりと私に近づいてきた。


「ナターシャ・ロドリゲスさんでございますか?」

「そうだけど、私の名前がそんなに気になるの?」

「ごめんなさい。お顔をもう一度拝見してよろしいですか?」


 そう言うと魔道士の女性が、私の顔をまじまじと見つめた。そして今度は、両手にオーブを持って私の顔を投影させた。


 魔法を使っているようだけど、何の魔法かしら。すると次の瞬間、ピカッと光り出した。


「な、なんなの……これは!?」

「すぐに終わります……これは……はい、大丈夫です」

「何なのよ? オーブに私の顔を映したりして」

「ごめんなさい。念のため魔物が化けていないかを調べていました。でももう大丈夫です。どうぞ門を通ってください」

「それならそうと、事前に説明してよね」


 不親切な説明に不満をぶつける。まぁこれで通れるようになったからいいか。


「ナターシャ殿、先ほどは大変失礼しました」


 さっきの兵士がまた話しかけてきた、今度はかなり礼儀正しい口調になっている。


「いいのよわかってくれたら。それより通行料とかはいらないわけ?」

「はい、その点はご安心ください。ジュドー隊長より聞いていますが、あなたは特別待遇のため、無料でお通しいたします」

「え? ジュドー隊長が?」


 なんてこと。すでにこの町に到着して、手配してくれていたのね。これはあとで会ったらお礼を言わなきゃ。


「あとギルドに行かれるつもりでしょうが、申し訳ございません。今夜はもう遅いので、閉まっているでしょう」

「そうなの。それなら、どこかの宿に泊まらないとね。おすすめの宿はある?」

「はい。そちらについてもすでにジュドー隊長が手配済みです。こちらの宿をご利用ください」

「ちょ、そんなことまで……」


 ジュドー隊長、まさか宿まで手配してくれたの。さすがに特別扱いしすぎじゃ。


 まさか。私は嫌な予感がした。


「私はただの女よ。ここまで好待遇される覚えなんてないわ、人違いじゃないの?」

「いえ、そのはずはありません。お名前はナターシャ・ロドリゲス様、お顔もしっかりと拝見しましたが、ジュドー隊長がおっしゃった特徴と全く一緒です」

「……そう」


 腑に落ちないけど、とにかく兵士から渡された一枚の紙を頼りに、手配された宿に向かった。


 そして宿に来てもっと驚いたことがある。店主から、なんと無料で利用してもいいとのことだ。しかも用意された部屋は、この宿で最高級の部屋だ。


 いくらなんでも好待遇過ぎる。さっきは否定されたけど、いよいよ私は疑った。


「……正体がバレた!?」


 明日になったら、ジュドーに聞こう。そう思いながら、私はフカフカのベッドで横になり眠りに落ちた。

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